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一太刀愛せ その瞳に映る世界  作者: 谷花いづる
8/14

第七太刀

 「姉様、私がこうして手当てを受け、生きていると言う事は………」

 「ええ、察しの通りよ。頭目は貴女をあのまま死をもって処罰する事よりも、生かし利用する事を選んだの」




 問いかけると、即座にくノ一の顔へ切り替わり、別に口止めされてはいなかったのか答えが返ってくる。

 頭目としての考えは、"まだ利用価値がある"という判断らしい。

 一先(ひとま)ず、死罪や一族からの追放は回避出来たようだ。頭目に、惜しい命だと思わせた理由が皆目見当もつかないが。まぁ、今は命が助かっただけで充分だ。

 恐らく、その"まだ利用価値がある"と判断した"何か"が、私への罰なのだろう。



 しかし、姉様もそうだけど実の娘に利用するとは、はっきり言うなぁ。

 君親としては、自身の人に使われる立場や身分を考えると当然の事なのだが。前世の私には、不快な言葉だ。

 だって、あの友人だった人は私の想い人の義兄に近づくために私を――――利用したのだから。

 けれど、もうそれは過去の事であり、今の私はそうされて当たり前の立場にいる。

 その言葉が仄暗く渦を巻き、心の奥底で蟠っていても、そこに蓋をして忘れるべきだ。きっと、この事を気にし始めたら私はこの世界で生きていけない。

 裏切りが跋扈し、騙し騙される事が普通の世界では。



 黒いものを吐き出す様に、一度、深呼吸する。

 それに、これから聞く問いかけは、自身の未来が懸かっていると思うと喉が緊張で渇いてきた。

 でも、悪いのは失態を冒した自分。腹を括るしかあるまい。

 喉の渇きを誤魔化す様にごくりっと生唾を飲み込んで、再度、口を開いた。




 「……処罰内容を、伺っても?」

 「ふん、いいわよ。そのまま布団に這いつくばった、無様な姿で聞く事を許可するわ!」




 本当は、片膝を付いたくノ一の聞く姿勢と言うものがあるけど免除してあげる。と、流石、悪役くノ一なだけはある高慢なドS顔で、身体を動かさなくても良い許しが出された。

 多分、この傷が治り次第、頭目から正式に沙汰を言い渡されるのだろうけど。やはり、初めて聞いて衝撃を受けるよりも、心の準備として先にわかっていた方が幾らか安心だ。

 身構える私に、姉様は重々しく告げる。




 「貴女に言い渡された処遇は……」

 「ちょっと待ってください!」




 姉様が処罰内容を口にしようとした瞬間、何故か兄様から待ったがかかった。

 ピンッと腕が上へ伸ばされ、眉根が寄った厳しい眼差しで挙手する彼の雰囲気は、呆れを滲ましつつも何処か私を咎めている様だ。




 「秋風、唐突にどうしたの?そんな、怖い目して。あぁ、でも、口に含めば甘く蕩ける砂糖菓子の様な瞳から、気怠くクナイの先端を敵の首皮一枚に押し当てる様な、ゾクゾクする眼はとっても素敵よ!出来れば、君親ではなく私の方にその眼を」

 「姉様、ちょっと黙りましょうか?と言うか、空気読んでくださいよ!兄様のあの眼は、本気でシャレにならないヤツですよ!?」




 首を傾げ、そんなに咎められる様な会話をしていただろうか?と姉様は怪訝に訊ねる。までは良かったが、どうにも姉バカ発言を止められなかったらしい。

 うっとりと兄様の眼を見つめ、それが自分へ向いていない事を不満そうにする。私が慌てて注意するも、ガン無視で見つめ続けていた。

 普段はゆるっとした色気のある、宝石と言うより甘ったるい砂糖菓子や(この世界ではまだ見てないけど)蜂蜜の様な瞳だ。それが今は、外見だけなら優しくめっ!と咎めてる感じに見えるのだけど、その双眸は姉様の例えがしっくりくる鋭さがあった。

 しかし姉様、興奮気味……と言うか、兄様の事となると周りが見えなくなる、いや、空気が読めなくなるのは如何なものか。それで、余計なフォローをしなければいけなくなる私や周りの迷惑も、少しは考えてほしいな。



 空気を読む気もない姉様に対し溜め息を吐きたくなるが、今はそんな場合ではないとぐっと堪え薬師(この世界の薬師とは前世で言うところの医者の様なものだ)としての顔になった兄様の反応を、ハラハラしながら窺う。

 すると徐に、兄様は挙手していた腕を下ろし、その手で(おび)の隙間へ指を差し込むと何やら白い小さな包みを取り出す。

 そして、私へ視線を移しニコリと笑んだ。

 ううっ、笑みが完璧すぎて逆に怖いです……。




 「君親、処罰内容を聞くのも良いけれど、私がここへ来た意味も忘れてもらっては困りますよ?」

 「え……?」

 「背中、どうして我慢しているのです?先程から、痛みが増してきて限界なのでしょう」

 「うっ、それは………」

 「折角、血止めの薬を塗布しておいたというのに何故か、()()()、傷口が開いて巻き付けた布に血が滲んでいるし。尋常ではない脂汗をかいているにも拘わらず、会話を続けようとするなど………―――――死に足りないのですか?」

 「っ!?」




 不味い、まずいまずいまずい!!

 何を言われるのかと戦々恐々していたが、これは、物凄く怒ってる!?

 首皮一枚に押し当てていたクナイが、ぐっと食い込み皮膚が破れ、針で刺してしまった時の様に血がジワリと首筋を伝う光景が、脳裏を過った。



 「何故か」を強調しながら姉様をチラッと一瞬だけ叱責するみたいに睨んだと思ったら、徐々に様子が変わり。最後の一言は、威圧感たっぷりの低い脅し声だった。

 ほんわかしていた色香が、急激に君親の心臓を絡めとるような「毒蝶」としての婀娜っぽさに変化し。艶然とした黒い微笑みは、有無を言わせない怖さがあって君親を震え上がらせる。

 ピラリ、と白い小さな包みへ注目する様に揺らして見せ。




 「まぁ、そうであったとしても薬師である私の前でそんな事はさせませんが。……これは、痛み止めの丸薬です。意識が戻ったばかりの貴女には水を飲み込むのも難しいでしょうから、噛み砕いて飲んでも効果のあるものを用意したのです。ああ、動けない君親には口に含むのも大変なのでしたね」

 「う、あ?」

 「仕方ありません。患者の扱いに長けた薬師であるこの兄が、動けぬ憐れな妹に手製の薬を、手ずから与えてあげるとしましょう」

 「え、いえ、あの………」




 矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、黒い微笑みで拒否しようとした私を黙らせ、持っていた包みを開ける。と、出てきた毒々しい真緑の丸薬を見て、慄いた。

 本当に、その劇物みたいな色味をしたモノは薬なのか?

 即座にこの場から飛び退いて、回れ右をし障子を蹴破る勢いで逃げ出したい衝動に駆られる。実際には、熱の気怠さと引き攣る背中の激痛など諸々の理由で、頭以外の肢体がピクリとも動かせないのだけど。



 狼狽え、冷や汗を滲ます私の怯えがわからない筈ないのに、兄様は包みから丸薬を一粒取り、それを君親の口許へ容赦なく持ってくると、今度は爽やかな笑顔で「さぁ」と口を開く様に催促してくる。

 見ようによっては、恋人に「あーん」をする美青年だ。但し、中々口を開こうとしない私に深まる一方の笑みが怖いのと、早く薬を口へ含めと言う副音声が見えていなければの注釈がつくが。



 痛み止めの薬を与えようとしてくれるのは、素直に嬉しい。動けない私を慮って、手ずから飲ませてくれようとしているのも有難い。

 だがしかし、どう見ても毒にしか思えない丸薬を、そう容易くスルッと飲める訳もなく逡巡してしまう。

 いや、兄様が本物の毒を飲まそうとしているだとか思っていないし、信じていない訳じゃないよ?ただ、その見るからに毒々しい色と鼻腔を刺激する臭いが私の決意を鈍らせるのだ。

 迷いに迷い、視線を泳がせ、助けを求める様に姉様を見ると。

 もう、何と言うか……。

 兄様の「毒蝶」としての顔と威圧に、恍惚とした表情で溶けてて、一切こちらを見てはいなかった。

 これは、駄目だ。助けは望めない。



 さっきから大人しいなと思ったら、気配を消して火の粉が降りかかるのを自分だけ回避するのと同時に、じっくり兄様を堪能してやがったのか!

 傷口が開いたの(半分)は姉様が原因なのに、薄情者!!




 「楽になりたかったら、その口を開きなさい、君親」

 「…………………」

 「ふぅ、困りましたね。………いいでしょう。ならば、こちらにも考えがあります」

 「?」




 薬を嫌がり、飲みたくないと駄々を捏ねる子供みたいに頑として口を開こうとしない私に、(わざ)とらしく困った表情をして見せた兄様。

 すると、何を思ったのか。

 君親の枕元へ移動し、そのまま頭を片手で持ち上げて粗末な枕を横へ退かす。そうして出来た私の頭と布団の間に兄様の両膝が、差し込まれる。

 その上へ、背中の傷に障らない様にゆっくりと頭を置かれ横向きにしていた顔の半分が、優しい体温に包まれた。

 途端、私の顔がスッと真顔になる。



 ……………………………………は?

 え、これ、なんっ、もしかしてもしかしなくても?!!

 あ、ああああ兄様のっ、ひっ、ひひひひ膝枕ぁぁあ!!??

 何がどうなって、この態勢に!?

 家族とは言え、膝枕なんて!



 この世界では、恋人同士か夫婦となった者同士でしかしない行為だ。例え、親兄弟であってもこういう事をするのは相当、(まれ)なこと。それこそ、物の道理や分別のつかぬ幼い子供にするくらいなものだ。

 幾ら妹でも、私は元服を疾うに過ぎた大人だ。兄様にとっては、いつまで経っても小さな妹のままなのだろうが、前世の記憶のせいもあって血の繋がった兄だと頭では判っていても、どこかで『逆恋』の秋風として意識してしまう。そんな私からしたら、兄のひ、膝枕とか。

 兄様は、何を考えてるんだっ!と変に邪推してしまうのだ。そういう膝枕一つ取っても縛りのない前世でさえ、家族にしてもらった覚えはないから尚更、動揺が止まらない。



 いや、わかってるよ?兄妹だし、恋愛的な意味でこんな事したんじゃないことくらい。

 大体、今はマジでお説教されてる最中だよ!

 言葉ではなく、体感型のより質の悪い叱られ方だけど。

 頭が賢くても、何だかんだ身体に刻み付ける方法が一番だとか言う肉体言語推奨の一族なんだ。皆して脳筋と言うか、体育会系と言うか。

 言いたい事はわかるけど、素直に認めたくないな。

 てか、こんな風に脱線すること事態、思考がパニクってる証拠だよ。まずは一旦落ち着こう、自分!!

 こういう時こそ、深呼吸だ。



 ヒッヒッフー!

 ん?これ、違うな。

 うむ。結構、動揺が酷すぎて、深呼吸は無意味だった模様。



 あ、兄様の太股、意外と柔らかい。けど、ここで香ってくるのが兄様の匂いではなく、その手にある劇物のツーンとした刺激臭でさえなければ、もっと長く現実逃避出来たのに!!

 べ、別に、兄様の太股の感触をもっと堪能してたかったとか、全然!本当、全然、思ってないし!!



 まぁ、兄様もプロの忍びだから匂いなど嗅いだところで、私や姉様と同じく無臭なのだが。

 (暗殺や潜入など昼間よりも夜に活動する事が多い忍びは、極限まで自身の気配を無くさねばならないので、癖付ける為に任務時以外でも常に無臭でいる。一般人に紛れる為に、態と香を着物に焚き染める事もあるけどね。)



 とか何とか色々思考し現実から目を背けていたら、ふわり、と空気が動いて君親の顔、上半分が薄く陰った。

 ハッとして、ギギギと音が聴こえてきそうな程緩慢に、恐る恐る視線を上へ持っていく。

 またしても、ぱっちり目が合った。

 変わらず有無を言わせない笑みと凄味のある眼差で、私を覗き込んでいる。そして、その手に持つ真緑の劇物(ブツ)でちょんちょん、と君親の唇をつつき口を開く様に促した。

 ぐっ、覚悟を決めるしかないか。




 「君親、あーん?」

 「……………うう~、あー」




 兄様に見惚れていた姉様の眼が、中々口を開かない私に焦れてさっさとしろと威圧に薄ーく殺気も込め始めてるから、そろそろこっちの方がシャレにならなくなってきた。

 思いきって目を瞑り、薬なんて怖くない!の精神で口を開く。すると、直ぐにコロンと劇物(ブツ)が舌の上に転がり込んできた。

 あれだけの刺激臭だ。鼻でも口でもどっちで呼吸をしても、息をしようとした瞬間に気絶してしまうかもしれない。いや、この世界で鍛えぬかれた私では、刺激臭くらいじゃ気絶出来ないかも。これは、呼吸をしたら地獄だな。

 一気に噛み砕いて、一気に飲み込んでしまおう。

 大丈夫だ。劇物(ブツ)は、人差し指の爪くらいの大きさしかない。いざっ!



 ガリガリガリガリ、ごっくん。




 「うぐっ!?」




 うええええぇ!!

 何、この、苦いんだか辛いんだか酸っぱいんだか甘いんだか、よくわからない不気味な刺激臭と味は!!?

 これを、水無しでとか。軽く、拷問じゃん!

 後から後から、入れ替わり立ち替わり味覚へ攻撃してくる。

 護りに入りたいのに身体が動かせない今、床を転がって悶絶できない事がこんなにも苦しいとは。

 しかし、形容し難い劇物(ブツ)のあまりの臭いと味に、火事場の底力と言うのか、危機的状況だと身体が反応して左手が持ち上がり、縋る様に兄様の太股辺りの榛色をぎゅっと掴んだ。

 次の瞬間、やってしまったと思った。だって、この榛色の小袖は兄様のお気に入りの一着だったと思い出したから。



 どうしよう。シワが寄っちゃってるよね?また怒られる!

 慌てて手を離そうとしたその時。

 上からふっと、穏やかな微笑みが降ってきた。それと一緒に、私の母親譲りの白銀の髪が優しく撫でられる。




 「よしよし。良く頑張りましたね、君親」

 「す、すみません、兄様!気に入りの小袖に、シワを!」

 「今は、良いのです。薬のせいで苦しいのでしょう?気にしていませんから、そのままで」

 「しかしっ!」

 「そんな事よりも、これを」

 「これは、水飴……ですか、兄様?」

 「ええ、口直しにどうぞ。水を含むよりも、少しずつ喉を通っていくものの方が噎せないし、傷に響かなくて良いでしょう」

 「!あ、ありがとうございます!」




 前世でもそうだったけど、長いのが鬱陶しくて何かと楽なベリーショートにしている私の白銀の髪。それを、先程の圧が嘘の様にガラリと一変させて慈しむ手つきで撫でながら、兄様は頑張ったご褒美とばかりに掌サイズの壺に入っている水飴を、調味料用の小さな匙で掬い取る。

 何処に隠し持ってたんだ、それ?と、内心で首を捻るが。蜂蜜と似てトロみのあるそれをまた手ずから与えられ、(そく)疑問が吹っ飛んだ。

 この酷い味と臭いから早く解放されたかった私は、丸薬と違って躊躇する事なく口を開きパクつく。

 ぶわっと広がる甘味に、不気味な味と刺激臭が塗り替えられ和らいだ。



 甘い!美味しい!助かった!



 じっくり口の中で味わい転がし、飲み込む。すると、それを見計らった様にもう一度、匙が口許へ運び込まれて反射的にまたもパクつく。

 直ぐにハッと気付いて、何だか、餌付けされてる?と思わなくもなかったけど、兄様が小袖のシワを本当に全く気にしていない様子なのでほっと安堵する。ついでに、味覚が壊れてなくて良かった。

 兎に角、強烈な丸薬だった。

 今後、薬師としての兄様を怒らすのは、極力止めようと心の中で密かに誓う。



 画面越しに見た秋風もとんでもなく艶やかで色香が凄かったけど、実物はそんな生易しいものではなかった。

 妖艶にして、壮絶。

 これで、もう一人の人格が出てきたら兄様の色気はどうなってしまうのか。想像するだけで、ちょっと怖い。

 と言うか、さっきの黒い笑みの時、二重人格の片鱗が出てた気がする。

 兄様や他キャラに関してはまだ決定ではないけど、今までに起こった様々な出来事がゲームと符合している。これでいよいよ、『逆恋』の設定は無視できなくなった。

平安時代、水飴は単なる甘味料としてだけではなく薬用としても使用される貴重品だったそうです。


読んでくださって有り難うございます。

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