二人の大魔導師
「助けてくださって、ありがとうございます。」
心底ほっとした様子で、メリアが礼を言う。
「いいのよそんなこと。ただ見てるだけなのは、私も夢見が悪いのだわ。」
至極当たり前のことだ、といった表情ですげなく返す童女。
「あ、あの、せめてお名前だけでも……!」
ありきたりな場面とありきたりな台詞。そして、それに対する答えもまた、実によく聞く常套句。だが今回は、少し違った。
「別に、名乗るほどの者では……。」
お決まりの文句を童女が言いかけたとき、扉が開いた。童女が入って来たときとは真逆で、けたたましい音と砂ぼこりを立てつつ。扉を開けたのは、光よりも少し年上、二十歳位に見える女性だった。女性は童女を見留めると、大きな声で、その名を呼んだ。
「ジェーム!ここにいたか。何してるんだ?」
童女が入ってきたときとはまた違った空気が、詰所の人々を黙らせた。
「貴女、本当に空気を読んだ方がいいと思うのだわ。」
静かな怒りを声に宿らせて、童女、ジェームは頭を抱えた。
「いやいや、空気に文字が書いてある訳じゃなし。それに、君が今まで何してたのか、僕が知る訳ないじゃない。」
自分のことを僕と呼ぶ女性が、あっけらかんとして言う。彼女は自分のことを、大魔導師の一角、アルジェンタ・カルムだと名乗った。その肩書きの重々しさに似合わず、彼女の口は軽く、饒舌だった。
「あぁ、みんな初めまして。僕はアルジェンタ・カルム、金の大魔導師さ。それで、彼女はジェーム・シーカ。僕と同じ大魔導師で、土の魔法は帝国一さ!あとあと……。」
「ちょっと黙っていてくださりませんか。」
「ちょっと静かにしていて欲しいのだわ。」
ペラペラと早口でまくし立てるアルジェンタを、思わずハルシュタインとジェームが遮る。口を開けたままの状態で、ようやく周囲の状況を理解したアルジェンタは、咳払いをすると、一歩後ろに下がった。騎士団の面々、光とアテナはきょとんとしてしまい、冷静沈着なハルシュタインと、この挙動に慣れているジェームだけが、適切に対処できた。このまま野放しにしていては、ずっとしゃべり続けていたに違いない。
「しかし、大魔導師様か。実際に会うのは初めてだなぁ。」
「今まで名前しか聞いてなかったから。」
騎士団員たちが、ぼそぼそと会話を交わす。大魔導師たちは、普段は王宮の奥にいるということで、一般の騎士団員もその姿を見た者は少ない。
「でも、聞くところだと大魔導師は鉱山の調査に向かっていたと記憶しているのですが。」
ハルシュタインが、思い出したように言う。実際、今思い出したのかもしれないが。口を開いたアルジェンタを遮って、ジェームが質問に答えた。
「簡単なことだわ。鉱山で見つかったのは、火と水。それと少ないけど木の鉱石だけだった。私たちは調査の必要がなくなったから、先に帰ってたのよ。そこで陛下からの召集のしらせが届いたのだけれど、他の三人は調査に夢中らしく、揃うのを待っていられなかった、王都に戻って、帰城の報告をしようとしていた途中で、ここを通りかかったのだわ。」
なるほど、と相槌を打つハルシュタイン。詰所の面々に一礼した大魔導師の二人は、イヴァンへの報告のために、王宮の奥へと向かっていった。
「本当に、申し訳ありませんでした。」
ハルシュタインが、腰を折って謝意を示す。それに合わせて、騎士団員たちも一斉に頭を下げる。メリアとロロは、返って慌ててしまった。あたふたと手を振って、とんでもない、滅相もないと言うばかりであり、そのまま詰所を出ていった。
「……さて、どうしたものかしら。」
頭を下げた体勢のまま、ハルシュタインが呟く。犯人だと睨んでいた人間が、その実、無罪だったことで、振り出しに戻ってしまった。いや、完全な振り出しではない。ジェームの推理によれば、儀式の術者は、複数の属性を持ち合わせているということだった。複数の属性を持っている者は、それらが互いに刺激することで、魔術のレベルがより高くなるのだ。
「つまりは、能力者、か。そうでなくても複属性か。」
誰かが言う。確かに、その可能性は大きいと思われた。大魔導師曰く、そうでないと説明のつかないことも多い。論理的な思考の帰着するところは、やはり能力者や、複属性の人間ということだ。能力者といえば、その対象となる人間は絞られるかもしれない。複数の属性を持つ人間も少ないので、同じくである。だが、その筋の調査を始めるには、少しばかりの問題があった。
一つは、ワルハラ帝国の皇帝、イヴァンの政策による。彼の能力者登用政策によって、ワルハラ帝国の王都には、通常よりも多くの能力者が集まっていたのである。さらに、ワルハラ帝国の国内では、自治領のサーマンダ公国をはじめとして、魔法の研究も盛んであるため、複数の属性を持つ人間も、技術の鍛練のために集まっている。つまりは、(通常より)その作業は難しいように思われた。
そしてもう一つの理由は、ワルハラ帝国の成立から続く、国風にある。ワルハラ帝国の国是は、すなわち無差別、博愛であり、ワルハラ帝国の前身であるラプタ王国の創始者として知られる、聖フロプトの掲げた理想でもある。復古主義的であった先代国王によって、他地域で迫害を受けた人々が多く流入した。その中には、能力者や複属性の魔術師も含まれていたのである。強力な能力者や魔術師は、連帯すれば国家を揺るがすほどの力を有する。故に他国を追われた人々が、ワルハラに集まっていたのは、利害の一致による。他国の人間がその方策を、常識はずれだと訝るのも、無理のないことだった。
そして、それは裏を返せば、ワルハラ帝国の中枢である王宮に、犯人がいる可能性も示唆していた。王宮には、能力者が多くいるからである。




