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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・序章━━創成
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高鳴る鼓動

 思わず後退る光に、皆がキョトンとした顔を浮かべる。


 一番驚いたのは、その正面にいたマリアであったかもしれない。否、一番驚いたのは光自身であろう。小さくなった瞳と、やや小刻みな呼吸を繰り返しているのが、それを物語っている。


「どうしたの!?」


 マリアが、あまりに突然な出来事に、大声を出す。しかし、それも光の耳には入らないようだった。やっとのことで冷静さを取り戻した光は、自分の身に何が起きたのか、はっきりと理解した。



 さて……、前述の通り、光は幼い頃に起きた失踪事件によって孤児となった。本来なら、その周りも孤児で溢れかえるはずなのだが、光の住む地区ではそうはならなかった。なぜか。


 それは、単に光の住む地区に子供が少なかった、というよりほとんどいなかったからだ。そんな訳で、光はこの数年ほど、同年代或いはそれより少し上の年代の人間との関わりがない。流石に会話くらいならできてもおかしくはないが、そう、触れられるとなると話は別である。


「なるほど。いきなり触れられたから驚いた、そういう訳なんだね?」


「まったく、その程度で驚くとは、呆れを通り越して感心するのだが。……腑抜けか貴様は。」


 イヴァンの確認のための言葉と、ヨハンの罵詈雑言の如き苦言に晒されて、光は縮こまった。


「輝石のことを調べるには、体内にある輝石の、最も近いところで、石の声を聞かねばならないの。仕方ないじゃない。だって、そうするより他ないもの。」


 自らの行動の意味を、マリアが丁寧に説明する。もっとも、後半部分は、光の不適当な反応を非難しているようであったが。



 そんな訳で、一悶着あり、光の精神が大きく磨り減ったものの、マリアはしっかりと石の声を聞くことができた。


「どうですか?」


 速い鼓動を抑え込みながら、光が尋ねる。マリアは、困ったような顔をして答えた。


「ごめんなさい、石の声は聞こえなかったわ。普通、これくらい大きな魔力が体内にあるなら、少しは声が聞こえてもいいはずなんだけど……うぅーん、なんだろうなぁ……。石がないという訳じゃないんだけど、石自体が語ることを拒んでいるみたいだね。」


 ……聞こえないのではない、石が口を閉ざしているのだと、マリアは言った。確かに、言ってないことを聞きとるのは無理な話なのだが……。


「それは……、そんなことが起きるのは初めてだな。」


 イヴァンも、一瞬言葉が詰まった。少なくとも光以上に輝石に近いところにいる二人にとっても、そして、戸口に立つヨハンにとっても、椅子に腰かけたアーネストにとっても、恐らくはそれは稀なことなのだろう。


 マリアは続けた。


「いや、珍しいことだけど、決して起こらない訳ではないわ。石を持つ人の中でも、肉体や精神に何らかの傷を負っている人は、上手く能力を発動できなかったり、石が外に語りかけてこないこともあるの。……あなたの場合、その、失踪事件が原因で、石もろとも心のどこかに蓋をしてしまったのかもしれないわ。」


 失踪事件が原因で、心を閉ざした……。光にその自覚はまったくなかったが、しかしそれが真実なのだろう。光は、失踪事件自体が、自らに暗い影を落とし続けていることを改めて自覚した。



「まぁ、いずれにしても、輝石があることははっきりしているのだ。ぼくたちは、今後も、君の心の蓋を開けられるよう、力を尽くすよ。」


 イヴァンはそう言った。能力者の集結を目論む彼にとっては、この結果は望んだものではなかったはずだが、かといって突き放すことはなかった。思えば、彼の父母も失踪事件に巻き込まれているのだ。その解決のために光が役立つというならば、安いものだろう。真にどう思っているかはともかくとしても、光にとってはむしろ都合がよかった。



「ちょっとよろしいかな?」


 ヨハンはいつの間にやら戸口から離れ、マリアも退室した。一言も話さない執事長、カスパーを含め、四人の上に、しばしの静寂が横たわった。その静寂を破り、次に口を開いたのは、アーネスト大公だった。改めて聞くと、やはり巨木のうろに響いたように低い声だ。


「その少年が、身の振りに困していると聞いたものでな。これを機に、失踪事件の対策のための機関を設置してはいかがか。」


 イヴァン皇帝は、手を打った。調査のための機関があれば、当然そこに情報が集まる。ともすれば、事件の真相につながり得る何かが掴める可能性も上がるのだ。つまるところ、イヴァンは事件調査をヨハンなど数人に任せていたのだが、その調査の網を広げ、専門機関を作ることを、アーネストは打診したのだ。そこには、彼なりに光に優しくしようという気持があったのかもしれない。


「確かに、それは以前からずっと考えていたんだが、いかんせん余裕がなくてね……。この機会に、やってみてもいいかもしれないな。彼のように被害を受けた人を集めてね。」


 こうして、アーネストの提案を受けたイヴァンの鶴の一声で、ワルハラ帝国に失踪事件の専門機関の設立が決定したのであった。

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