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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・序章━━創成
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出逢い

 ゆえに、ドアが開く音がしたときは、何もしていないところを見つかったと、思い、少し慌てた。だが、ドアを開けたのがイヴァン帝だと分かると、落ち着きかけていた気持が再び昂った。


 また怒られるのか、いや、怒られるですめばいいが、と内心びくびくしていた光だったが、イヴァンは、そんなことを気にすることもなく、ニコニコとしていた。怒っていないと分かった光は、おずおずと皇帝に話しかけた。


「えぇっと、なんでここへ来られたのですか。」


 イヴァンは、手頃な椅子を引くと、そこに腰かけた。


「いやなに、一つは、謝りに来たんだ。戦争となると、いろんなところから人員を引き抜かなくてはならなくなる。この、対策本部もまた、例外ではないのだから。だが、そのせいで作業が止まってしまったのなら、すまない。」


 やはり彼は、光が何もせず、ただ机に着いて、無益に時間を浪費していたところをしっかりと見ていたのだ。


「申し訳ありませんでした!!」


 イヴァンの、何でもないことのような口調が、自分がとても悪いことをしているという考えを膨らませたのだ。だが、彼は、その謝罪をやんわりと受け止めると、まぁ、落ち着きなさい。と言って、着席を促した。


「いや、仕事がはかどるような話を持ってきたんだが。聞きたくはないかな。」


 指を立て、それを扉へ向ける。


「え、話って、誰かを手伝いに連れて来させたってことですか。」


 今は、戦争が始まろうとしている時期。ほんの少しの日数の差が勝敗を分ける時期だと、白髪の参謀(ヨハン)が言っていた。いくら、皇帝の親族にも関わる問題とはいえ、それは大丈夫なのだろうか。


「はっは、何、心配はしないでくれ。なにせ、増援は、君と同じように親が失踪に巻き込まれたという人物だ。おうい。」


 扉に向かって呼び掛けたイヴァン。そこに現れたのは、青髪の少女だった。翡翠色の相眸と、長い青い髪が目を引く少女。付け加えるならば、とびきりの美少女だった。ただ、それでも、全身の憂いを拭うには至らない。無理もない。突然、王宮に連れてこられたのだ。まぁ、これが、ジュゼッペ総長の言っていた強引な手段というものなのだろう。王は、その急先鋒という訳だ。


「イヴァンさん、この人がヒカル君ですか。」


「ん、その通り。彼が、ワルハラ帝国立失踪事件調査本部長の高橋光君だ。」


「へぇ。」


 いやいやいやいや……。


「皇帝、俺はいつからここのトップになったんですか。」


「今からだ。」


 驚いたなんてものではなかった。だが、そんな無茶も、誘拐紛いの行動をするこの男の前では些細なことであろう。光は、とりあえず曖昧に頷くしかなかった。


「紹介しよう。彼女はアテナ、ノアキスの生まれで、親がいない、つまり、親が失踪に巻き込まれたらしくて、養母の下で育ったそうだ。」


「またカスパーさんが見つけたんですか。」


「いや、雪山で倒れているところを助けたのさ。意識を取り戻したので、素性を聞けば、失踪に巻き込まれていたというじゃないか。まぁ、これも人助け人助け。」


 イヴァンは、その質問に少々得意気に答えた。もっとも、得意気に言ってはいけないような内容ではあったが。


「まぁ、本当はアテナじゃないんだけど。」


「はぁ……、は?」


 自然な流れに頷きかけたが、あまりにも不自然な内容が承服できなかったために、聞き返してしまった。では、それは偽名ということか。それならば、なぜ。


「簡単に言ってしまえば、私、記憶喪失になってしまったようなんです。」


 予想外の答えが返ってきたために、反応が遅れた。当の本人も、困惑しているようなのだが。まさか、そんな理由で。


「つまり、名前を覚えていないと。」


「う、覚えてるのは、イヴァンさんがおっしゃっていたことだけで。養母が誰で、実の両親がどんな人かも覚えていないんです。気づいたら、列車に乗っていて……。」


 イヴァンには、彼女、アテナが記憶喪失になってしまった心当たりがあった。ズーニグリを吹き飛ばすほどの能力、その反動たるやいかほどか。下手をすれば、強い不可、衝撃が生まれる危険性があるやもしれない。それが、彼女の脳に何らかの影響を及ぼした結果がこれだとしたならば。


(まさに諸刃の剣という訳だ。)


 或いは代償とも言い換えられようか。力やら権力は、骸の上にこそ成り立つものだというのは、先帝の教えであり、またイヴァンの信条の一つでもある。あまりにも大きな代償だが、それを制御できれば、どんな力が手に入るのか。


 誘拐の罪など、戦争のどさくさに紛れて隠滅してしまえばいい。イヴァンは、懲りない子供だった。いや、理性を確立させた、れっきとした大人なのだが、しかしながら、わがままを突き通そうとする態度は、まったくもって子供であった。能力者が絡むと、楽しい玩具(おもちゃ)を差し出された子供のようだった。


 そんなことを考えているとは露とも知らず、少年と少女は、互いのことを話し合っていた。


「でも、事件の調査をしようにも、素性が分からないというのでは、どうしようもないしなぁ。」


「そうなんですよね。イヴァンさん、本当に私をどこで拾ったか、覚えていらっしゃらないんですか。」


「そうだね。なにせ雪山だし、分からないな。」


 嘘だ。特に曲がりのきつい、山に沿うように作られた線路の、二番目のカーブのところだ。しかし、それが分かれば、ここにいる誰か、或いはカスパーが、養母を見つけてしまうかもしれない。そうすれば、この金剛の原石を手離さねばならないことになる。それはいやだった。


 同じ失踪事件の被害者、その彼女の悲しみを考えることができない訳ではなかったが、今はその秘めた力が欲しかった。私情を、国家存亡の危機に挟み込むべきではないという考えが彼の中にはあったが、それはあくまでも建前。実際の彼の思惑は、もっと恣意的で傲慢なものだった。そして、その意識から逃れられたのは、彼女の記憶がなくなっていたからに他ならない。養母からはぐれ、記憶を失い、途方に暮れる少女を保護した。それだけだと、彼は思い込むよう努めた。

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