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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・序章━━創成
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  「森羅万象、金城湯池束ねて鎖と為した、五里霧が中に縛られよ。行くは寂滅為楽、去るは融通無碍。東方(ひがしのかた)の守護聖神、盤皇元初の名のもとにおいて、かの影の世界を封じぬ。」


 白い世界に、新たな登場人物の声が響く。同時に、その世界にカーテンが降りてくる。窓にカーテンを降ろすのとは、訳が違う。世界そのものが、ゆっくり閉じていくようなものだ。


「……!?ま、待て!盤皇!私は、私はまだここに!西方の守護神、イティアはまだこの世界にいるぞ!」


 カーテンの奥に、新たな人物、いや、神の姿が現れた。青みがかった着物に身を包んだ神。名は盤皇、盤元初という。


「あぁ、イティアよ。その狗の言うように、もう遅いのだ。汝も、また、遅かった。最早、何もかもが。」


 冷たい目線を向ける盤皇。青い瞳に見つめられたイティアは、絶望の色を滲ませつつ、訴えた。


「だから、何故!あの忌々しき者は、私が倒した!ならば、何故私も巻き添えを食わねばならぬのだ!?」


 閉じていくカーテンの向こうに、イティアは叫ぶ。理不尽な事態に抗おうと、自らの運命を覆そうと、叫んだ。しかし。


「いや、手遅れ。……世界の『浄化』は、その者の輝石の破壊によって、術式の封が解かれるようになっていたのだ。故に、その者が反逆の狼煙を上げたときにはもう、浄化の扉は開かれていた。その上、狗が自由に動けたのでは、事態が悪化するであろ。一刻も早く、その者を、その世界ごと封ぜねばならなかったのだ。」


 命がけの訴えは、盤皇が首を振ったことで、あっけなく潰えてしまった。


「……な。そんな理由で?」


 イティアの目に、無力感が沸き上がる。嘘だろう、と口の中で呟き、膝から崩れ落ちた。その一部始終を見届けた盤皇は、踵を返し、他の二柱のもとへ向かった。



  「終わった、終わった、全て。」


 頭を抱えて、イティアが呟く。閉じられゆく世界には、一柱と、神性すら失った木偶が一つ。槍によって磔にされた木偶は、その様子を見て、薄く笑う。なぜ、生きているのか。それは、盤皇の強力な封印によって、この世界の時間の動きすら封印されたからである。


「貴方も、道連れですね。」


 イティアは、疲れきった顔で、笑い返した。


「はぁ、もう、君を攻撃しても無意味だ。君が死ねば、私は独りになってしまう。……真の孤独が、待っているんだ。ここで死ねた方が、幾分かはマシなように思えるね。」


 弱々しさを見せるイティアの言葉に、黒いものは頷いた。


「えぇ。ですが、ぼくはそうは思っていません。ぼくは浄化の結末を、裁きの行く末を、見ない訳にはいかないのです。」


 黒いものは、掌の上の輝石を、まるで我が子を慈しむように撫でた。その内の九つ、小さい欠片が、フッと浮き上がった。


「……っ、なんだ?」


 輝石の欠片は、世界の果てへと姿を消した。


「はは、行っておいで、ぼくの欠片たち。そして、裁きの結末を伝えておくれ。」


 黒いものは、そう、呟き、目を閉じた。


「な……、何を?」


 イティアは、黒いものの挙動を怪しんで聞いた。黒いものは、にこやかに答えた。


「フフッ、まぁ、ここはぼくの、いや、正しくは元ぼくの世界だものね。抜け道くらい作ってあるのさ。あの輝石たちには、外の世界へ出て、新たな宿主を探すだろう。そうして、新たな世界の管理者となるんだ。そして、その役目を終え、力をつけたならば、再びここへ戻ってくる。ぼくは、そこで、復活する。」


 イティアは、目を剥いた。この黒いものは、そこまで、自分が滅びた後のことまで計算していたのだと、自分の死も再生も操らんとしていたのだと、正直、かなり驚いた。


「では……、それも君の計画だったと?私が君を殺し、盤皇によって封印されるのも全て計算だったと……?」


「……えぇ。そうなりますね。いや、貴方と盤皇の関係を鑑みれば、そうなることは明らかでしたし。むしろ、その計算がなければ、こんな無茶、絶対にしませんよ。そこまで考えられなかった、貴方たちの負けですよ。」


 黒いものの言葉が終わるか終わらないかの内に、イティアが黒いものに飛びかかった。恐らく、我慢の限界だったのだろう。激昂し、爪を突き立てようとするイティアを嘲笑うかのように、黒いものは残った一つの輝石を放った。刹那、その輝石は強い光を放つ。光は、足元に垂れ、黒い木の幹となり、黒いものを呑み込んだ。


「それまで、ぼくはここで眠るとするよ。大丈夫。あと数千年ほど経ったならば、ぼくは復活するはずさ。それまで貴方が生きてたら、また話し相手になるよ……。貴方が正気でさえいればね。」


 その言葉を最期に、黒いものは口をつぐんだ。木偶のような影は、言葉の意味そのままの木の人形となったのだった。


  遂に、爪を突き立てることすら叶わなかったイティアは、ただ、幹にすがって涙を流すばかりであった。


「あああ……。結局、逃げられてしまった……。君は、置いてきぼりにしてしまったんだ!私を、この世界に!虚無の広がる、この世界に、たった独り取り残したんだ!」


 イティアの号哭は、世界の狭間に溶けて消えた。



  世界は、完全に閉じられた。


  後は、無限の中を、ただただ漂うだけである。



  「本当によかったのか?対立する神だったとはいえ、反逆者と共に封印するとは、盤元初、貴方も人が悪い。」


 くっくっと笑うヴェートザール。当の盤皇は、素知らぬ顔だ。残りの一柱、シャールターンは、まだ、激しい感情を口から垂れ流し続ける。


「『大いなる四柱』の封印!?それも、創造主への反逆ともとれるぞ。」


 盤皇は、苦笑い混じりで応えた。


「それは承知している。だが、それ以上に火急だったことは事実。仕方がなかった、と諦めるより他ない。……もっとも、今は、創造主に意見をあおぐことすらできぬがな。」


 その真意はさておき、一刻の猶予も許されない状況だったことは理解している、つもりであったシャールターンは、とりあえずは、口をつぐんだ。



  「しかし、『世界の浄化』、ねぇ。突拍子もないことだが、起きてしまったのだなぁ。」


 ヴェートザールが口を開く。信じられない、と身体で訴えるように、腰掛けていた椅子の上、背もたれにのけ反るようにして、大袈裟な驚嘆する身振り。その様子に、シャールターンは、またも苛立ちを表に出す。怒鳴りはしなかったものの、握った拳の震えは、様々な思考の総和である、無数の折衷と妥協が、その中にあったのだろう。この場に、新たな火種を持ち込む訳にはいかないという理性、それがあったのだ。


「いや、起きたこと自体が問題なのではない。反逆も模倣も創造も、我々は経験してきたはず。問題は、その手段。」


 そう言って、盤皇は、空中の一点を指差す。そこには、巨大な天球図があった。天球図、といっても、精巧なモビールのようなものである。その中でも、盤皇が注目していたのは、一つの流星だった。ひときわ強い光を放つ、巨大な流星。


大流星(ミーティオライト)の進路を変えたか。……厄介な。これでは手の出しようがないではないか。」


 盤皇は、腕組みをして考え込んだ。この状況を覆えせる有効な手段はないのか、と。ヴェートザールも、シャールターンも、それに習い、それぞれの中で、打開案を探る。しかしながら、大流星を相手にしては、三柱の神も打つ手がないのは、自明であった。


  大流星(ミーティオライト)、それは、宇宙に溢れるエネルギー、所謂マナの集合体である。相手が、黒いもののような、意思を持つ敵ならともかく、進路が変えられた隕石相手では、説得のしようもない。それに、エネルギーの集合体である大流星は、干渉するのにもかなりの時間と手間がかかる。今すぐに大流星を止めるというのは、とても難しい、いや、不可能なことだった。


 ……大流星がこのまま進めば、地上、つまり、地球上に落下する。


  それはつまり、黒いものが以前から、『浄化』のために、入念な準備を続けていたことを意味していた。


  「……だめだ!」


 まず、シャールターンが匙を投げた。続いて、ヴェートザールも。そして、最後まで粘った盤皇も、遂に諦めた。


「あぁ、無理だな。大流星は、いくら我々でも止めることはできない。……どうする?盤元初よ。或いは、考えるべきはその後かもしれない。」


 盤皇は唸った。少しの沈黙の後、盤皇は口を開いた。


「かくなる上は、やむを得まい。……我々は、『浄化』の後の地上に、新たな世界を造り上げる。……これより、そのための神議会をとり行う。」


「諦めるのか。それは構わないんだが、……神議会の空席はどうするつもりだ?」


「……ならば、それも含めて審議をすればよかろう。」


「……………………分かった。」


 こうして、円卓は外部と完全に切り離された独立世界となり、その中で、第556948回目の神議会が開始されたのだった。

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