騒乱の展開
「……あぁー、はいはい。そういうことねぇ。」
「知ってるだろ?あんただって千里眼持ってんだから。わざわざ俺の報告なんか、聞かんでもいいでしょうに。」
「だって、声が聞こえないからさ……。」
天井裏の人物と言葉を交わすカスパー。会話の切れ目に聞こえる微音は、注意して聞けば、天井裏の人物の爪鑢の音だと分かる。
「それで、王宮内に犯人がいると?」
その問いに、鼻を鳴らす天井裏の人物。少しムッとしたカスパーだったが、しかし少し軽率であった。
「それじゃあ旦那、王宮内にヤバい奴がいるって、言ってるようなもんですよ。」
その通りである。確かに、心当たりがない訳ではない。能力者としては、エルヴェ・フーシェ軍需大臣が、失踪事件調査本部に出入りしているところも発見したし、武器庫の管理をしているソフィー・ネージュも城下へ繰り出すということがしばしばあった。何も彼らが事件の犯人だとは言わないが、 怪しいということに変わりはなかった。
いや、戦争や事件のせいで、疑心暗鬼になっているのかもしれない。王宮に、人身供儀を伴うような、卑劣な魔術儀式を行うような人間はいない、と、そう思いたかった。
それに、もし誰かが儀式を行ったとしても、皇帝に逆らい得るはずはないと、カスパーは思い直した。皇帝の側近くに仕える者の中に、そんな浅はかな考えを持つ人間はいないだろう、というのが、彼の結論であった。
「とりあえず、二人の警護を続けてくれ。怪しい人物の捜索の方も頼む。」
「チッ、注文の多いこって。」
舌打ちのような音が聞こえたのは、いささか不愉快ではあったが、文句を言う前に、天井裏の人物の気配は消えてしまった。カスパーは、自分がなめられているような気がしてならなかったが、言い返すことも叶わないので、じっとりとした目で天井を睨むばかりであった。
「やはり、思い切った政策を打ち出すべきでは。」
一方その頃、王の間では、二人の人物が王に謁見していた。その内の一人の、きびきびとした言葉には、この女性のしっかりとした、だが、少々せっかちな性格がよく現れている。皇帝に献策するこの人物は、ワルハラ帝国で現在内務大臣を務めている、ジョアンナ・コヴァルスカであった。急進的かつ、厳格な皇帝主義者である彼女は、就任以来、皇帝権力の強化に奔走してきた。
「例えば?」
窓の外を見ながら、イヴァンが問う。彼は、最近、こうして外を見ることが多くなった。彼の望む地平の彼方には、シレヌム帝国との国境線がある。その付近で、ワルハラ陸軍や騎士団などは戦っている。本格的な戦闘が始まっていないにも関わらず、騎士団の小隊長格が負傷し、帰還したという報告を受けてからというもの、イヴァンは戦争の行く末が、とたんに心配になったのだ。今の返答も、実は上の空であった。ジョアンナは、皇帝が全然話を聞いていないように感じて、正直、憤りを感じたが、表情には出さなかった。ジョアンナに代わり、もう一人の人物、参謀本部の新参謀総長、ミカエル・アレクセイエヴァが答えた。
「例えば、ですね。やはり、国内の軍需品を徴用することなどは。」
「軍需品ねぇ……。」
彼女の言う軍需品には、銃火器はもちろんのことながら、魔鉱石や、その生成のために用いる石炭や石油などが含まれていた。しかし、イヴァンの素っ気ない反応から、ミカエルは、皇帝は乗り気ではないと目当てをつけた。そしてそれは、当たっていた。
「まだ、そこまで戦闘が激化している訳ではない。国有鉱山からの生産物だけで十分だろう。むしろ、同業者組合から鉱山をむしりとる方が、危険なように思える。」
内務大臣であるジョアンナも、これには頷くしかなかった。ギルドの力というのは、時に絶大である。市場価格や国際情勢など、それらがうまく噛み合ったとき、ギルドの首長が高官に頭を下げさせるという、異常な事態が発生した事例もあったからである。
「しかし、なぜそんなことを。自衛のためなら十分かとも思ったのだが、他国からの圧力がかかったかい。」
ミカエルが頷く。
「はい。陛下もご存知かとは思うのですが、 先のレヴェン要塞の攻防戦で、ブリューテルブルグ公国が敗北し、救援を行っているヴェイル公国軍にも甚大な被害が生じたため、陽動攻勢を行うことを打診されまして。」
「相手は。」
「ヴェイル公国軍司令官の、シルヴェストル・ジェンヌ氏と、プロメタイ帝国軍司令官の、グルーコック氏です。」
「しかし、僕に徴用の伺いを立てにきたということは、軍部内での解決は不可能だったからだね。」
国境での小競り合いは、日に日に激しくなってきている。このままいたずらに被害を拡大させるより、大きな攻勢を行う方がよいというのが、ミカエルの示した軍部の見解だった。しかし、先発隊だけではそれもどだい無理な話なので、増援と装備を送ってくれたら、ということらしかった。
「とりあえず、軍部には計画書を提出するよう伝えてくれ。……まぁ、相当に忙しいようだけれど。」
「承知いたしました。」
そうして、二人は王との謁見を終えた。




