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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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敢然たる少女

 まったく、無礼な人間だ。彼女が相対しているのは、帝国最強の戦士の集団。さらに言えば、その集団を陰ながら支え、または支配しているハルシュタイン・アドラーである。


 だがしかし、そのワルハラ帝国の中枢まで入ってこれるということは、彼女もまた、騎士団員並みの強さ、或いは、ハルシュタイン並みの権力または政治力を持っているということだ。そして、その証拠に、騎士団員の表情は、皆、岩石の如くに固まり、顔色を失っている。ただ一人、ハルシュタインだけが、渋面で進入してきた人物を睥睨している。


 本来なら、その人物が見た目通りの人間だったなら、騎士団員たちがこれほどに恐れる訳がないのだ。見た目は、紛れもなく少女、いや、童女という言葉の方がむしろ適当だろう。少なくとも光より五つ以上は年下のように見える。その雰囲気と口振り、アテナを含む周りの大半の人間の表情が変わったことから察するに、恐らくは、魔術師。それも、かなり達者であると、光は見当をつけた。


「さすがだわね、アドラー。これだけの人間が集まってて、私を畏れないのは、あなたと、そこの戸口の坊やだけなのだわ。これも胆力かしらね。」


 こちらを一瞥して、さらりと言う童女。やはり、この口振りからして、相当に特殊な部類の人間だ。


「そう。彼はただただ鈍感なだけだと思うのだけれど。」


 やはり、自分のにらんだ通りだったか、と光は自信の勘の鋭さに驚きながらも、曖昧に頷いた。頷いていい場面だったかどうかは分からないが、会話は、そのまま進んでいく。


「それで、私たちの何が『ダメダメ』なのか、聞かせてもらってもいいかしら。」


「……その口調だと、あなた、自分は規定された手順に則って尋問しました。私は完璧に仕事をしました。なんて思っているようだけど。」


 ハルシュタインは頷かない。ただ、目で『そうだ。』と訴える。挑戦的な光が宿っていた。


「ダメね、やっぱり。大切なことが抜けているのだわ。」


 童女は、指を立てて、それをハルシュタインに突きつけた。挑戦を挑戦で返した。


「では、お聞かせ願いますか。……大魔導師様。」


 すぐそばで、息を飲む音が聞こえた。隣にいるアテナが出した音だと気づくのに、さほど時間はかからなかった。しかし、それまでの時間は、やけにゆっくりと感じた。


 大魔導師。その言葉には、聞き覚えがあった。以前、白髪の軍師が、無知なお前に、この国の一般常識を教えてやるのだが。とか何とか言いながら、すらすらと口ずさんだ単語の中に、大魔導師があった。ワルハラ帝国の魔術師の頂点に位置し、五つの属性の専門家(エキスパート)なのだと、彼は語った。そのときは、むちはあんただろう、といらないことを考えていたのだが、まさか、こんな形で邂逅するとは思わなかった。


 その大魔導師の童女は、平調で、持論を語り始めた。


「まず第一に、魔術儀式を行うのには、何らかのマナが必要。今回の儀式に使われたマナの色は、何色だったかしら?」


「真っ黒です。水のマナの透き通った薄墨のような色ではなくて、血のような嫌などす黒い感じでした。」


「血のような、ね。もっと分かり易く伝えた方がいいと思うのだわ。……話を戻すけれど、あなた、属性は何?」


 呆気にとられて見ていたメリアは、はたと気づくと、あたふたとしながらも、答えた。


「あっ、はい。えぇーっと、木です。木の属性です。それから、この子も木属性です。」


 そうよね。と小さな声で呟く童女。まるで見えていたかのようだが、実際にそれが見えていたのかもしれない。


「でも、その黒いマナの溜まりは、恐らくいろいろな属性が混ざりあったもの。それに、聞いたところ、その人形が見た光も、同じように色々なマナの混ざったものだと思うのだわ。」


「待ってください、単属性の人形が、なぜ複属性の光やマナを見ることができたのです?話を聞く限り、そこに矛盾が生じると思うのですが。」


「単純な話よ。人形は土からできている。体を流れるマナが木で、体が土。それらが絡み合えば、実質は複属性なのだわ。」


 そんなものなのか、と首を傾げるハルシュタインに、童女はそんなものよ。と言い切った。


「実際、魔術鉱石を身につけていれば、一時的にだけどマナの循環が起こる。それが常時行われているのだわ。」


「なるほど、それで、人形にだけ光が見えて、この人間には見えなかったという謎は解けました。儀式に使われたマナは複属性で、彼女たちは単属性であるということも。しかし、それだけで儀式を行っていないとするのは早計では?現に、鉱石を使えば、複属性の魔術も使えるではないですか。」


 畳みかけるようなハルシュタインの反論に、童女は、鼻を鳴らした。


「そんな急拵えの魔術、長く続くものではないのだわ。私たち大魔導師が力を合わせて術式を練っても、その魔法はもって一日。でも、もう事件発生からは、何日も経っているのでしょう?」


 正面の壁に穿たれた窓の奥に見える墓所からは、依然として黒いもやのようなマナが、細くたなびいている。たしかに、メリアやロロがこの事件の犯人だとしたならば、マナが分離しても当たり前である。それが、そのまま残っているということは、やはり儀式は、別の人間によって行われたものであろう。


「勘違いのないように言うけど、この人形に見えているのは、あの黒い煙ではないのだわ。普通の人には黒く見えても、彼女には複雑な光が見えてるのよ。常人より敏感に感じとることができるのだわ。」


「だから、人形は光が敏感に見えて、後の人間たちはただどす黒いもやしか見えなかったと。」


 ハルシュタインの総括を、童女が首肯する。


「彼女たちは、純然たる探求心と正義感によって事件に巻き込まれた小市民にすぎない。早く解放してあげた方がいいと思うのだわ。」


 完璧な論証だった。ハルシュタインは、目を瞑り、何か思考した後に、メリアとロロを解放した。縄目を解かれ、一人と一体は、大きく安堵のため息をついたのだった。


「終証、なのだわ。」

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