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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・序章━━創成
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失踪事件調査本部

「前々より準備は進めておったのだが、やはり王に余裕がなかった故、設立に時間がかかったのだ。」


 アーネスト大公が光に告げた。今、大公と光、そしてヨハンとカスパーの四人が連れ立って歩いている。一行が着いたのは、王宮の南西にある古びた、しかしながら立派な造りの倉のような建物であった。


「ここなら、邪魔も入るまい。……それに、他にも失踪事件に巻き込まれた者も集めれば、より組織的に調査ができるであろ。」


 カスパーが、扉につけられた鍵を解錠する。扉を開けると、塵芥の奔流が四人を襲った。通りがかる人は、一斉に咳き込むのを見て、不思議そうな顔をしたり、失笑したりと、様々な反応を見せた。


「ゲホゲホ……、すまぬ。言い忘れておったが、ここ数十年は、この倉は開けておらんでな。」


 口を手で押さえた大公が言う。どおりで鍵が開きづらいと思った、とカスパーが一人ごちた。


 倉の中は、埃っぽいことを除けば、広くて使いやすそうだった。奥に見えるのは二階へと続く階段か。掃除さえすれば、しっかりと、調査本部として使えるだろう、と光は感じた。



「そんな訳で、掃除しに来ましたぁ~。」


 アーネスト大公の呼びかけの効力は絶大であった。すぐに使用人や、王宮の人々が集まった。


「あれ、あれは確か……、オリバーさん?」


 揃いの装束の男たちの先頭に立っていたのは、先日騎士団の詰所に行ったときに出会った騎士、フランシス=オリバー・グラッドだった。傍らのヨハンが、光の不思議そうな顔を見とめると、騎士団員は、困っている人のことを助けるのが仕事なのだが。しかしまぁ、こんな雑用にまで駆り出されるとはな。と耳打ちした。かく言うヨハンも、光と王宮に来たばっかりに、はたきを持たされている。それが気に入らないのか、手が止まっている人間を見つけては、はたきを鞭のようにしてべしべしと叩いては、仕事をしろと小言を言っていたのだった。光自身も雑巾を持たされていたが、自分たちのための倉の掃除であるから、何も言えなかった。いや、もし自分がヨハンの立場でも、何も言わなかっただろう。……それは、まだ自分と彼らとの間に、精神と精神の溝があるからであろうか。



 後ろで、つまりは戸口の方で、悲鳴のような声が聞こえた。振り返ると、大公が使用人の一人のほうきを掴んでいた。


「お止めになってください。大公殿下にこのような仕事をさせる訳にはいかないのです!」


「えぇい、黙れ!大公は皇帝陛下一の臣にして、国家の下僕である。民衆に仕え、民草に尽くすべきであるのだから、悩み、惑い、怯える人々の安穏な明日のためになる仕事をしたいと思うのは当然である!……それを貸せ、命令であるぞ!」


 恐ろしいまでの剣幕と語彙力でもって、使用人のほうきを奪おうとする大公。その様子を困ったように人々は見つめた。それは少々の冷ややかさを持って。


「つまりは、大公って、しっかりし過ぎてたり、やる気があり過ぎたりして、空回りする人なのか……?」


 光の疑問符つきの言葉を、ヨハンが首肯した。なるほど、王宮の人々は、常に大公の扱いには困っているのだろう。ひったくるようにほうきを手にした大公は、そのまま掃除を始めた。しかし、その高い身分故に掃除などしたこともないのだろうか、ただ塵を散らすばかりであった。無論、誰も何も言えないため、仕方なく別の使用人が大公の後ろについて、塵を集めていた。



「応援を連れて来ましたよー!」


 何人かの、使用人ではない、恐らくは参謀か、将校か。軍服姿の一団を率いたカリーニがやってきた。


「おお、援軍が着到したか。」


 カリーニの言葉を自分なりに翻訳をして、ヨハンが復唱する。到着した十数人は、それぞれが手に掃除用具を持っていた。


「よし、それでは各個分散し、汚れを駆逐するのだ。」


 ヨハンが軍服の一団にそう命令すると、彼らは素早く動き始めた。機敏で無駄のない動きのおかげで、作業はより早く片付きそうだった。


 作業も一段落し、倉はある程度は綺麗になった。物が乱雑に積み上がっていた倉の中は床が見えるほどになり、蜘蛛の巣が張っていた梁は、その無骨な姿をありのままに現している。掃除の前も広いと思っていたのに、こうもさっぱり片付いてしまっては、最早虚無感や、空虚な印象さえある。この倉は広い、ではなく、正しくはだだっ広い、であった。


「これで、あとは机を運び込めばいいんだな。しっかし、よくもまぁこんなに無駄に広い倉建てたもんだ。見たところ、ずっと使われてなかったみたいだし。」


 呆れながら言うオリバーをたしなめるように、ヨハンが答える。


「まぁそう言うな。ぴったりの部屋なのだし、今さらとやかく言うことはなかろう。」


 その二人の様子を、倉から運び出した木箱の上に座っている大公は、ニコニコしながら見ていた。その仕草も、どことなく皇帝に通じるものがあった。或いは、それは、力を持つとでてくる仕草なのかもしれないが。その横を、騎士団員が机を持って通っていった。重厚な作りは、王宮御用達というやつであろうか、そんなものを使っていいというのは、なかなか、気が引き締まるものだった。



 そうして、荷物も片され、机も運び込まれた倉の入り口には、『失踪事件調査本部』の看板が掲げられ、見事に生まれ変わったのだった。

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