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終わった物語  作者: 大地凛
終末のアラカルト・序章━━創成
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くだらぬ世界

 「はぁ、まったく、くだらない。」


 夜の街、明かりがぽつぽつと燈ったビルの上で、黒い影は呟いた。フェンスに指を絡ませ、脚を中空に投げ出し、まるで口笛のように声に出した。しかし、その静かな口調とは裏腹に、目には激しい感情が、憎悪ともいうべきものが溢れていた。


  投げ出した脚を蹴りだして、黒い影がビルを離れる。闇の中、落ちていく黒い影は、地面に溶けるように消えていった。



  次に影が現れたのは、細切れになった世界の欠片が漂う空間。ガラス片のようないくつもの光が、それぞれ異なる景色を映し出している。それは、紛争の前線面の様子であったり、ブラック企業のオフィスであったり、スラム街の裏路地であったり。それら一つ一つを忌々しげに、恨めしげに見やった黒い影は、振り上げた拳を、虚無の間に叩きつけた。鈍い音が何も無い場所に響き、世界の欠片が一斉にぐらりと揺れた。そのうちの一つ、ある国で起きていたテロ事件の様子を映した欠片が、乾いた音を立てて、黒い地に落ちた。


  横倒しになっても尚、事件を中継し続けるのが癪に触ったのか、ゆらりと立ち上がった黒い影は、勢いをつけ、欠片の上に自らの踵を打ち落とした。その世界の欠片は、原型を止めぬほどに粉々に砕け、徐々に光を失い、やがて黒い風に吹かれて消えていった。


「はぁ、こうしてしまえば、悪行というものを消し去ることも可能なんだけれどもね。……でもこれじゃ、キリがないよ。」


 自嘲気味にそれは言う。それを嗤うように、無数の映像は一層その煌めきを増した。無声映画(サイレント)は、揺らめき、さざめき、影の上に下りる。


  短兵急に、何もない空間に拍手の音がこだまする。黒い空間の中に、一輪の白い花のように、一つのヒトガタのものが顕現した。ヒトガタのものは、ニコニコと笑っていた。さも楽しそうに。


「あはは、だめじゃないかぁ。世界の欠片(ヴェルチュフ)を砕いちゃぁ。……これで、彼らの生も潰えたよ。」


 笑顔のまま、ヒトガタのものは、黒い影に語りかける。風を撫でるように動かした指先には、ふわりと新たな光が灯る。その光の中には、先ほどの事件の現場が映っていた。先ほどと違うところといえば、テロリストが血溜まりの中に倒れていることだろうか。この異常な状況を、二つの影は黙って見つめている。白い方はにこやかに。黒い方は憎々しげに。


 黒い影の表情を見てとった白いヒトガタは、笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「あれれ、どうして怒ってるんだい?君はこれを望んだんじゃないかな?それとも、他に気に食わないことがあるのかい?」


  謳うように、嗤うように、白いヒトガタが問う。


「貴方には分からないでしょう。貴方たちの人間に対する態度は、基本的に不干渉ですからね。」


 圧し殺した声で、黒い影が答える。その言葉には、白いヒトガタに対する、明らかな反抗心、反骨心が滲み出ていた。


「でも、その不干渉は、本当に正しいことですか?」


 問いかけるように、試すように、黒い影が続ける。いや、それは独白のようであり、しかし演説のようでもあり、必ずしも白いヒトガタだけに語りかけたのではなかったかもしれないが。


「うむむ、そんなことを聞くとは、君も意地が悪いなぁ。……答えのない問いをすることは、とっても酷だと思うな。」


 決まり悪そうに、手の上の光を握る白いヒトガタ。光は砂金のような輝きを放ちながら、ゆっくりと消えていった。その光を目で追った白いヒトガタは、長い沈黙の後、探るように問うた。


「…………ん、つまり、君は私たちの在り方に不満があるってことかな。」


「その通りですよ。」


 ためらいがちに紡いだ言葉が、鎧袖一触に砕かれたことで、白いヒトガタの顔に、初めて笑い以外のものが浮かんだ。それは、恐怖、驚愕、焦燥であり、敵愾心も幾分か含まれたものだった。


「……君は正気かい?」


「もちろん。」


「それは……、創造主に、神に対する反逆とも取れる……。否、明確な叛意だよ。……もう一度聞くが、正気なのかい?」


「何度でも言いましょう。貴方たちのやり方は誤っていると。」


 強い語調で、そう念押しされ、白いヒトガタは返ってたじろいだ。創造主への反逆。それは、白いヒトガタを大いに狼狽させるだけの、強い意味を持ったのだ。神への反抗とは、まさに、絶対的な力に対する反抗である。


  黒い影は続ける。


「不干渉は、多いに結構。しかし、その結果はどうですか?地上は、人の世は、汚れて、乱れて、壊れて、崩れて。これが創造主の見たかった景色ですか?神の世界とは似ても似つかぬ、濁りきった景色を、見たかったとでも?」


 黒い影の言葉を、白いヒトガタは遮る。


「黙りなさい。神が世界を創ったのは、地上の者たちに育てさせるため。……土を耕し、種を植えることはできても、生まれ、根をはり、葉を伸ばすことを選ぶのは、植物自身なのだから。」


 その言葉に、黒い影は笑って言った。


「確かに、成長を選ぶのも枯死を選ぶのも、その種の権利、その命の意思。見守る人が干渉することは許されません。ですが……。」



「……その草木を引き抜くことは出来るのですよ。」





  突如、黒い影が弾け飛んだ。状況を理解できない黒い影は、苦しげな喘ぎ声を混じらせ、絞り出すように言った。


「……ハッ、な、何が……。」


「何って、黙りなさい、と言ったのに聞かなかったからだよ。少々手荒な方法だったけどね。でも、それ以上口に出すのは、憚られるから、……まったく、畏れ多いことを。」


 怒りと嘆きを滲ませて、白いヒトガタは吐き捨てた。飼い犬の躾をするのは大変だ、と言わんばかりの表情で、蹲る黒い影に歩み寄った白いヒトガタは、黒い影の髪を掴み上げ、努めて笑顔で言った。


「それとも、自分が神にでもなったつもりかな?地上を引っ掻き回して、天地開闢(てんちかいびゃく)の真似事でもするつもりかい。」


 笑顔のまま、黒い影の腹部に一撃、蹴りを入れる白いヒトガタ。もんどり打って何もない空間に転がっていく。


「それは傲慢過ぎるってもんさ。神の大地に立っているとはいえ、君は末端、大樹の枝葉。それが創造主を目指すなど、おこがましいにもほどがあるよ。」


 そう、言葉を並べつつ、さらに攻撃を加える白いヒトガタ。その攻撃が止んだときにはもう、黒い影はわずかに余喘を保つのみだった。

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