騎士たちの憂慮
話は、少し前、メリアが店を出るより前まで遡る。
「はぁーあ、ちくしょう、あそこで取り逃がしてなかったら、今ごろ俺たち英雄だぜ。」
「お前なら捕まえられてたカ?」
「さぁ、どうだろ?」
「…………。」
騎士団の詰所の中は、戦争勃発以来、最悪の雰囲気だ。いつも明るく、苦境でも笑顔を絶やさない騎士たちだが、それは民衆を守っているという自信と誇りに裏打ちされた所作だ。故に、民衆を守ることのできなかった彼らの士気は、恐ろしく低い。
だが、そんな中にあっても、朗笑を浮かべ、落ち着いたいつも通りの口振りで、仲間を励ましている者がいた。
「大丈夫大丈夫。きっと、なんとかなるってぇ~。」
気の抜けた口調で騎士たちに語りかけているのは、ワルハラ帝国騎士団第四小隊長の、オーエン・ハミルトンだ。なんの確証もなく、言葉を紡ぐ彼だが、しかし、『なんとかなる』ことだけは確信しているようだった。
「そうだナ。ここで腐ってても始まらないカ。とりあえず、見回りをしてれば、皆安心するだロ。」
「そぉそぉ、犯罪の抑止力にもなるからねぇ。皆頑張ってぇ。」
騎士団の面々を激励するオーエン。彼は、終始笑顔であった。しかしながら、その間に見せる苦痛の表情は、隠しきれていない。それもそのはずである。彼は他の騎士団員と共に前線に出向き、そこで友軍の救援を行っていたときに、腕に矢を受けたのである。幸い、腕を動かせなくなるという、戦士にとって最悪の事態は避けることができたが、快癒までには少なくとも一月を要するということだった。その歯痒さのせいであろう。彼が、戦いで受けた傷の痛みに顔を歪めるということが、まず考えられないということを、皆は知っていた。
「オーエン、大丈夫ですか?」
心配する声にさえ、冷ややかさが感じられる。そんな矛盾を孕んだ声音でも、オーエンに優しさは届いたようだ。
「あぁあ、ハルさん。悪いね、元気は元気なんだけど。」
さすがに負傷した左腕を動かすのは、少しきついな。そう思ったが口には出さなかった。
「元気ですか……。ならば、前線に向かえますか?」
「……たはは。まだ勘弁してくれよぉ。」
情け容赦ない台詞を投げかけられ、苦笑するオーエン。先ほど見とめた優しさは、実は嘘まやかしだったのかもしれない。
「……なんてな。」
失踪事件調査本部の前に、二人の男がいる。先ほど、オーエンに激励された内にいた、騎士団第一小隊のジャックスとガリエノである。二人は、ドアをノックすると、反応が返ってくるのを決まり悪そうに待っていた。
「まったく……。なんか、大人気ないことをしてるな、俺ら。」
「だけど、人手が足りないって言ってたときに、調査本部の二人の名前出したの、お前だロ?」
詮無きことだ。とガリエノは首を振った。
そのとき、扉が開いた。驚いて一歩後退るジャックスとガリエノを、やや呆れたような様子で、光は見ていた。
「つまり、手伝えと。人が死んでるのに?」
思えば、光は失踪事件の真相を解き明かそうと、ワルハラに来たはずだった。なのに、墓所の噂の調査を頼まれ、それが大事件に発展したのだ。怒るのは当たり前である。
「だよなぁ。……それが普通なんだって。」
「でも、俺たちといれば、少なくとも守ってやることはできるゾ。」
しかし、それでどうして不審死の連続している町に行けようか。拒否すると、ガリエノは頭を抱えた。
「そうか、なら仕方ないナ。あの魔術儀式が、王国転覆を目論むものだっていう憶測もあるんだけド。」
なんだなんだと不審そうな顔をする光。
「……あ、あぁ、でも、それがどうしたって。」
ガリエノは、人差し指をすっと立てて、言い聞かせるように言った。
「王国の中心は、この王宮だゼ?」
「…………。」
後から合流したアテナに事情を説明すると、一人は嫌だということで、結局、今は四人で行動している。うまく丸め込まれた格好になったが、やはり、万一を考えたときに、二人だけしかいない状況におかれるというのは、いささかまずいと判断したのである。
さらにいえば、光は調査本部を離れたいいくつかの理由があって、それをひた隠しにしながら行動していた。調査本部の仕事の、何をやっていいか分からず、作業が遅々として進まなかったこと。たまにやってくるアーネスト大公やエルヴェ大臣といった客人に気を使い、またときに質問に答え、雑談の相手にもなり、と、そういったことに疲れていること。それにもちろん、アテナと同じ部屋にいるのが、何とも居心地悪く感じていたことも、その理由の一つである。
そして、そんな胸中の葛藤を知る由もないアテナは、周りを見渡すのと、騎士団員の二人に話しかけるのとを繰り返していた。
「それで、この後はどうするつもりなんですか?」
振り向かずに、ジャックスとガリエノが答える。
「いや、やっぱり墓所が怪しいと思ってな。」
「そうそ、人形師もだけド。」
結局、以前この四人が墓所に行った後、人形師の調査はうやむやなまま、行われていなかったのだ。まぁ、死人が出ている以上、より直接的な対策が求められているのだから、後回しになるのは仕方がないことなのだが。
「じゃ、墓所に行くんですね。」
前を行く二人の男が、小さく頷いた。
墓所の空気は、相変わらず悪かった。いやむしろ、以前よりも悪化しているように、光を除く三人は思った。光は何も感じなかったが、不気味な寂々とした雰囲気から、その異常さを感じとれた。
そして、その空気の奥で、がさり、と何かが動く音がした。大きい。小動物の出す音ではない。そして、その後すぐに、何かを叫ぶ人の声が聞こえた。
「誰かいるのか!?」
思わず、ジャックスが声に出した。




