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一太刀愛せ その瞳に映る世界  作者: 谷花いづる
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第八太刀

ブクマ、評価ともに有り難うございます!

 口の中が甘さで染まると、大分落ち着いてきた。

 そんな私を見て、兄様は一先ず満足したらしい。横へ退かしていた枕を引き寄せ、傷口に響かぬよう配慮しながら膝と入れ替え、最後に頭を(ひと)撫ですると左横へ戻った。

 けれども、直ぐに悲しげな表情をして。




 「今回、特別に作ったこの激マズ丸薬に懲りたら、もう、金輪際このような事は無しですよ?」

 「…………はい」

 「今後はしない、と約束してはくれないのかい?」

 「それは………」




 返事はしたものの、約束すると頷かない私に、眉尻をハの字に下げた兄様。その何とも良心の呵責を刺激される表情に、即答できない罪悪感が募る。

 でも、ごめんなさい兄様。私はまだくノ一である事を許された瞬間から、今後一切血は流さないと絶対の約束は出来ないのです。くノ一である限り、戦闘や生傷は絶えず、死は常に付いて回るもの。

 「毒蝶」である兄様ならば理解している筈だが、やはり忍びとしてより妹として心配するあまり、言わずにはいられなかったのかもしれない。



 ふと、今では朧気な前の記憶の中の家族を、何となく思い出した。

 血の繋がりは無かったにも拘わらず私を受け入れ、無償の愛のこもる暖かな眼差しで見守ってくれていたあの人達の目が、しっかり約束しようとしない私に少し寂しげな表情で苦笑して見せた兄様と重なる。

 とても安心する反面、尚、罪悪感を煽られた。



 そんな表情(かお)を、させたかった訳じゃない。ここは嘘でも約束して、兄様の心の安寧を図るべきだったか。

 そう一瞬、悩んだものの否と否定する。

 たった今、嘘をついたとしてもいずれ破ってしまう約束ならば、しない方が良い。

 兄様が苦笑して見せたのだって、初めから聞くまでもなく答えはわかっていたのだろう。

 何と返事しようか押し黙る君親に、秋風は納得はしていないが言いたい事は理解しているという表情でひとつ頷いた。




 「全く、仕方のない子だね、君親は」

 「……申し訳ありません、兄様」

 「いいのです。こう生きると決めた者へ、これ以上の口出(くちだ)しは野暮というもの。戦闘に関して、護身術程度しか知らぬ兄のお節介な口を、どうか許しておくれ」

 「そんなっ、お節介など!」




 余計な事を言ってしまったと、ちょっとショボくれながら謝る兄様の姿は、滲み出る色気と華奢な体型も相俟って元々感じていた庇護欲を、更に掻き立てられた。同時に、罪悪感が増し、重く()し掛かる。

 うっ、こんなにも美しく私の事を心配してくれる優しい人を悲しませ、(あまつさ)え落ち込ますなんて!

 どうしよう、どうすれば!?と、内心慌てふためけばまた、姉様の方から落ち込ませてんじゃねぇと殺気が飛ばされる。

 わかってます、ちゃんとフォローはするので兄様に知られない様に弱めの殺気をぶつけて、何とかしろとせっつくのは止めてくださいぃぃ!!

 姉様の威圧に涙目で震えながら、心の中で平常心と唱えつつ気持ちを落ち着かせ何とか口を開く。




 「ゆ、許すもなにも、兄様は何も悪くないではありませんかっ!」




 あ、噛んでしまった。

 しかも、殺気に動揺するあまり声がガクブル揺れて裏返った。幾多の戦闘経験を経た君親としては、ちょっと情けないほどに。

 仕切り直して、小さく鼻で落ち着ける様に深呼吸する。




 「………寧ろ、不甲斐ない私を見捨てずに、大事な妹だと言って心配までしてくださる事、とても嬉しく思います」

 「君親………」

 「身体に傷が出来るのは、くノ一として生きる者の宿命であり、避けては通れぬ事。敵の返り血で、或いは自身の流す血で身体が真っ赤に穢れようとも、疾うの昔に覚悟は出来ていました。ですから、兄様が気に病まれる必要はないのです。それでも、私を慮って言ってくださった事には感謝を」




 そう言って、先程飲んだ劇物の効果が即効性だったのか若干、痛みが和らいで呼吸の落ち着いてきた身体は動かし易くなり、けれどもまだ起き上がれそうもないので首だけでペコッと頭を下げた。

 兄様の不安や心配を払拭したくて、こんな傷どうって事ないと伝える様にほんのり口角を上向かせ、微笑んで見せる。

 すると、何故か兄様は目を見開いて頬を薔薇色に染め、恥ずかしがる様に私から目を逸らす。



 何だろう?感謝されて、照れた、とか?

 なに、それ、うちの兄様可愛すぎる!!



 顔は微笑みのまま、内心では兄の反応の愛らしさに興奮していれば、いつの間にか消えていた殺気の代わりに溜め息を溢す音が耳に届く。

 そちらを向くと、姉様が実に面白くなさそうなジト目で私を見ていた。




 「これだから、天然人たらしは……」

 「?姉様、何か言いました?」

 「いいえ、何も?―――まだまだ子供だと思っていたのに、あんな大人っぽく微笑むなんて反則よ」

 「姉様、やっぱり何か??」

 「いいえ、何も。貴女は、もっと自分の容姿を自覚すべきだわ」

 「ん?それって、どういう」

 「自分で考えなさい。ま、深く考える事が苦手な貴女に気づけるかは、わからないけれど」

 「むぅ……」




 姉様が何かボソボソと呟いていたけれど、小さ過ぎて聞こえなかった。だから何度か問い直したのに、何故か容姿に自覚を持てと言われる。意味がわからなくて、どういう事だと答えを求めるもあっさり突き放された。

 一体、何なのだ。

 意味不明なまま、物を深く考える事が出来ないお馬鹿だと理不尽にディスられた。しかも、それを否定できないのが、悲しいところ。



 ディスられた事には気づけど、姉様の言葉に今一(いまいち)ピンときていない君親を見て、また溜め息を溢す松月。

 しかし、次の瞬間には音も無く立ち上がり、くノ一の顔に再び切り替わった。

 一族の次期頭目(ナンバー2)に最も相応しい者の称号―――――「月影(つきかげ)」の表情(かお)に。




 「それじゃ、君親の安否も確認できたし、そろそろ任務に戻るわ。敵の情報は私から頭目に報告しておくから、安心して」

 「はい、改めてご心配とご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。頭目への報告も、本来なら私自身が最後までやり遂げなければならない事なのに……」

 「三日間、意識不明だったのだから仕方ないわ。それより、背中の処置をする者に、後で千鶴(ちづる)を呼んでおくから。良いわよね、秋風?」

 「はい、千鶴ならば適切に処置してくれるでしょう」




 任務を瀕死状態だったとはいえ、中途半端にしてしまった事を悔やむ私へ、姉様は肩を一度竦めるだけだった。テキパキと今後の予定を前半は私に、後半は兄様へもう決定事項として指示を出していく。

 本当に、見事な切り替えである。

 姉様の人選は、兄様も文句は無かったようで直ぐに安心して任せられると首肯していた。

 こうやって的確な指示を、即座に導き出せる所が姉の「月影」たる所以(ゆえん)だろう。



 二人が納得の人選だと言う千鶴は、千景の兄で私より一つ年上の十八歳。背中まである若草色の長髪に同色の瞳をしていて、いつも白衣の様に乳白色の羽織を肩へ引っ掛けている従兄は、根っからの研究者タイプ。

 彼も秋風と同じく、間諜と薬師のプロ。特に、薬師としての腕前は兄様を凌ぐ程だと言われている。

 確か、『逆恋』には私と同様、一切登場していなかった。



 私と千鶴は歳が近い事もあり、物心つく前からの幼馴染みだ。何をするにもセットにされ、気がつけば隣にいて互いが遊び相手だった。

 分家の生まれである千鶴にしてみれば本家の者には逆らえないし、私以外の選択肢が無かったとも言う。勿論、松月と秋風の双子とも仲は良いけれど、気の置けない友人枠となると、二歳の壁は高い様で私といる時に比べて、一目置いた距離感がある。

 まぁ、遊ぶと言っても幼い頃は女版ガキ大将の様な性格をしていた(あの頃に比べたら今は別人のように落ち着いた)私に、仕方なく千鶴が付き合ってくれていたって感じだったけど。そんで、思い付く限りの悪戯を仕掛けては、何故だか私だけお説教コースで千鶴は毎回、免除。

 叱られる度にそこについて物申すのだが、ついぞ聞き入れてはもらえなかった。



 その理由が、内向的で泣き虫なうえ、私ほど悪戯できる大胆な心臓を持った人柄ではないからだと。はっきり言うと、彼は内気なビビりなのである。

 間諜として、怖がりな性格はどうなんだと思わなくもないけど。

 言われてみれば、私が悪戯を企んでいると何時もオドオドおろおろしつつ子カルガモみたいに後ろへ付いて回り、いざ実行しようとすると恐る恐る「(ちか)ちゃん、止めようよぉ。また怒られちゃうよ?」と、小声で遠慮がちに忠告する記憶があった。

 今の私なら注意されるまでもなく、そもそも悪戯などしないが。当時の君親は、叱られるくらいで止めるという考えが理解できなかった。千鶴がどうしてそこまで叱られる事に怯えているのかも良くわからず、君親の頭の中は如何に企みを気取られること無く成功させるかしかない。



 一つしか歳が違わなくとも、千鶴は従兄である。年上の忠告は、納得できなくても一度は黙って聞き入れるものだ。

 だが、目の前しか見えていない私は彼の言葉を右から左へ聞き流し強行する。案の定、毎度バレて姉様に鍛練と称してボッコボコにされた挙げ句、頭目には"氷眼の術"で身体をストップさせられて、我慢と忍耐力の訓練プラス説教のフルコースを食らっていた。

 然もありなん。と言うか、阿保だろ。

 ちょっとは、学習しろ。だから、深く考える事が出来ないお馬鹿だと面と向かってディスられるのだ。

 忠告無視、ダメ、絶対。



 っと、大分話が逸れた、戻そう。

 私が幼少期の黒歴史をひっそり回想し複雑な気持ちになっていれば、姉様は「あ、そうそう」とさも(いま)(がた)思い付いた風に口を開き、さらっと爆弾を投下した。




 「貴女の処遇だけど、萬理(ばんり)皇太后様の護衛だそうよ」

 「え、なっ、はぁぁあ!?」

 「あと、頭目からの伝言……と言うよりは命令かしら。「目覚めてから一週間以内に()()()()()()()背中の傷を塞ぎ、我の前へ来い。出来なければ「白夜」の称号を剥奪する」との事よ」

 「んなっ、一週間以内に傷を塞ぐなど、無茶ですって!」




 処遇にも驚きを通り越して驚愕するが、頭目の命令にはもっと焦る。

 今でさえ少し動かしただけで傷口が開き血が滲むほどだと言うのに、これを何でもありな魔法の存在しないこの世界でどうやって一週間以内に塞げと!?

 称号剥奪はこうなってから既に予想も覚悟もしていたから良くはないけど、この際いいとして。幾ら、罰にしても無茶過ぎないか?

 いや、まぁ、頭目の決定だし命令なのだ、どうにかするしかないのだけど。

 私から見て無謀だと思う事でも頭目に言わせれば、出来て当たり前のことが多い。あの人の手にかかれば、不可能な事も可能に変わる。化け物級の強さを誇る一族の中でも、頭目は特に超絶ハイスペック。一回、見聞きすれば一瞬で自分のものにしてしまえる、化け物の中の化け物なのだ。



 しかし一度、死にかける失態を冒した者に与えるチャンスとして、この国の最高権力者・帝の次に(場合によっては帝よりも優先される)尊いお方であらせられる皇太后様の護衛はどうなんだ?

 それだけ大きな失態だったと言われればそれまでだが、もし万が一私がまたヘマしたら、と思うと荷が重い。しかも、帝が行方不明となっている真っ最中なのに、本人の捜索ではなく皇太后様の護衛という命令が下された。

 となると、これは単なる処遇ではなく、頭目の作戦に組み込まれたものって事か。帝の行方不明と皇太后様には、何らかの繋がりがあると見て良いのかもしれない。



 それに、ザックリと斜めに切り刻まれた背中の傷は、薬師に言われずとも跡が残るのは予想できる。

 ――――もう、以前の様な動きで戦闘や任務を熟せない事も。

 ならば、どうするか。

 決まっている。裏で暗躍するのではなく、表で身体を張って諜報活動に勤しめと言う事だ。

 "利用価値がある"と言う言葉は、ここで役に立てって事なのだろう。

 益々、責任重大だ。




 「無茶でも下された命令を成功させる以外に、貴女の道は無いわ。わかっているでしょう?」

 「……………はい、わかって、います」




 自身の命運が懸かっている命令が下され、考えれば考える程どんどん膨らんでいく事の重大さに不安と緊張が加速する。

 けれども、そんな私のネガティブ思考を見越していた姉様が現実をはっきりと突き付けた。

 観念し、一拍間を空けたあと覚悟を決めしっかり頷く。



 今は『逆恋(余計)』な事は一旦置いて、どうやって背中の傷を塞ぐかに集中しなくては!

読んでくださって有り難うございます。

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