騎士団第一隊長
王宮を出て、防壁の内側を歩く。所々に穿たれた狭間を含め、王宮を囲む壁は、絢爛な王宮とは対照的で、装飾のない、無骨な漆喰塗りのものである。その景色の奥の方に見える大門の側の建物が、騎士団の詰所である。
「あそこが詰所ですよ。でも、今は城下の巡回をやっている人が多いでしょうから、あまり人がいないかも。」
確かに、建物の周りは静まりかえっている。二人が近づくと、中から勢いよくドアを開けて、騎士団員が出てきた。
「……うわっ、びっくりしたぁ!」
団員は、その声に驚いて振り向いた。
「あ、これはこれはカリーニ嬢。ご無礼をお許しください。」
物腰丁寧なものだ。団員は急いでいただろうに、カリーニにきちんと向き直り、深く腰を折った。
「大丈夫ですよ。それよりアレンさん、今、詰所の中に誰かいますか?」
アレンと呼ばれた男は、それなら、今、中に第一小隊長がおります。と答えた。
「第一小隊長……、あぁ、フランシスね。ありがとう。……あ、呼びとめてしまってごめんなさい。もう、大丈夫よ。」
アレンは、ワルハラ式の敬礼をすると、足早に大門へ向かった。白いマントが風にたなびき、陽光を反射する。それが、目にまぶしかった。
「失礼しますよ。」
ドアを開けてカリーニが詰所に入る。その後、隙間に体を滑り込ませるように、光も中に入る。中は、いくつかの部屋に分かれていたが、いずれもがらんとしていた。物音のする部屋の窓を光が覗いてみると、女性が資料をまとめているところだった。
「フランシス……、あの人がフランシスですか?」
光は、後ろに立つカリーニに質問した。カリーニはふるふると首を横に振った。
「まさか!フランシスはヨハンさんと幼なじみの青年ですよ!」
「青年……。じゃ、あの人はなんていうんですか……。」
女性に背を向けたのと同時に、ドアが開いた。のけ反るようにしてバランスをとり、転倒を防ぐ。首を回すと、先ほどまで書類とにらみ合いを続けていた女性が、すぐ後ろに立っている。ひゃぁ、と情けない声を上げてしまった。
「カリーニ、まさかとは思うけど、この子は騎士団員志望の子なの?出立前のヨハンが、連れてくるかもしれない、とかなんとか言っていたけれど。いや、まさかね。」
別に志望している訳ではないのだが、女性の苛立ち混じりの視線の激しさに押し負けて、口をつぐむ。カリーニと同じような銀髪の女性であるが、こちらは、刃のような銀色だった。それだけでなく、独特の鋭い雰囲気を纏っている。切れ長の目がそれを助長させていた。
「違うのよ、ハルシュタイン。この子、光っていうんだけどね。彼の今後をどうするか、話し合ってたところなのよ。それで、ここはどうかな、ってヨハンさんがね。でも、やっぱりちゃんと話はしてあったんだね。」
刃のような銀髪の女性、ハルシュタインは、ヨハンという単語を聞くと、その目が、さらに細くなった。目を細める、といっても笑った訳ではない。例えるならば、いやなものを見たときのような目だ。
「まったく、そうやっていつも騎士団を頼る癖、どうにかならないんですか。いくらなんでも、こんな軟弱そうな子、入れられませんよ。」
申し訳ない気持になってくる。いや、真に悪いのは、話を聞く限り、後先考えずに多方へ無闇な根回しをしたヨハンであるのだが。それでも責めるような視線は堪えた。
そのとき。
「なんだよ、騒々しいな。何かあったのか?ハル。」
話に割り込んできたのは、恰幅のよい青年だった。青年は小さな目をキョロキョロと動かすと、ハルシュタインと対峙する、光とカリーニを見とめたようだった。
「おりょ、カリーニじゃねぇか、しばらくぶりだな。また、ヨハンに言われてきたのか?……それと、その子供は?」
明るい声に気勢を削がれたのか、険悪な緊張が一気に霧散する。この、恰幅のいい茶髪の男こそ、ワルハラ騎士団第一小隊長、フランシス・オリバー・グラッドだった。
「ほほう、ヨハンのやつ、この子供を騎士団に入れろと言いたいんだな。」
「すいません、正しくは『騎士団の手伝い』です。それに、入ると決まった訳じゃありません。」
オリバーの発言を、光が訂正する。別に騎士団の一員として戦いたい訳ではない。事件の調査のために何かをするにも、一人では何もできない。しかし、調査を担当するヨハンのいる参謀本部は、光の入る隙間のない場所だった。故に、別の拠点を探したのだが。それに、光には、皇国お抱えの騎士団の戦力となり得るほどの実力を持ち合わせている訳ではない。
「まぁ、いいだろ。……失踪の謎を追っているんだったら、騎士団の詰所はもってこいだぜ。いろんな地方からきた奴らが、いろんな場所に行って戦うんだからな。この詰所は、いわば情報の結接点だ。……お前が騎士団に入団するかは分からんが、そうじゃなくてもいろいろ役立つだろうさ。」
そう言って親指を立てるオリバー。不審そうな目を向けるハルシュタインが何か言いかけたのを片手で制し、今度は人差し指を立てる。
「例えば、だ。俺は失踪について、こんな情報を持ってる。」
「失踪について……、何を知っているんですか。」
思わず勢いこむ光に、オリバーは多少驚いたようだった。
「ま、まぁ落ち着けって。俺が知ってるのは、俺の故郷で起きた事件のことだけなんだからよ。」
そうして、オリバーは失踪について語り始めた。




