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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・第一章━━死霊編
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死霊降誕

 ワルハラ帝国王都、北東の墓所にて。


「…………、…………。」


 暗闇の中に、何者かの呟きがか細く響く。風が吹けば聞こえなくなるであろうほどに小さな声は、しかし間近で聞いたとしても、その意味を理解できる者はいないだろう。黒に近い藍色のローブは、闇に溶け込むように佇む。


「…………、…………。」


 木々のざわめきは、不気味な雰囲気を掻き立てていく。それは、生暖かい風によるものか。その風さえも、この呪文によって吹かされたのではないかと錯覚してしまう。風はやがて竜巻のようになり、ローブの人物の前で何層もの渦をくねらせた。


「…………、…………。」


 その風は、ローブの人物が目深に被っていたフードを吹き払った。竜巻を前にする人物の顔が覗く。


 それは、不健康なまでに痩せた男の顔だった。細い、土気色の面のせいで、年はどのくらいか、まったく分からない。笑っているのか、泣いているのか。ただ、血走った両の目だけが、男の必死さを伝えている。


 やにわに、男の顔が照らし出される。一瞬眩しさに目を細めた男だったが、しかし目を閉じることはなかった。男に差す青白い光、その正体は、男の足元に生成された魔方陣の放つ光だった。その妖しい光は、五色のマナのどの色とも違う。火の暖かさ、水の涼やかさ、木の爽やかさ、土の力強さ、金の荘厳さ。いずれにも属さないその光は、男の操るマナが特殊であること。言い換えれば、男が能力者であることを、如実に証明していた。


「…………、…………。」


 男の詠唱は、尚も暗闇の中、続く。風は一段と激しくなり、木々の擦れる音は、大嵐の只中にいるように大きい。それに負けぬように、男の声も次第に強くなっていく。


「…………、…………、…………!」


 男が、大音声で呪文の最後の一節を口にした。


 変化は、その直後に訪れた。木々は、何事もなかったかのように、再び静寂の中に佇んでいる。今まで、墓所の空気を掻き回していた竜巻が、雲散霧消したのだ。魔方陣も、光を失い、今はどこにあったのかすら、分からない。そこには、男が一人、立っているだけだ。


 だが、男の顔に浮かぶのは、喜びの表情だった。いや、狂喜、狂気の類いの笑みかもしれない。


 男には、男の周りにたむろする、不気味な光を放つ何か(・・)が見えていた。それは、人の形だったり、まったく人の形を成していなかったり。だが、それら全て、元は人だったものだ。これらは、俗にいう亡霊、幽霊、死霊といったものである。


 男は、両手を広げ、訳の分からない言葉を、興奮気味に叫んだ。それに呼応するように、霊たちは、思い思いの方向へ、飛翔する。男は、声の続く限り、周りに叫ぶと、ようやく、人の声で呟いた。


「いいぞ、これより腐敗した帝国民どもに誅罰を、裁きを与えん。」


 お暗き墓所に、男の哄笑が響く。その声に呼応するように、霊たちもまた、激しく、男の視界の端から端までを縦横無尽に飛んだ。



「……んっ、……うぅん。」


 窓の外に光を見た眠たげな声の主は、寝台から体を起こし、様子を伺った。朧気に見えたのは、おびただしい数のマナの集合体、霊の姿である。特殊なマナの塊である霊を視認できるということは、それすなわち、この声の主が、能力者である可能性を示していた。


「……、うわぁ、なぁんかすごいことになってるよ!」


 そのおぞましい景色に、思わず声が漏れる。小さな叫びは、同じ部屋で寝ていた女性を起こしてしまった。


「あらぁ、ロロ、どうしたの。」


 寝ぼけているのか、虚ろな目でロロの頭を撫でる女性。首を振って手を払ったロロは、起床した女性に相対して、窓の外を手で示した。


「メリア、あれ、見えないの!?」


 女性、メリアは示された方に目を向ける。しかし、彼女には、ただ、清閑な墓所しか見えなかった。首をひねるメリアの様子から、ロロは、あの霊の集団が、ただの心霊現象ではないことを理解した。


「……なら、なんなんだ、あれ……。」


 不安げなロロの肩を支えるように手を添えたメリアは、その墓所で何らかの怪事象が起こっているのだと悟った。もっとも、見た目だけでは、特に変わったところのない、いつもの墓所である。


 メリアには、思い当たるところがあった。つい最近、この近辺で噂になっている、墓所に現れる怪人の話である。もしや、ロロが目撃したのは、その怪人に関わることなのではないか。そう思ったメリアは、再び墓所に目をやった。そこには、目を凝らしても、人影一つ見つけることができない。


「ねぇ、あの墓所に行ってみない?」


 メリアの一言を、ロロは冗談と受け取った。だが、その顔を見ると、どうやら本気だと考えを改めたらしく、ぶんぶんと首を振った。


「いやだ。まだお化けが飛んでるじゃないか!」


 そうはいっても、視覚の相違は埋めようがないのである。結局、二人は明日(みょうにち)に墓所に行き、何があったのか、確かめることにした。ロロは、布団をぐいと引き上げ、枕に顔を押し付けるようにして眠った。

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