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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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吹きだまりの中の意志

「何もないってー!」


 そう、ロロに声をかける。しかし、当のロロは、墓所のすぐそばにある建物の壁に隠れて出てこない。


「でも、何かあるかもしれないじゃない!」


「だったら、その何かを探すの手伝ってよ。」


「絶っっ対にいや!」


 だだをこねるロロ。一人でそっとしておいたらそっとしておいたで、泣いて喚くのは予測できたので、結局メリアは、満足いくまで探索ができなかった。最後にぐるりと林立する墓石を見渡したメリアは、ロロのところへ戻った。


「もう、ロロが動いてくれないから、ちょっとしか調べられなかったわ。」


「ねぇ、もういいでしょ。早く帰ろう?」


 ずいずいと服の裾を引っ張り、帰宅を促すロロ。はぁ、とため息をついたメリアはロロを連れて、墓所の出入口へと向かった。


 しばらく歩くと、二人の、若い男女が、坂を登ってこちらに来るのが見えた。まだ、人はこないだろうと踏んでいたメリアは、思わぬ人間との邂逅に、少し慌てた。二人が来ていることに気づいていないロロをしっかりと抱き抱えると、側にあった石造りの倉庫のようなところに隠れた。


「ね、なんで隠れるの……、むぎゅ。」


 何事かを言いかけたロロの口を押さえ、メリアは息を潜めた。



「……うーん?」


 横を歩くアテナが、首を傾げる。足を止めたのに気づいた光は、二、三歩戻って、どうしたのかと問うた。


「誰かの話声がしたような気がしたのだけれど、気のせいだったのかしら。」


 光は、改めて周囲を見回す。しかし、怪しいところは見つけることができなかった。ただ、無機質な墓石の立つ墓所が、並木の向こうに見えるだけだ。


 神経質になっているのだろう。だが、そうなるのも無理はない。この墓所は、ここ最近王都を賑わせている、噂の舞台であるのだから。日が昇っているのにも関わらず、並木道は薄暗く、清涼とした雰囲気が垂れ込めている。何が出てきても不思議ではないのだということを再認識させるような、奇妙な静けさのみが、そこにはあった。


「別に何もないと思うけど。」


 光の言葉を受け、尚も辺りを警戒するような素振りを見せたアテナだったが、思い違いだと、或いは無理にでもそう思い込むことにしたようだった。


 さて、墓所の中は、その存在の意義も相まって、不思議な雰囲気に包まれていた。神秘的でありながら、その恐ろしいまでの、非現実性を孕んだ妖しい静けさが鎮座している。誰もいない。二人以外の生き物が、ここにいないのかと錯覚させるほどに。どこまでも清浄な空気は、混じりけのないもので、或いは、人ならざるものが出す呼気のように、人間の肌には適さないものだった。


「なんか、なんもないな。無さすぎるくらいだ。」


 光は、墓前の花束を見た。褐変した花束は、その花の種類も分からぬほどである。長い間、人が来た様子もない。


 突然、木についた青い葉が、ざざりと鳴った。いきなりのことで驚いたが、風で揺れたのだろう。ゆらと揺れた枝を見ると、やはり妖しい。


 この不気味さならば、人によっては木の揺れでさえも怪しい人影に見えるのではないか。と光は考えた。もしその仮説が正しいとしたら、先ほどまでの憂慮は、まったくの杞憂ということになる。その方が、光としてはありがたかった。


 しかし、アテナはそうは考えていなかったようだった。


「いや……、ヒカル君。ありますよ、マナがたくさん。」


 えっ、と間抜けな声を上げる。だが、それも無理はない。光には感じとることのできない濃密なマナの気配を、アテナは感じとっていたのだ。あの並木を抜けた辺りから、空気の質が変わったことには、光も気づいた。だがそれは、俗世から切り離された、所謂隔世的な、穢れていない空気を感じとったからという訳ではなかった。実際のところは、穢れを入れることすら許さぬように、五色のマナが雲集しているのだった。それはまるで、埋葬された死者の念が、何者の侵入も許さぬという態度を露骨に示しているように、アテナには伝わった。


「空気がおかしい。……あるんですよ、こんな風に、マナの吹きだまりみたいな、窪地みたいなところが。でもその中でも、ここはすごい。」


 光は、未知の物質に内包されているような心地であった。


「どこが、どうすごいんだ、……あ、すごいんですか。」


 アテナは、辺りを見回しながら言う。


「街中にもマナはあるんですけど、この墓所のマナは、数も質も他とは比べものにならない……。」


 光とは違い、アテナには、自らの体の底にあるものとマナが呼応するのが感じられていた。包まれるような感覚は、体と空気の境界を溶かしていく。自らの体を流れるものと、大気中のマナとが、混ざり合い、そして液体のように身躯の器に満ちる。


「『花よ咲け(フルーア)』。」


 ぽつりと、唱える。口から出てきたのは、マナに干渉し、超常的な能力を発揮する、所謂『魔法』の呪文である。


 すると、アテナの指先に光が灯った。水色の光は、やがて花の形をとり、一つ、二つ、三つと、その数を増やしていく。何もない空間から花が次々と出現するのを見た光は、衝撃を受けた。ついぞ魔法など、知識は持っていても、自分の目で見たことなどなかったためだ。光はその様子を、無垢な子供に手品を見せたかのように、黙って眺めていた。


「こんなにすんなり魔法が使えるなんて、嘘みたい。いつもはつっかえたみたいになって、出てこないのに……。」


「……今のは、魔法……? 確か、花よ咲けは、木の属性の魔法だったような。あの、アテナは、木の属性を持っているのかい。」


 墓石の脇に茂る草を切り、リボンのように花に結ぶ、できたての花束を押し抱いたアテナは、首を縦にも横にも振らなかった。


「分からない、自分のことは、ほとんど覚えてないですから。魔法は、……うん、本能ですね。深層に眠っていたものが、マナに触れて起こされたのかも。」


「じ、じゃ、いろんな魔法を試してみたら、その内記憶も元に戻るんじゃあ……。」


「うぅ、そうかもしれないですけど、思い出そうとしても、出てこないんです、無意識に呼び起こされない限りは、眠っているのだと思うんですが……。」


 アテナはそう言うと、腕の中の花束を、一つの墓石の前に置いた。その墓石の下に、人はいない。あるのは空っぽの穴だけ。その墓石は、失踪事件に巻き込まれ、結局見つからず、死者扱いとなった人々の墓だった。


「でも、今だからこそ、分かることもあります。」


 光は、アテナの言葉に頷く。アテナも、今度は首を縦に降った。


「失踪事件、必ず……、解決する。」


 それは、二人の決意だった。

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