第二太刀
怒濤の勢いで異世界転生を果たしたと悟った私ーー田上君親、十七歳ーー。
物語の中でしかないと思っていたあり得ない展開に遭遇し、絶句するも今世の特殊な立場故に、敵の奇襲を受け瀕死の重体に。
何とか同類の敵を排除するも、大量の血を流しすぎた。
貧血であるうえに気力、体力ともに限界がきて気絶。
しかし、その一瞬。決して見逃せない、重大事実に気がついた。
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時間遡行しただけだと思っていたけれど、それは私の勘違いだったようで。
どうやらこの世界は、前世日本でプレイした事のある平安時代を背景にした恋愛シミュレーションゲーム『男女逆転平安物語~君、恋ふ~』、略して『逆恋』と呼ばれていた世界のようだった。
何だか、漢字ばかりでだらだらと長いタイトル名だけど、そこにゲームの内容が全て集約されているのが一目見て分かる。
舞台は、貴族や皇族の美男子達が帝の為だけに集められ暮らす、宮中や後宮。そこへ突如、異世界トリップを果たした主人公が攻略対象者たちと出逢い、様々な苦難を乗り越えながら恋し、結ばれた後の甘い日々を描いていく物語だ。
このゲームを手に取ってみた前世ライトなオタクであった自分の考えはよく分からないけど、この恋愛シミュレーションゲーム、乙女ゲームの中ではマイナーな方だった。
私が記憶する限り、イラストはとても美麗で声優もそれぞれのキャラにハマっていてハズレがなかったように思う。ゲーム内容も、それなりに楽しめるものだった。だが、問題はそこではなく、世界観の設定にあった。
そう。タイトルだけでも察せられるだろうが、敢えて言うと。
このゲームは、男女の立場が逆転した女性上位社会のあべこべパラレルワールドなのである。
男尊女卑ならぬ、女尊男卑。一夫多妻制ではなく、一妻多夫制。言ってしまえば、逆ハーものだね。
まぁ、女性が子を産むという自然の摂理こそ変わらないけど、子を世話し教育していくのは男性の役割とされていて。逆に汗水流しながら働き、家族を養う一家の大黒柱が女性だ。
分かりやすく言うと、あれだ。
「男は黙って、女の三歩後ろから付いて来い」な世界観。
初めてこの乙女ゲームをプレイした時に、どんだけ男前な姉さん女房だよ?と突っ込んだものだ。
懐かしい。
この『逆恋』というものは、護られるよりも護りたい!愛でられるよりも愛でたい派!!という、肉食系女子による肉食系女子のための、肉食系女子限定で愛されている乙女ゲームなのだ。
まぁ、うん。要するに、内容が特殊過ぎてファンが少ないのだ。その証拠に、この一作目以降は発表されていなかったと思う。記憶が朧気で、あまり確証はもてないけど。
そんな『逆恋』の世界に私は所謂、輪廻転生を知らぬ間に果たしてしまったようなのである。
いや、多分だけど『逆恋』の世界そのものではなくて、似た世界だと言った方が正しいかもしれない。
何故、そんな事が分かるのかって?
それは、田上君親という私自身の存在が証明理由に他ならないからだ。
そもそも、ここが乙女ゲーム『逆恋』の世界だと気がついたのは、今世の私の家族にある。もっと特定して言えば、君親の兄ーー田上秋風、二十歳ーーの存在で思い出した。
何を隠そう、この兄の秋風が『逆恋』の攻略対象者の一人なのだ。更に言えば、秋風は隠しキャラである。
兄も含めて、攻略対象者は全部で六人いた筈だ。うち、五人全員のルートをクリアすると、初めて解放されるのが秋風ルート。その秋風ルートには双子の姉が頻繁に登場して来ては、主人公と秋風二人の仲を引き裂こうと邪魔をする。
けれども、下にもう一人、妹がいるといった記述はされていなかった。もしかしたら、顔も名前さえもないモブとして登場していたかもしれないが、私の記憶する限りでは一切そんな描写はされていない。
つまり、私の存在はイレギュラーなのである。
ここで死ぬ運命だったとしても、後に話題にも挙がらないモブ以下の存在。
何より、この傷の尋常じゃない痛みが現実を突きつけてくるのだ。泥に混じって広がる鮮烈な紅い血の鉄臭さが、ゲームなんかじゃないと頻りに訴えていた。
それに、君親として生きてきた十七年の記憶もちゃんとある。だから、『逆恋』に似た世界だと私は考えた。ここは紛れもない現実で、全てがゲーム通りではないのだと。
それにしても、君親の記憶がなければこの世界の文化や価値観を素直に受け入れるまでに、とても時間を要したかもしれない。前世の未練を引き摺っているので、説得力はないかもだけど。これでも、割と順応力が高くて切り替えも早い方だ。
でも、記憶を引き継いで生まれ変わるなんて思った事も無かったし、前世の価値観と比較すると違和感だらけの世界観にもう名前も曖昧な前世は戸惑い困惑するばかりで。
更に、乙女ゲームに似た世界という要らないものまで追加されれば、いかに順応力が高いと自負する私でも、色々盛りすぎだと叫びたい。
まぁ、君親をベースに前世の価値観や人格、知識などが混ざり合う形となってくれたお陰で、内心は絶句していてもすんなりこの現実を受け止められている事に、こっそり安堵している。
肉体的には現在進行形で瀕死状態なので、全く安心できないけどね。
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さて、先ほど私の兄が『逆恋』の攻略対象者で隠しキャラだと説明したと思う。ついでに、その兄の双子の姉ーー田上松月ーーが秋風ルートでの所謂、お邪魔虫キャラだと紹介もした。私が、モブ以下の存在だとも。
そこで、他の攻略対象者、秋風を抜く五人も紹介しておこう。
まず、一人目は貴族の子息・藤一葉、十六歳。ゆるふわな萌葱色の腰まである長髪に、藤色の瞳をしている。『逆恋』では、メインヒーローとして登場していた。太政大臣の長男で、現帝である理桜の幼馴染み。帝の最有力后候補者でもある。前世日本でいうところの、金持ちお坊ちゃん。確か、素直になれないツンデレ属性。
二人目は、近衛府の大将・藤佳島、十九歳。榛色の短髪に切れ長の藤色の瞳。関白の次男で、実は一葉の従兄弟だ。この世界の男性には珍しく少数派の近衛職に就き、その実力が買われ異例の出世で帝直属に。帝自らスカウトし、側にいつも護衛として付き従えている様が、周囲にはそういうお気に入りなのだと勘違いされ后候補に名が挙がる。親しみやすい兄貴系イケメンである。
三人目は、貴族の庶子・夕季琴平、十九歳。あちこち寝癖のようにハネる紅色の短い癖毛と若干、三白眼な同色の瞳が特徴。小柄である事が美男子の一つの条件なのに対して、長身という醜男の特徴を持っている。ゲームでは百九十センチはあると、かなり大柄な設定だった。縫殿寮に所属している。簡単に言うと、宮中専属のお針子みたいなものだ。実は、母親が犬の獣人だったため半獣人である。
四人目は、尚侍・日暮菖蒲、二十五歳。さらっさらストレートの藍色の長髪を右下サイドで一つにユルく束ね、神経質そうな同色の瞳を有している。尚侍とは、帝の実務の補助や祭事に携わったりする役人のような役割を持つ要職。分かりやすく例えると、官僚や公務員かな。ただ、帝の個人的な寵を受けて后妃となれる一面もあり、帝の夫を除き、男性の最高職ともされている。そんな「将来の嫁候補養成所」のような職に就く彼は堅物、完璧主義のクールビューティーだ。
最後の五人目は、巫・桐ヶ谷雪花、二十二歳。引き摺るほど長い純白の髪と同色の垂れ目、麿眉が美々しく印象的。帝・理桜の従兄で皇族の一人。いつも白い小袖に緋袴の、巫女装束を身に纏っている。とてもマイペースな、おっとりさん。少し、間延びした口調の不思議ちゃん系美形だ。
こうしてみると、攻略対象たちの年齢が高めだな。一応、十五歳で元服(成人)となっている。
主人公の設定年齢は、十六歳。『逆恋』の世界では、元服済みと言うことになる訳だ。
ストーリーの内容は、また詳しく説明するけど。ざっくり言うと、異世界にトリップした主人公・糸泉菊里(名前は公式設定)が行方不明となった帝・理桜の偽者として、見つかるまで代わりを務めながら過ごすと言うもの。その菊里と理桜は、偶然にも同じ年齢で元服して間もない。
つまりは、元服していても幼く未熟。
そう考えると、次代の后は年齢が近い者だけではなく、経験や知識の豊富さ、まだまだ為政者として乏しい帝を陰ながらしっかりと支えられる者でないといけないのだ。だからこそ、乙女ゲームにしては主人公よりも年上の攻略対象が多めなのかもしれない。
ま、ただ単に製作者側の趣味である可能性が高そうだけどね。
それと、役職が本格的というか無駄にマニアックなんだよなー。
立場が逆転した世界だから、男女の役職も逆転しているのは分かるんだけど。縫殿寮とか、尚侍とか普通の歴史素人は知らないよ!みたいな単語がポンポン出てくる。
その度に分かりやすく説明が入っていたりするから、親切なのか不親切なのか微妙だ。製作者は、歴女だなと確信した要因でもあるけど。
そうそう。ファンの間で一番人気だったのが、メインヒーローとして製作者側も推していた藤一葉だ。上流貴族の坊っちゃんである彼は、ツンケンした勝ち気な態度がデフォの美男子。それが、二人の関係を深めていくにつれて徐々に軟化し、自分だけに見せるデレは最初のツレない態度とのギャップで、恋の狩人と化している肉食系女子のハートを鷲掴みにした。
加えて、本来は女性が着用する筈の十二単を、この世界では逆転しているが故に身に纏っている一葉のヴィジュアル画像は、正に天女。最早、嫉妬する気も起きない程、女の子よりも美しい。悔しさなんて微塵も湧かないその姿は、男の娘と書いて俗に言う男の娘と云ったところか。
ヒーローと言うより、ヒロインだよね?と何回、攻略中に突っ込んだ事か知れない。
まぁ、兎に角。愛でられるよりも愛でたい派の女子にとって、一葉は理想の男だった訳だ。私はあまりタイプではなかったが、一番人気になるのも分かる可愛さだった事は覚えてる。
二番人気は、完璧主義を自称する割にどこか抜けている日暮菖蒲だ。皆、何かしらギャップのある所に萌えるみたいだね。
因みに、私の推しは我が兄となった秋風だ。
アッシュオレンジの短髪はセンター分けで、ふわさらのストレート。琥珀色の潤んだ瞳が、小悪魔な美青年。少し、ベビーフェイスな所が好みだった。
けど、自分の好きなキャラが兄である事実に、若干、複雑な感じだ。乙女ゲームの世界に転生したら、取り敢えず生前の推しキャラと死亡フラグを回避しながら恋を楽しむもんなんじゃないのか?
なのに、この思い出した初っぱなから瀕死状態でモブ以下の存在だと気づき、更に推しキャラとは絶対に結ばれる事のない立ち位置だと思い知らされるという現状。
解せぬ。
何故、惹かれる男性が兄と呼び慕う者ばかりなのか!
本っっっ当ーーに、ツイてないのな、私は。
不憫属性とか、要らないからね?というか、もう既に定着してるとかないよね??
………うん、もうそこは、考えないようにしよう。何だか、分かりたくない事まで分かっちゃいそうだ。
仕切り直して、この秋風を含めた六人の攻略対象たちは、多かれ少なかれ心に闇を抱えている。それをどう受け止め、癒し愛していくのかが攻略の鍵だ。
それに応じて、エンディングが変わっていく。
大きく分けるとハッピーエンド、バッドエンド、駆け落ちエンド、逆ハーエンドの四ルートだ。まぁ、一番難しいのが逆ハーエンドだっていうのは言わずもがな。
あと、駆け落ちエンドはバッドエンド寄りのエンドだから、ハッピーな部分はあんまり無かったと思う。それに、攻略対象によってエンド内容はかなり変わってくるので、駆け落ちエンドの中でも、ハッピーエンドとバッドエンドに細分岐していた。
しっかし、前世の自分の事は曖昧なのに『逆恋』に関しては細かく記憶しているって、どういう事よ。
しかも、生きるか死ぬかの瀬戸際で。
もっと、思い出す事は沢山あったでしょうよ。よりによって一番、封印しておきたかった記憶を引っ張り出した挙げ句、要らない事ばかり思い出させるなんて。
モブ以下の存在なら、『逆恋』の情報は思い出さなくても良かったのでは?
神様もお人が悪い。
ところで、ずっと引っかかっていたのだけど。
今って、『逆恋』のどの辺りまで進んでいるのだろうか?
いや、そもそも、似た世界なのだからゲームが始まっているいないの問題を考えるのは違うのか………?
いやいや、似た世界だからこそ、どこまで『逆恋』のストーリーに添っているのかを確認しておかなくてはいけないのでは?
ハッ!そうとなれば、こんな所で気絶している場合ではない!
それに、君親の記憶があるとはいえ本物の秋風を、この目で見るまでは死ねない!!!
起きろ!起きるんだ、君親ー!!まだ、死ぬには早すぎるぞー!?
こなくそー!!!ともう、漬物石かな?と思ったくらい重たい瞼を抉じ開ける。
そして、その先に見えた景色は意外にも、見慣れた自室の天井だった。
読んでいただき有り難うございます!
書いてから気づいたのですが、会話文がないどころか、主人公一言も発していなかったな、と。
次回も更新は不定期です。