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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・序章━━創成
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捻転する神々の意志

  握った槍を投げ捨て、黒いものは続ける。


「貴方も、間が抜けている。ここはぼくの世界だっていうのに。ぼくの世界なら、貴方も、その力を最大限発揮することなどできない。逆に、ぼくは能力を行使できる。……槍で磔?それが何か?悪いけれども、肉片を一つ残さず破砕したところで、精神がここ(・・)にある限りは、ぼくを倒すことはできない。」


 後ろ手でノブを回し、離脱を試みる白いヒトガタ。しかし、ドアノブはカチャカチャと虚しい音を立てるばかりで、その機能を忘れたかのようだった。


(開かない…!?)


 焦りが、顔に露呈してきているのでは、と白いヒトガタは感じた。目の前に佇む黒いものの口角が、まるで糸に吊られたように引き上がったからだ。


「フフッ、まったく、逃がす訳ないじゃないですか。貴方を落とせば、ぼくは『大いなる四柱』を越えることになる。そうすれば、ぼくの実力は、創造主を目指すことも可能な範囲になる。……なにより、ぼくのことを散々いたぶった奴を、簡単に逃がすのも面白くないのでね。」


 そう言って、黒いものは微笑んだ。先ほどまでの、仮面を被った、仮面に張り付いた見せかけの笑顔ではない。端正な顔は、ここまで歪むのか、と、見る人に考えさせるほど、醜悪なものだった。憎悪と、憤怒と、恍惚と、それらを混交したような笑み。見る者に、不快感と不安感を抱かせる笑み。その笑みを一身で受けた白いヒトガタは、今までに味わったことのない感覚に恐慌した。


  苦しみ紛れに放った槍は、全て黒いものに命中した。その度にほとばしる赤黒い液体は、黒いものの足元を濡らしていく。だが、それも無駄なこと、と言わんばかりに黒いものは、槍を引き抜くと、無造作に宙へと放った。放物線を描き、黒い液体を撒き散らしながら飛ぶ槍の一つが、白いヒトガタの足元へ、音を立てて突き刺さった。


「…………。」


「おやおや、もう打ち止めですか。つまらないですねぇ。よも、魔力がなくなった訳ではありますまい?……それとも、まさか怖いのですか。このぼくが。」


 黒いものの挑発に、ただただ歯ぎしりするだけの白いヒトガタ。しかし、その態度は、白いヒトガタの限界を如実に示しているかのようだった。その証拠に世界の色は、黒いものの足元から徐々に、白から黒へ染まっていく。


「……どうやら、本当に打ち止めのようですね?」


 最後の槍を引き抜いて、黒いものが嘯く。首を傾げ、さも不思議そうに。槍は、又も、白いヒトガタの前に突き立った。


「くっ……。」


 目を剥いて、その様を見届けた白いヒトガタは、再びノブに手を伸ばす。だが、何度やっても、結果は同じだった。


  いつの間にやら、その世界は、半分ほどが闇に覆われていた。黒い影から滴り落ちた墨汁のような液体が、白い紙に染み込んでいくように、世界を侵食していたのだ。それはつまり、黒い影の優勢を意味していた。背景が黒くなるにつれ、光を放つ世界の欠片の一つ一つの姿が見えてくる。それらは、先ほどまでのように、悪しき世界を、醜い世界を映し出し続けている。


  その欠片の中に、先ほどまでなかった大きな欠片があるのを、白いヒトガタは見てとった。そこには、円卓と、二人の人、のようなものが映っていた。一人は、赤い鎧で身を固めた武人のような姿。もう一人は、黒い衣に身を包んだ、中世の司教か裁判官のような姿。だが、この世界に干渉することができる以上、この二人が生身の人間であるとは考えにくい。無論だが、互いに互いを攻撃し合う二つの影は、この二人、もとい二柱を知っている。


「シャールターン、ヴェートザール、一体どういうつもりだ!」


 光の欠片に対し、白いヒトガタが叫ぶ。この声に、欠片に映った黒い衣を纏った方、ヴェートザールが応えた。


「おいおい、それはこっちの台詞じゃないかね、西方(さいほう)の。お前さんの管轄下で起きた事なんだから、けじめをつけてしかるべきであろうに。手加減なんかしてないで、とっとと片付けちまいなよ。」


 飄々と言うヴェートザールに、悔しげな表情で白いヒトガタが返す。


「だから、今やっているって。見えてない訳ないでしょ?」


「……そうなんだけどなぁ。お前さんなら、その世界をまるごと消すなり取り込むなりできるはずなんだ。変な恩情なんか捨てて、助命なんか考えずに、ただただ反逆者を握り潰せばいいんだ。違うか。」


「……。」


 黒い衣の神に図星を当てられ、目をそらす白いヒトガタ。それがひらりと後ろに動いたかと思うと、そこには、槍が。今度は黒い槍が突き刺さっていた。


「あぁ、すみません。置いてきぼりを食らったように思えたので、ちょっとちょっかいを出してみました。……怒らないでくださいね。まぁ、優しい貴方なら、許してくれるかと思いますが。」


 冗談めかして舌を出す黒いもの。しかしその目は、次はないのだと、強く、はっきりと訴えていた。その仕草に、舌打ちをする白いヒトガタ。不快なことこの上ないといった表情を浮かべ、黒いものに恨めしげな目をやる。こわいこわい、と肩を竦めた黒いものは、やにわに顔を上げ、光の欠片を見つめた。


「ぼくのこの世界に干渉してくるってことは、そろそろそちらも異変に気付いたのでしょう?ぼくが何をしようとしているか、冗談や戯れでなく、本気で。」


 挑戦的なものだ、とヴェートザールは溜息をついた。


「まぁ、ね。……君、本気で文明を一度無に帰そうとしてるよな。」


 黒いものは首肯した。その通り。やっと分かったかといった様子で。白いヒトガタは、いよいよ事態が、自分とこの黒いものとの戦いだけでは決着がつきそうもないと感じた。


  すると、今まで会話に入ってこなかった赤い鎧の神が、口を開いた。


「なぜそんなことをしたのだ!お前は、忠実な神の手、神の目、神の声であったはずだ!それを、溝にすてるように……、相応の理由があるはずだ、答えよ!」


 怒声、怒号。それによる空気の震えは、欠片の境界をすり抜け、命の取り合いを続ける二柱の髪を揺らし、周りの光片を動かした。


 先ほど、シャールターンと呼ばれた、炎のような神である。シャールターンは兜の内側から、黒いものを睨み付けつつ、続けた。


「お前の行いが、数千の歴史の積み重ねを崩すのだ!それは、最早大罪などという生易しいものではない!断じてない!お前の行いは、お前の器を越えているのだぞ!それが未曾有の大きな罪に値すると、分からんか!」


 尚も続く憤激した声を打ち消そうとするかのように、黒いものは叫んだ。


「それがどうしました?南方の守護神たる、ジャー・シャールターン。確かにぼくの成そうとすることは罪かもしれない!でも、地上を放っておけば、或いは今よりもっと悪い状況になったとしたら、そこはもう地上ではない、地獄に成り果てるのですよ!そこにいるもの全て!堕ちると言っているのです!貴方は、救える羊を、助けられる乳飲み子を、目の前の弱い存在を、見殺しにせよ、と言うのですか!?」


 それは、怒りとも、悲しみともとれる、まさに魂からくる叫びだった。これには、流石のシャールターンも黙るしかなかった。



  「……話は分かった。君の考えには、共感できる部分がないという訳ではない。ただし、我々の矜持が、いや、我々の在り方そのものが、と言った方がいいかもしれないが、君の考えに反しているのも、また事実だ。よって、我々、『大いなる四柱』は、創造主の名のもとに、君を止めなければならない。」


 ヴェートザールは、半ば諦めたような口調で、こう告げた。もう、こんなことを言っても仕方がないのだが、己の矜持がそうすることを選んだのであるから、やはり仕方ない。



  「では、行くよ。」


 改めて、白い槍を構える、白いヒトガタ。その気迫は、先ほどとは比べものにならない。西方の神、白銀の女神が、その秘めたる能力を解放したのに他ならない。或いは、この黒いものと同じように誼の鎖を解き、自らの手で決着をつける覚悟を決めたともいえよう。


「『西方の守護神』イティア、反逆の徒である君を、神議会の名のもと、討たせてもらう。この世界とともに消えて無くなるがいい!」


 白いヒトガタ、イティアの名乗りと共に、背後の白い空間が膨れ上がる。そこから白い槍が溢れてくる。百、千、万と、その数は次第に増えていく。それは、槍が飛来する、というより、白い世界が黒いものを飲み込もうとしてくるようであった。


「ははっ、それでこそ、それでこそ旧い神だ!信仰を力にすることしか知らないのだから!」


 黒いものも、身体を無理に奮い立たせると、応戦する。足元の地面から、幾千もの黒い槍が飛び出してきては、次々と、敵を穿たんと、襲いかかる。


  白と黒の槍は互いに打ち消し合い、ぶつかり合う度に、激しい光を放つ。やがて、世界は、黒と白だけになっていく。



  しかし、その打ち合いにも、終わりがきた。


「っぐぅっ…………。」


 突如、胸を抑えて倒れるように座り込む黒いもの。足元で生成されかけていた槍は、黒い塵となって消え、それらを白い絵の具が覆い尽くす。直後、黒い影の上に雨のように、白い槍が降る。


「……!?なんだ……?魔力切れか?」


 突然の出来事に、イティアは狼狽える。倒すべき敵を倒した喜びでなく、先ほどとはまた違った空回りの感覚を覚えたイティアは、半分警戒を解き、半分身構えつつ、黒いものに歩み寄った。


「……死んだのかい?……いや、死んだだろうね。さっきはどうやって生き残ったのかはいざ知らず、今は私が世界の主導権を握っていた。ならば、霊体(アストラル)をも貫く私の白槍が、君を殺さぬ訳がない。」


 自分に言い聞かせ、確証を得ようとしているようでもあった。黒いものにそう言って、反応が返ってこなければ、『死』の証明ができる。


  だが……。


「……………………ぁ、……な、にが……?」


 目を見開いた黒いものは、弱々しい声を発した。証明は、完成しなかった。ただ、その事実が崩れるのも時間の問題だった。


「……驚いた。まだ、生きていたんだね。しぶといというか、なんというか……。」


 片膝をついて、イティアが言う。黒いものは、顔を覗き込まれたことに気付き、目を向けた。


「君の命は、今、粉微塵に砕けたはずだ。どうだい、これで君の企みも破砕しただろう。」


 イティアは、そう、語りかけた。命が砕けた。その事実に思い当たった黒いものの瞳孔は、すっ、と細くなった。驚愕の表情、それが、真に何によるものなのかは、神の目をもってしても分からなかった。


「ぁ。」


 小さい声を上げる黒いもの。その胸元から、明るい光が現れた。その光は、やがて収束し、無数の、七色の光を放つ宝石のようなものになった。


「…………輝石(クライノート)が砕けた。神の心臓ともいうべき輝石が砕け、身体を離れた以上、君は終わりだ。」


 振り上げた掌に、白い光が集まる。それは、黒いものを、その影すら残さず消し去る、という明確な決意の現れだった。それを見た黒いものは、最後の力を振り絞り、叫びを上げた。


「貴方も、…………残念……だったね。」


 残念、という言葉の真意を掴みかね、怪訝な顔をするイティアに、黒いものは、柔らかに笑んだ。


「もう……、手遅れですよ。……フフッ。」



  そのとき、世界の歯車が、狂い出した。

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