好奇心は生き人形を殺すか
「……大分荒れているね。」
廷臣の報告により、イヴァンは王城下の混乱の詳細を知った。彼の治世においては、三度目となる今回の戦争であったが、やはり今までのような、近隣地域の争いとは訳が違ったのである。先代の皇帝など、今回と同規模の戦争を経験した者は、おしなべて失踪事件に巻き込まれていたため、施策、対策の知識、ノウハウが欠損していたのだ。いくら政治力のある豪腕皇帝、イヴァンでも、未曾有の国家の危機を前にしては、後手に回らざるを得なかった。
「一部では、この魔術儀式が、帝国転覆を目論んだものであるとの所見もあります。何らかの対策を行わなければなりませんな。今、王都に駐在している騎士団員だけでは、対応しきれておりませなんだ。もっと、魔術に詳しい者を加えて、調査を行うべきでありましょう。」
数代前の皇帝より仕える古参の家臣、パラス・エルミーザの進言を、イヴァンは取り上げた。
「よし、大魔導師らを召集せよ。」
大魔導師、それは、ワルハラ帝国が誇る、魔法の専門家である。それぞれの魔法の腕は、世界でも特に優れたものであることは、最早疑う余地もないというもの。大魔導師たちは皆、古今東西の魔法、魔術に精通しているため、今回のような事件の調査に当たらせる場合には適役であろう。本来なら、まず最初に呼ぶべき人たちではあるが、東の魔鉱石の鉱山などに派遣していたため、それが遅れたのだった。パラスが頷き、踵を返して退出しようとしたとき、ドアが開いた。
「そうおっしゃると思って、既に手配してあります。」
入ってきたのは、執事長、カスパーであった。当意即妙というのは、まさにこのことであろうか。まったく、賢しい者だな、おかげで余計な手間が省けた、とパラスは息をついた。
「そうか、ありがとうカスパー。えぇと、大魔導師たちはどのくらいで着くだろうか。」
「さぁ、鉱山があるのはフィエレンですので、二日ほどかかるかと。まぁ、彼女たちがそれを肯ずるかどうかは分かりませんが。何せ、魔法のこととなると、食事を忘れるような人たちですからね。」
「……なるほどね。」
イヴァンは、組んでいた腕をほどいて、窓の外を見やった。この仕草は、彼が熟考している印である。このときばかりは、カスパーさえ、皇帝が何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
(やっぱりおかしい。)
そう、誰に語るでもなく、声に出してみる。どうせ店には『人』はいない。
(ただの自然死の訳がない、それに、私たちが行った後から、墓所には入れなくなってる。ロロも何かを見たっていうし、やっぱり墓所に何かあるんじゃ。)
巡回の騎士に墓所のことを聞いても、うやむやな受け答えが返ってくるのみ。具体的なことは何も掴めず、ただただ時間だけが過ぎ、それにつれて民衆の恐怖と苛立ちも大きくなっていく。
(そうだよ。調査が進んでないなら、私が進めればいいんだよ!)
「断あぁーる!」
突然の大きな声に、びくりと肩を震わせる。声の主は、もちろんロロだった。頬を膨らませると、李のように赤く丸くなる。その様子がおかしいので、ふふっ、と笑ってしまったが、一方のロロは腕を組んで、キッとメリアを睨んでいた。
「なんでよ、『私』って言ったじゃない。」
「もれなく私もついて行かされるのは分かりきってるでしょ!」
「とにかく行くよ。支度を……。」
「ああああぁぁぁぁ!!」
当然、という顔で話を進めようとするメリアを絶叫が襲った。やたらと大きな声は、陳列品をからからと揺らした。
「ちょ、ちょっと、うるさいわよ。通りまで聞こえちゃうわ!」
「知らない!行きたいんだったら、勝手に行ってきなよ!」
頬を最大限まで膨らませるロロ、それを見て、少し意地悪を思いついたメリアは、やれやれ、と肩をすくめて言った。
「そっかぁ、なら仕方ないねぇ。最近、妙なことばっかり起きてるし何かあったら危ないな、なんて思ってたんだけどなぁ。」
息をのむ音が聞こえてきたようにも感じられるほどだった。ロロの表情は、自分が一人になることの危うさに、はたと気づいたことを、はっきりと表していた。眉がぴくぴくと動き、歯を食い縛るのを見たメリアは、悪辣な笑みを浮かべて、追い討ちをかけた。
「いやぁ、でも、一人で外に行くのも危ないかなぁ、でも、このままだと夢見が悪いというか、おちおち眠れないというか。やっぱり行こうかなぁ。」
ある種の執拗さをも感じる言葉を前に、ついにロロは折れた。
「…………、しょうがないわね……。私が貴女を守ろうじゃない。」
しめしめ、という思い、それを胸の奥底に隠したまま、空笑いでメリアは答えた。
「そう。そうしてくれると助かるわ。」
まだ不満げなロロだったが、結局は逆らうことなく、いつものように、メリアの腕に収まった。
相変わらず騎士が張り付いている墓所の入り口を避け、裏道からの侵入を試みる。裏道といっても、草木の繁茂した小径であるから、巡回の哨兵がいないのも当たり前といえば当たり前ではあるのだが。
道は、縁が欠けて苔むした墓石の裏に通じている。足を踏み出すと、丈の低い下生えの草が中途で折れて、後には足の形が現れていく。長くこの道を使った者がいないことの表れだった。
「……あー、これね。」
墓石を一つ一つ指差しながら確認するメリアが、墓石の異変を見つけた。どこから漏れたのかは知らないが、騎士団や哨兵の何某彼某の会話を、市民が聞きつけたのだろう。やたらと新しい切り傷が、失踪事件に巻き込まれた人の墓に刻まれている。六芒星の頂点にある名前が、『自然死』として公表されている人々と一致していることを読み取ったメリアは、亡くなった人々は、やはり何らかの事件に巻き込まれたのだという確信を持った。
「と、なると、問題は誰がこんなことをしたのか……。」
顎に人差し指を当てて、一考する。しかし、空を見ていても、思い当たる人物などいない。手がかりがこれだけでは、限界がある、と唸っていると、何かに長いスカートの裾を引っ張られた。目線を下に向けると、ロロが地面を指差していた。その先には、割合大きな足跡、恐らく男性のものかと思われる足跡があった。
「…………これ、……犯人のじゃない?」
そうかもしれない。思わぬ手がかりは、足元にあった。しかも、これほど大きい足ならば、その人数も限られてくるかもしれない。加えて、比較的新しいものだということが、メリアに希望を抱かせた。
「でかした!これは大きな手がかりになるよきっと!」
思わず大きな声を出してしまった。そのとき。
「誰かいるのか!?」
墓所の入り口の方から、鋭い声が響いた。




