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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・序章━━創成
21/79

動き出す帝国

「了解。すぐに作戦を実行しよう。」


「分かりました。叔父上、健闘を。」


 そうして、通信は切れた。ワルハラ帝国参謀本部総長、ジュゼッペは、ため息を一つついた。戦争を回避できなかったことに対する王への少しの失望と、抜くべきでない剣の柄に手をかけた緊張感を孕んだ吐息は、その通信の内容がただ事でないことを参謀本部の面々に伝えるには十分であった。


「総長、今のは大公殿下ではありませんか。一体何が。」


 ヨハンの、心配そうに勘ぐる目線を受け止めたジュゼッペは、しかしその問いには直接答えなかった。


包囲殲滅作戦(プラン・アサーディア)を発動する。ヨハネス、今すぐ陸軍第三軍に向かえ。お前はそこで指揮の補佐を頼む。」


「第三軍ですか、いや、あそこにはリッシュがおります。奴に任せておけば問題ないのでは。」


 ヨハンは、戸惑うように首を振ったが、ジュゼッペは肯ぜなかった。それで、ヨハンは自身が出向くことの重要性を理解した。今は深く考えず、とにかく行動し、襲い来る危機に対処することこそ肝要であると、ジュゼッペの命に従い、駒として使われることを良しとしたのだ。


 踵を返し、いそいそと部屋を出るヨハンを見送ったジュゼッペは、自らもコートに手をかけた。


「え、総長も前線へ行かれるのですか。」


 カリーニが、驚いたように尋ねる。ジュゼッペは動きを止めずに小さく頷いた。


「戦争だ。シレヌムに仕掛けられたようでな。陛下の命で、私は今日付けで陸軍最高司令官に任ぜられた。総長の座は、現副総長のミカエル・アレクセイエヴァに譲る。代わりはヨハンが戻ったらやらせようと思ってな。」


 そう言いながら、身支度を整えたジュゼッペは、ステッキを持つと、ミカエルによろしく、とだけカリーニに言い残すと、ドアを閉めた。


「行っちゃった……。」


「まぁ、あれでしっかりしている人だ。恐らく大丈夫だろう。」


 トップの消えた参謀室の中、カリーニに声をかけたのは、地形測量課長のショーン・ヤラヴァである。ショーンはコーヒー党なだけに、紅茶党の総長がいる前ではあまり口にすることのない、参謀本部の上質なコーヒーを楽しんでいた。


「僕は、うん、気楽なものさ。だけど、これから僕も忙しくなるかもしれないね。」


 カリーニは、彼の言葉を理解しかねた。飄々とした言動は、総長、いや、元総長を彷彿とさせるが、しかしジュゼッペのような暖かい印象より、高潔で清廉、或いは冷徹な雰囲気すら感じられる。カリーニは、彼とヨハンが、軍事学校の参謀課の同期であったこと、そして、首席で卒業したショーンの理知的な性格を思い出した。それならば、この独特の雰囲気も頷ける。常人にはおおよそ理解ができない微妙な温度を纏って、ショーンはのんびりとコーヒーをすすっていた。



「え、ヨハンさん移動になったの。」


「あぁ。命令だ、仕方があるまい。一応家の鍵はお前に預けるが、あまり変なことをするなよ。」


 その頃、新設された失踪事件調査本部では、ヨハンが光に別れの挨拶をしていた。まだ、出会って一ヶ月も経っていないものの、光にとってヨハンは、ワルハラ国内で比較的信頼できる人物の一人に数えられるほどになっていたために、衝撃は大きかった。


「大丈夫だ。戦争はすぐに終わるよ。」


 戦争、その言葉に、光は一縷の不安を抱く。恐らく、失踪事件と同じように、戦争は人を失くすという危険を孕んだものだからであろうか。しかし、それを口に出しては、返ってヨハンの不安を煽るだけだと思ったために、ただ、気をつけて。としか言えなかった。


「何かあったら、カリーニかショーンを頼れ。あの参謀室の二人なら、きっとどうにかしてくれるだろう。」


 ショーンという人とは、光は直接しゃべったことはない。だが、思うに、いつも安楽椅子に腰かけて、ヨハンと談笑する、縮れ毛の特徴的な若い男性のことだろうと光は推量した。ヨハンの言動には、多少なげやりの感があるが、それもまた二人への信頼感の表れだろう。


 頷いた光に、ヨハンが続ける。


「もし、私に何か聞きたいことがあったら、これを使うといい。」


 そう言ってヨハンが懐から取り出したのは、濃い紫色をした、鉱石の結晶だった。煌めく、というより、鈍く光る鉱石だった。


「紫水晶じゃないな、なんですか。」


「これは伝導晶石といってな。通信機に使われる魔鉱石なのだが。」


 ヨハンは伝導晶石を机の上に置くと、槌と(のみ)のような道具を引き出しから取り出し、晶石を二つに割った。


「伝導晶石は、石ごとに固有の周波数がある。それが、空気中のマナに干渉し、離れたところに届くのだ。」


 やはり、魔鉱石の一種というだけあって、マナが重要となってくるらしい。しかし、面白い性質だ。


「無くすなよ、それは粗悪品だが、それでも高額なことに変わりはないのだからな。」


「分かった。とりあえず、このロケットにでも入れときます。」


 この倉に看板をかけた日に、アーネスト大公から受領した、ワルハラ帝国の紋章の刻まれたロケットだ。首から下がったそれを服の下から引き上げた光は、その外蓋を開け、晶石の欠片をしまった。それを見たヨハンは呆れたように薄く笑った。


「それは、あまりおすすめできないな。一人でペンダントに話しかける、気狂いに見えても仕方なかろうに。」


「他のところにしまっておいたら、絶対なくすと思うし、誰もいないところでやれば大丈夫ですよ。」


 ヨハンは、それはそうだ、と綻んだ。



 ヨハンの去った倉は、あまりに広い。調査のために膨大な資料を体系する役人も、今は目下の急務である戦争の案件に取り組んでいるはずなのだ。そうなると、一層閑散として、暇である。作業をしようにも、どの資料をどうすればよいのか、光には全く分からなかった。以前、勝手に手伝ったところ、やり方が違うと叱られた経験があるため、無闇やたらと手を出したくない、というのが、正直なところだった。

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