蕾と花
緊急の呼び出しを食らったのは、三日目の朝だった。ヨハンの家で寝ていた光は、家主に叩き起こされたのだった。
「……なに?まだ寝かせててくれてもいいだろぉ……!」
光は、とにかく寝起きが悪かった。ヨハンがあからさまにいやそうな顔をしているのが薄く開いた瞼の間から見えたが、しかし彼は光を揺するのを止めなかった。
「むぅ、早く起きろ、さもなくば恐ろしいことになるのだが。」
「恐ろしいことになるって……、一体どうなるんですか……?」
「最悪、死罪に値する。」
「…………、は?」
「皇帝から召喚されたのだが。」
皇帝、の言葉を聞き、光の顔色が変わった。
「マジですか。」
飛び起きて、朝の支度をし、急いで馬車に乗りこんだ。御者は、ヨハンの弟だったので、また、あの弾丸のような馬車に乗るのかと、気持が萎えたが、皇帝の不興をかって殺されるよりかはましであった。
何台も、同じような馬車を追い抜いて、光は王宮に到着した。ふらつく足を動かして、建物の入口へと向かうと、そこには、見知らぬ男が立っていた。
長身で、緑色の髪をぴっしりと整えた赤目の男が、茶色のコートに身を包み、直立不動の態勢で立っているのは、逞しい大木のような印象だった。
「少し、遅かったな、ヨハネス。」
低い、よく通る声で、男が言う。
「はっ、なにぶん、この者が寝坊をしました故、どうかお許しを。」
ヨハンが応える。その口調から、この緑髪の男は相当高位の人間であるのだろう、と光は見当をつけた。
「疾く、くるがよい。王がお待ちであるぞ。」
男は、踵を返して歩き始めた。急いでその後を追いかける。
「ヨハンさん、あの人は誰ですか。」
「む、お前はまだ会ったことがなかったか。あのお方は、ワルハラ帝国の大公であるアーネスト公だ。お前にも分かるように言えば、皇帝に次ぐ実力者という訳だ。」
そういうことか。ならば、あの堂々とした立ち振舞いにも納得がいくというもの。どことなくイヴァン皇帝とイメージが重なるところもある。
アーネスト大公に通されたのは、前回、国王に謁見したときと同じ部屋だった。中には、国王と、執事長のみがいた。以前の会食のときとは違い、ガランとしてなんとも寂しい。空いた椅子の分、何もない空間があり、そこを静寂が満たしているのだ。
「ただ今、着到いたしました。」
「待ってたよ。……さぁ、まずはそこにかけなさい。」
国王に示されたのは、その正面にある椅子。華美な黄金の装飾が椅子に絡みついたような、凝った意匠が特徴的である。
国王は、光が椅子に座ると、ここへ光を呼び出した経緯を話し始めた。
「率直に、言いたいことだけ、簡潔に述べさせてもらう。光、君の能力が一体どんなものなのか。それを調べさせてもらいたいのだ。」
光は、自分の能力を調べる、という言葉を聞き、驚いた。自分でも自覚がないのだが、果たして本当に能力が分かるのか、どうすれば分かるのか、或いは、分かったらどうするのか、想像がつかなかった。
「どうすればいいんですか?」
光が不安気に聞くと、イヴァンは笑った。
「ははっ、そうやって構えなくてもいいよ、光。君はただ、彼女に身を委ねればいいだけだからね。」
(彼女……?)
光が首を傾げると、イヴァンは頷いた。
「さぁマリア、扉の前にいるんだろ?入ってきていいよ。」
ドアが開いて、女性が入ってきた。金の髪を後ろで一つにまとめた、翡翠のような色の目をした細身で長身の女性であった。
「マリア・アルマラスだ。彼女も、能力者なんだけどね。」
マリアは、ゆっくりと、恭しく辞儀をした。
「能力者……、彼女はどんな能力を?」
「そうだね……。それについては彼女の口から教えてあげるのが一番じゃないかな。ぼくよりも彼女の方が、少なくとも能力に関しては詳しいはずだからね。」
皇帝は、そう言ってマリアに目配せした。
「私は、マリア。あなたが高橋光君ね?」
光はこくこくと頷いた。マリアは、その反応を確かめると、光の胸を指差して、こう言った。
「あなたの、ここ。胸の中に輝石があるわ。それも、かなり大きな。……今は、まだ能力が開花していなくても、この蕾は大輪の花になるはずよ。」
蕾……、光の中に眠る輝石は、蕾、或いは球根の状態である、とマリアは告げた。
「蕾の状態の輝石の扱いは、とても難しいわ。育て方を間違えれば、咲かずに落ちてしまうこともあるのよ。」
つまりは、能力が開花しないまま、一生を終えることもある、ということか。使えるはずだった能力が使えないままというのは、勿体ない、宝の持ち腐れだ。と光は感じた。
「でも、ちゃんと育てれば、成長するんですよね。」
答えたのはイヴァンだった。
「その通りだよ。適切な成長を促すために、我々はいるんだ。」
そう、イヴァンが光を見出だした、正しくはカスパーが見出だしたのだが。その理由は、一重に光が輝石を持っていたからだったのだ。だから、自らのワルハラ帝国に光を招いた。だが、光からしてみれば、ここは光の人生において最大の惨禍である、失踪事件の真相にもつながり得る国である。そして、その調査をする者もいる。例え、この皇帝がどのような思惑を抱いていたとしても、光にとっては些細なことであった。
それに、その能力とやらがどんなものか。見当はつかなかったが、失踪事件の調査に役立つとしたらば、それを蕾のままにしておく手はない、とも思った。




