儀式の端緒
騎士団の詰所は、以前と同じ位人気がない、いや、それ以上だ。戦争に加えて、今回の事件があったのだ、残った人員のほとんど全てを動員したのだろう。だが、そんな中でも、予期せぬ事態への対応のため、少なくとも二人は、この詰所にいるのだ。
二人に対応したのは、第一小隊所属のジャックス・オルトンとガリエノ・モッティだった。第一小隊といえば、オリバーが隊長を務めている部隊である、そのこともあって、ジャックスとガリエノは二人のことを知っていた。ある意味、運が良かったかもしれない。
「いよよ、おいガリー、お似合いさん方が来たぜ。」
「はァ?なに言ってるノ、二人とも、ウチん隊長の指令の件で来たんだロ?」
軽口を叩くジャックスを、ガリエノが軽くたしなめる。オリバーの部下だけあって、少々軽々しいところがある二人組だが、話しやすいのは、助かった。
二人は、墓所の様子や噂の件を、余さず話した。頷いたジャックスは腕を組んで、その人形師は少し怪しいな。と、こぼした。
「とりあえず、事件の捜査をしてるやつらにも、伝えた方がいいか?」
「いや、確証ヲ得てからだロ。」
そう言って、騎士団の二人組は、光とアテナの方に何かを訴えるような目線を向けた。二人は何事かと顔を見合わせたのだった。とはいえ、勘の悪い二人でも、訴えられることについて、察しはついていたのだが。
「やっぱり気が進まないなぁ。」
騎士団の引き払った墓所は、元の静けさを取り戻している。木間を飛行する候鳥の鳴き声は、水面に投じられた石のように密やかな世界に広がっていく。その禁を破るかの如くに、四人の人影は奥へ奥へと進んでいく。
「そうは言っても、隊長から頼まれたんだし、仕方ないよな。」
ジャックスが頭を掻きつつ、戦地の隊長を思い浮かべる。オリバーの手前、手伝わざるを得ないと、締観しているようだった。
ざっと見回したアテナは、墓所を満たすマナの雰囲気が、以前にもまして悪くなってきていると、光に告げた。ジャックスとガリエノも頷く。何らかの魔術的手段がこの状況を作り出しているということは疑いようもなく、また、それが変死に繋がっていると考えるのは、自然なことだった。
「まァ、これだけ空気が悪いのニ、よぉく平然としてられるナ。」
「……鈍感で悪かったですね。因みに、そんなマナの中にいて、人体に影響は?」
相変わらず、何も感じない光に、ガリエノは目をしばたかせて答えた。
「いやァ、ずっといたラ、そりゃ変死するでしょうが? 血中の悪性のマナが多くなりゃ死ぬのも当然だぁネ。」
……ぞっとした。いや、忘れていた訳ではない。能力を持つ、持たざるに関わらず、マナは自らの体を循環している。それが悪いものであったならば、体に負担が生じる。一定量を超えれば、死ぬこともあり得るという可能性に、間抜けなことに今の今、気づいたのである。
「じゃ、じゃあ、早く出た方がいいんじゃないんですか……。」
未知の存在、不可視の霊体、知覚し得ぬ事象に恐怖を抱くのは、臆病な人間の防衛本能故だ。だが、その臆病さが、他人にどうとられるかは、その時々によるのだ。
「そ、だからとっとと調べちゃいましょ。ときに、お嬢、何か見つけたようだね。」
光の言葉を曲解したジャックスが、くるりと視点を移した先には、墓所の一点を凝視するアテナがいた。
「多分、あそこの共同墓地の墓石のあたりが、一番マナが濃いかと。」
その墓前に供えられているのは、アテナが以前来たときに置いていった一輪の花。しかし、それは末枯れており、まるで何ヵ月も経っているようである。周りの草木と照らしてみても、ここだけ明らかに枯れていくのが早い。ここを中心として、黒いマナが吐き出されている証拠だった。
墓石を丹念に調べていた光は、妙なものを見つけた。明らかに以前来たときにはなかった、新しい切り傷が、墓石の中央上部に刻まれているのだ。線の曲がった、歪な六芒星。その中央部には、何かの名前が刻まれているが、小さく、細かくて、読み取ることができない。しかし、六芒星の右上の頂点に刻まれた名前は、なんとか読み取ることができた。
「ベル、ク……、ベルク・ファーゾン……。」
指で文字をなぞりつつ、読み上げる光。その名前に騎士団の二人は、過剰に反応した。
「そいつぁ、変死体で発見された男の名前だぜ。一体なんだってこんなところに……。」
「まぁ、察しはつくけどナ。生け贄だロ、魔術儀式ノ。」
そう考えるのが妥当といったところであろう。ジャックスが応える。
「っつーことは、あと五人必要ってか?」
六芒星の残った五つの頂点を順番に指差しつつ、目を細める。その予想が正しければ、あと五人の人間が犠牲になる可能性があるということだ。
「おい、儀式が行われているのはこの墓所なんだゼ。なら、犯人が捕まるまで誰も入らないように見張ってりゃいいだロ?」
ガリエノのもっともらしい意見に、ジャックスも頷く。調査に進展のあった一行は、詰所に戻ることにした。
だが、このときはまだ誰も、大きな思い違いをしていることに気づかなかった。




