第五太刀
早めの更新をと言っていたのに、結構経ってしまいました。
今回はすごく短いてす。
「そんな事は、どうでも良いのよ」
胡座をかいて膝に片肘をつき顎を乗せ、姉様はどこか面倒そうに口を開いた。本当に心底どうでも良さそうな声に、考え事に耽っていた君親の思考が引き戻される。
この人は、全く……。
「………姉様、国の尊き方である帝の行方不明をそんな事って。もし、揚げ足を取るのが得意な方たちの耳にでも入れば、不敬罪ですよ?」
「ふん、ちゃんと確認して、ここに咎め立てする者がいないと判断したから言ったのよ。私に、抜かりはないわ!」
「…………………」
姉様って本当、時々、物凄く大胆だよね。
こちらは、ハラハラと振り回されっぱなしだ。
しかし、そういうハイリスクな発言を私の前でしてくれるって事は、信用と信頼を同時においてくれていると考えて良いのだろうか。そう思うと、何だか心がむず痒い。
こんな大失態を冒した私を、まだ姉様は妹として、田上一族の一員として認めてくれているって事だよね。
「はぁ………大体、国の君主である自覚をちゃんと持っているのなら、黙って菓子を食べるためだけにたった一人で城下に行くなんて愚行、冒す筈ないわ。自分が周囲に与える影響力と言うものを考えてから、行動して欲しいわね。ただの平民の子供とは、立場が違うのよ!」
「アハハ………」
「前代の帝が身罷り、現帝が即位して一年。漸く、安定してきたと思っていたのに。ここへ来て、行方不明なんてヘマして。本当………やってくれたわね」
どうでも良さそうな表情から一変、苦虫を何十匹も噛み潰したように姉様は苦々しく顔を歪める。
こめかみに浮かび上がる青筋に、先程の比ではない怒りを感じて、ぶるりと身体が震えた。
ボソリ、と呟かれた最後の言葉は嘗て、共に敵と交戦した時でさえ聞いたこともないくらいドスが利いていて。何というか、抑えに抑えていた憤怒が、ふいに洩れ出てしまった様な声だった。
ひぇぇ。いつになく、苛立ってるな。
まぁ、代替わりして一年で情勢を安定させるのに影で奔走していた姉様にとって、この国を揺るがしかねない事件はこれ以上ない裏切りなのだろう。
しかめられた顔に、少しの悔しさが滲んでいる様にも感じる。
今代の帝は為政者として、"容姿以外は全てにおいて凡庸"と評される程、政治に関しては光るものがないと言われている。
ゲームでも、同じように言われているシーンがあった。あれは、福部有明がどうしても必要な時以外は仕事はしなくても良い、と主人公に帝の偽者として今後、どう過ごしてもらうかの説明をする場面だ。
前帝の急な死、喪が明けるのを待たずに元服と即位を同時に行ってまだ一年目という経験の浅さ、為政者としては凡庸すぎる能力と多方面の理由から仕事のほとんどを摂政以下の者達で回していたので、何も心配はない、と。
でもこれ、裏を返せば代わりにこちらの負担が大きく重くなると言うことでもあるのだけど。
理桜陛下の影を一年間兼任しながら頭目に命じられる他の任務も完璧に熟していた姉様の苦労は、相当なものだっただろう。
故に、今まで国の安定と平穏のためにしてきた事が全て水の泡と帰すかもしれない事態に、普段は冷静さを崩さない姉様でも今回ばかりは珍しく苛立ちを露にしている。
私を心配するあまり叱りつけていた時の比ではない、とは言ったけれど。まだ、怒りに混じる呆れの割合の方が多いと感じ取れる程度の苛立ちである事に、知らず知らず詰めていた息をそっと吐いた。
憤怒の中から、徐々に姿を現す諦観をふんだんに孕んだ双眸。
それらを見る限り、今回の様な一人歩きをして困らせられるのは、初めての事ではないのかもしれないな。
だから、「そんな事はどうでも良い」と言った言葉通り、姉様にとって帝の行方不明ーー今回は誘拐かもしれないがーーはプチ家出みたいな認識で、本来ならば、本当に何も気にするべき事ではないのだろう。
こうやって仕えるべき主の不満を怪我人相手に洩らさずには居られない程、それが日常的に起こっていたという事か。
とは言え、いつもなら直ぐに見つかる人が、一週間も見つからないってのは異常事態だ。
やはり、そんな事でも、どうでも良い事でもないと思うのだが………。
そういえば、誰にも見つからずに王宮を抜け出したにも拘わらず、何故その日着ていた服装が事細かく解っているのかずっと不思議だったのだが、謎が解決した。最初から一人歩きの時はこの服装、と知っていれば時間を要せず捜し当てる事が出来るものな。
それでも未だに見つかっていないって事は、利用価値のある国の最高権力者を早々に手にかけるとも思えないし、これは誘拐って線が濃厚だね。
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代々、田上一族は影として帝を裏から支え仕える事で、国の平穏を護ってきた。
姉様も君親もその例に漏れず、ただただ、与えられた役目を受け継いで来ただけに過ぎない。恐らく、理桜陛下の事は国の平穏を保つ為の替えのきく駒の一つとしか、認識していないだろう。
冷徹だと謗られようとも、任務に情など不要なのだ。くノ一にとって、それらは仕事の邪魔にしかならない。
前にも言ったが、少しの隙が命取りなのだ。
どうでも良い発言もそうだが、姉様も私同様、他者や物に対する興味、関心が薄い質なのはそれが最大の原因だと言えた。なるべく、己の中に弱点と成り得るものの芽を排除してきた結果である。
まぁ、その代わり、一つのものへの執着やこだわりが異常レベルと言う振り幅の大きい人間へと成長してしまった訳だが。
姉様はその辺、ちゃんと自覚がある様だし、私と違ってしっかりした趣味(と呼ぶには物騒だけど)があるから、その執着を何か一つにぶつける事はないだろう。
興味の有り無しが、彼女の場合はくっきりはっきりしていて自分という芯を持っているし。
寧ろ、執着心レベルの高さは、前世の記憶や人格が混じり合ったお陰で多少はマシになったとは言え、自己の希薄な私の方が危険かもしれない。
趣味らしい趣味と言えば、戦闘技術を磨く事だが。これはどちらかと言うと、生きて行く上で必要であるから、と言う意味合いの方が強く、ただ楽しむだけの趣味とは違う気がする。
が、悲しい事に前世の記憶を掘り起こしても漫画や小説、ゲームといったものの他に趣味と呼べるものがなかった事に気がついてしまった。
そうなると、胸を張って言える好きなものが、今も昔も家族しかない。
これは、非常に危ない事だ。
何故かって?
これから先、自身の中で心惹かれるものに出会った時、どうなってしまうのか、半分予想できて、半分未知すぎるからだ。
頭で考えるよりも身体が先に動いてしまう今世の性格をベースに考えると、恐らく、形振り構わず一直線に突き進んで行ってしまうだろう事は想像に難くない。
つまり、暴走する危険性を危惧しているのだ。
けれども、前世の私という理性を手に入れた今、そうなってしまった時に全力で警鐘を鳴らしてくれるはずだと信じてはいる。でも、それが本当に仕事してくれるかどうかは、その時になってみないと分からないものだ。
二人の記憶が、魂が、溶け混じり合っているのが感覚で何となく分かる。しかし、完全ではない違和感も同時に感じていた。
一つの器に二つの存在が共用し、今はまだ混ざり合う事を是としていない様な奇妙な感覚。
だから、不安になる。
一方が暴走した時、もう一方が歯止めになってくれるのかと、確信が持てない事に。
家族以外に自分にとっての唯一無二となるものを見つけた時、私の身にどんな変化が起こり得るのか、全く皆目見当もつかない事がとても怖い。
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ぴったり、隙間なく閉じられた障子側。
その廊下をこちらに向かって、ほんの少し急くような微かな摺り足を、君親の鍛え上げられた聴覚が捉えた。
畳の上、直接ではなくとも柔らかな布団に横たわっているせいか、誰かがこの部屋に近づいて来ているのがダイレクトに伝わる。
どこか聞き慣れたその音に、普段はもっと落ち着いた一定のリズムを刻む足音の筈なのに、何かあったのだろうか?と一瞬、考えて。
何気なく姉様の顔を見た一拍後には、正体を把握する。
足音と気配を感じ取った瞬間、何事もなかったかの様に姉様は怒りの形相を引っ込め、部屋の緊迫した空気さえも即座に霧散させたのだ。
バックに花が飛んでいそうな程、満面の笑みを浮かべ、いそいそと迎え入れる準備を秒で調える変わり身の早さを披露されては、誰がこの障子を開けて入って来るのかなど、想像に容易い。
実の妹とは言え、妖しい笑みを崩す事なく決して素を見せたがらない姉様が、こうも嬉しさを隠しきれない様子でニッコニコの笑顔を曝す相手となると、君親の記憶に引っ掛かる人物は一人しかいない。
暫くして、足音はピタッと障子の前で止まった。陽の光りで明るく照らされるそこには、薄ぼんやり細身のシルエットが浮かび上がる。
そして、放たれた涼やかなテノールの音色に、ドキッと待ちわびていた様に心臓が脈拍した。
「姉上、君親。追加の薬を持ってきました。失礼します」
怪我人の君親に気遣ってか、辛うじて障子越しでも聞こえる声量での入室許可は、けれども返答を求めておらず。言ったが早いか、直ぐに開かれた。
すっ、と障子がスライドされ浮かんでいた影と入れ替わる様に現れたのは―――――――。
予想通り、松月の双子の弟で君親の兄でもある、『逆恋』の隠しキャラーー田上秋風ーーその人であった。
次回も更新は決まってません。