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一太刀愛せ その瞳に映る世界  作者: 谷花いづる
2/14

第一太刀

この物語はフィクションです。登場する人物、団体、地名等は実在のものと関係ありません。


若干→弱冠に直しました。

 思い、出した―――――。

 そうか。私には、別世界で恋に悩み過ぎた事以外ごくごく平凡な日本の女子高生として生きた、"前世"と言う過去があったのだ。

 何歳まで生きて、どんな死因だったのかは思い出せなかったが、これはもう一人の自分の記憶なんだと直感的に感じた。

 あのシーンを最初に思い出したのは私の中で余程、衝撃的で印象深かったのだろう。

 到底、叶いそうもない相手に初めて恋をして失恋した日の出来事をいの一番に思い出すなんて。死しても尚、未練がましいというか何というか。



 原因は、信じて恋の相談に乗ってもらっていた親友が裏切り、いつの間にか私の想い人と両想いになっていた事だった。

 一体、何時から好きだったのか。そうとは知らず、相談していた私が馬鹿みたいじゃないか。

 本当、悔しさ極まりないわ。

 たった今、それらを思い出し驚愕を通り越して、絶句している所だ。

 混乱の極地にいる、と言っても良い。



 前世の自分と今世の自分の常人には処理しきれない記憶の嵐が吹き荒れて、グルグルと脳みそを掻き乱すが如く渦を巻き、溶け混じり合っていく。

 酷い、眩暈だ。胃の中のものを、全部戻しそう。

 気持ち悪い……。

 前世で培った知識に人格、今世の常識と現在の立場など。様々な二人分の記憶ーー人生の軌跡ーーを本人の意思などお構い無しで、勝手に必要不必要で分類されていく。

 ビデオ映画を早送りで強制的に見させられている感じ、と言えば分かってもらえるだろうか。

 やがて、綺麗に整理整頓される記憶の数々。

 眩暈や吐き気も徐々に治まり、安堵する。と同時に、猛烈な焦りが心の中を支配した。



 と言うのも実は今、深い森の中で全身を泥と血に染め上げ、地面へ倒れ伏している状態なのだ。

 どうして、そんな詰んだ状況になっているのかって?

 それは、任務中に奇襲を仕掛けてきた相手の力量を見誤り、油断した挙げ句に隙だらけだった背中へ一太刀もらってしまったからだ。右肩から腰にかけて、斜めにザックリ敵の短刀で切り裂かれてしまった。

 今世の私は、どうやらくノ一(くのいち)ーー所謂、忍者ーーとして新たな人生を歩んでいるらしい。敵も、私と同じ"くノ一"であり、闇に生きるお仲間であった。常に死の恐怖が付いて回り緊張状態をおいそれと解けない危険な職業に就いていた事に、少なからず戦闘とは無縁だった平和な前世とのギャップで驚きを隠せない。

 それでも、余り動揺や殺しに対しての嫌悪感がないのは今世の私のお陰なのだろう。ちょっとやそっとの事では揺るがないよう、物心ついた頃から精神を鍛え上げられて来たのが功を奏したみたいだ。



 だが、可笑しいな?

 たった今、前世を思い出して「今世では悔いのない一生を!」とか決意する場面で、既に瀕死状態とか。

 どんだけツイてないのよ、私………。



 まさか、簡単な任務だと高を括り、全身を黒の忍び装束と僅かな武器を装備しただけと言う軽装で事を果たそうとしたのが仇になるとは。

 何事も、楽や横着はしてはいけないという事か。

 どんな任務であれ、命が懸かっている事に変わりはなく、本来ならば万全の準備をしていないといけなかった。

 忍びなら、常に相手の裏を読んで行動をしなくては駄目だ。まだまだ、くノ一としての自覚が足りない未熟な証拠だな。



 まぁ、元々、三日前から行方不明となっている人物の特徴と、最後に目撃された場所などの少ない情報だけ与えられ、さぁ捜せ!と命令されただけの任務だったんだ。

 自分の力を過信し、敵に敗れる事など微塵も疑っていなかった前世を思い出す以前の私にとって、人捜しの任務は造作もない。一日あれば楽勝なものであったのだから、この仕事を軽視してしまっても仕方のない事ではあった。

 けれども、その判断は甘過ぎたのだと言わざるを得ない。



 思えば命令を受けた時に、嫌な予感はしていたんだ。

 それは、行方不明となった人物の情報が少なすぎたからではない。その人物の特徴に、物凄く心当たりがあったからだ。

 それも、この世界や国に於いては超絶大物人物の。



 しかし、そんな筈ないと頭に浮かんだ考えを即座に否定した私は、特徴が一致しただけの別人だと思う事にした。

 だって、()()()が行方不明となったら、どれだけの大混乱がこの国ーー大和(やまと)国ーーを襲うのか予想の範疇を越えるからだ。いや、そうなった時の事を想像するだけで、恐ろしい。

 何より、国にとってそんな重要人物を捜索するのに、我が忍び一族の中では三番目の強者とされる自分であっても、たった一人で任されはしないだろうと思った事も、任務を軽視してしまう要因に繋がっていた。



 けど、こうなった今なら、分かる。

 一番の原因は今世の私が、自信過剰の天狗になっていた事だと。なまじ、三番目とはいえ力が強すぎたが故に、余り敗北を知らないのがそれを増長させた原因だろう。

 それに、小さな頃からくノ一のいろはを叩き込まれ、闇に生きる者としてひたすら無音の戦闘に重きを置いて厳しく育てられたのだ。それだけを徹底的に教え込まれた私は、面白味のない忍び人生をただ淡々と生きている事に退屈を覚えるようになっていた。

 だからだろうか、そこに自身の存在意義を確かめようという無意識が働いたのかもしれない。他に娯楽の少ない異世界だ。

 私は戦う事にこそ、生きる楽しさを見出だし、気づけば一族三番目の実力者となってその力を認められた者にしか与えられる事のない「白夜」の称号を、弱冠十七歳で拝命する迄に成長していた。



 しかし、悲しいかな。

 戦闘狂とまではいかずとも、前世とは比べものにならないくらい好戦的で、自身よりも強者と知るや考えなしに突っ込んでいく、言いたかないけど脳筋と成り果てていたのだ。



 まぁ、なんだ。要するに、今世の私は実力はあるが戦闘以外ではまるでポンコツな猪突猛進おバカだったって事だね。

 だから、いつまで経っても三番手止まりなのだろう。今までの私に足りなかったのは、智謀や知略。



 一日で人捜しの任務をこなすくらいには、頭は悪くないのかと思いきや、殆ど、直感であったらしい。聴き込みなどの基本的な活動はしているものの、大部分は野性的感で捜し当てていたみたいだ。今世の私は頭で考える事が、どうも苦手であるらしい。

 そんな直感頼みな任務の仕方で良く、今まで生きてこられたな、自分。

 だが、このずば抜けた直感力を信じる事なく任務に挑んだ結果がこのざまだ。



 こんな状況に陥ったのも、自業自得だと分かってはいる。

 前世を思い出した今、もうそんな初歩的なミスを犯すこともないだろうけど。まず、この重傷で生きていられるかどうか。

 もし生きて帰れたとしても、この体たらくでは称号剥奪を言い渡されるのがオチだろう。それだけならばまだ良い方だが、最悪、一族の恥として破門されることも視野にいれて、覚悟しなければ。

 幾ら今世の私ーー田上君親(たがみきみちか)、十七歳ーーが、忍び一族女頭目(おんなかしらめ)の実の娘であったとしても、決して身内という理由だけで生半可な処分をあの人が下す筈がないのだから。



 一応これでも、少しでも処分の度合いを軽くするために、相討ち覚悟で背中の激痛に耐えながら歯を食い縛り、何とか同類の掃討を気合いで完了させたのだ。そうして、這う這うの体で活動拠点にしているここ大和国の北に位置する鞍馬寺に一旦、身を隠し応急処置を施そうとした、のだが………。

 途中で力尽き、今に至るという訳。

 そして、うつ伏せの状態で前日から降り続く雨のせいでぬかるんだ地面へ、勢い良くダイブ。泥としたくもない、口づけをする羽目になった。



 うぅ。口の中が、泥臭い。

 今すぐ口を濯いですっきりさせたいけど、身体の自由が利かないからどうする事も出来ない。



 どうにかこうにか、腕に力を入れて動こうと踏ん張るもジクジク痛みが全身を駆け抜けていく。

 激痛など生温いわ!とばかりに背中が熱を発し、その存在を主張してくるのだ。

 呼吸もままならず、辛く苦しい。




 「くっ……………。しくじったっ!!」




 掠れる声を絞り出すようにして、悔しさを吐き出す。

 そのうち、背中の熱に反して自身の体温は、急速に冷えていった。

 熱いのに凍えそうなくらい寒いという、矛盾が君親を襲う。



 これはいよいよ、本気で危ないかも………。



 ぼやける、視界。

 霧の中にいるような錯覚さえする、霞む思考。

 瞳から溢れているのは生理的な涙なのか、静かに降る小雨が頬を伝っているだけなのか。それすらも判然としない私は、憔悴しきっていた。



 言うことを聞いてくれない身体に鞭打って、何とか自力で立とうと再度震える両手足へ力を込める。が、逆に全身から力が抜けていく虚脱感。

 一歩踏み出そうとした足が泥濘(ぬかるみ)(もつ)れ、手をつく間もなく咄嗟に肩から倒れてしまった。背中から這い上がる、最早、(いかずち)のように広がった痛みなのかすらわからない衝撃。

 転げ回って悶絶したいが、そんな体力も残っていない。

 指一本、動かすのもやっとだ。

 というか、意識が朦朧として睡魔も限界に近い。このままでは、確実に死が待っているのは想像に難くない事だ。



 どうする?どうすれば良い!?

 折角、前世を思い出してもう一度、新たな人生のチャンスが巡ってきたと期待したのに。歓ぶ暇もなく、あっさり二度目の死を体験しそうになるとは……。

 本当に、なんて間の悪い。




 「だっ、誰かっ…………!!」




 誰何をしても、応える声がない事は分かりきっていた。

 それでも、思わず口を突いて出た助けを呼ぶ微かな叫びは、ただ死にたくないという、心底から求めた生への執着心だった。


 だんだんと真っ黒に塗り潰されていく、視界。

 焦点の合わない森の輪郭が滲んで、周囲が見えなくなった。

 沈む意識が、闇に向かって落ちる瞬間。君親は前世の記憶から、ある驚愕事実に気づかされる。




 この世界って、平安時代に似たパラレルワールドだとばかり思い込んでいたけれど。妖術や忍術、獣人が存在するうえに男女の立場が逆転した女性上位社会が当たり前の乙女ゲーム『男女逆転平安物語~君、恋ふ~』の世界だわ―――――。

 読んでいただき有り難うございます!


 次回から、更新は不定期になります。

 前作と同時連載になるので、気長にお付き合いくださると助かります。

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