表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

自由に生きれないと目的は成し遂げられないのではないか

掲載日:2018/08/16

私が、死ぬまでに成し遂げたいことを見つけたのは、大学一年の9月である。


「自分の生きる意味を見つけたい」


これは、所謂、一般的な


「〇〇の仕事をしたい」


「〇〇の趣味に没頭したい」


等とは違う。


自分が死んだらどうなるのか。


「天国に行くのだろうか」


「輪廻転生するのだろうか」


「完全に無になるのだろうか」


この答えを見つけない限り、自分の一挙手一投足の行動に確信が持てるはずがないと感じた。


そこら辺にいる宗教人のように、容易にその答えを自己完結したくもないし、

彼らとしても、もし、その教理が間違っていたとしたら、人生を棒に振るうのと一緒ではないか。


「一度しかない人生なら、馬鹿みたいに終えたくない」


「悔いは残したくない」


これは自分の自我かもしれないが、そこは誰にも譲れない。


「There is no such thing as No.2 Only No.1」

(2番というものはありえない1番だけ)


自我の強い自分との闘いが最も大変ではあるが、それを乗り越えたい気持ちもある。



それもあってか自分は大学の就職活動もしたことがない。


なので会社も3年ほどの契約社員等といったかたちを選んでいる。


正社員になってしまったら、会社に対しもっと責任を持つ立場になり、間違いなく人生の大半を費やしてしまうことになるのではないか。


正社員が悪いわけではない。正直内心では通常の社会生活を送っている人々が羨ましい。


自身の自我による人生の目標を考えた場合、その道を選択しなければならないと思ったからだ。


もう三十路に差し掛かった自分。


後悔はない。


その夢を成し遂げるためには。。。。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ