崩壊と魔法少女
世界は、やがて壊れる様に仕組まれている。
それに気付いた人々は、世界に対する抵抗を始めた。
時を戻す研究や、世界を修復する術の模索に、存在するかも分からない未知の外界との接触を試みたり、追い詰められた人類は団結して人類に迫る崩壊と戦い始めた。
今では、生物を滅ぼすだけの魔物が度々現れ、そのたびに多くの人々が死ぬ。
そして、その魔物に対抗するべく生み出された人間も存在する。
ある有力な、現在では勇者と呼ばれる故人の犠牲によって捕らえられた魔物の力を元に生み出された人類の希望、魔法少女。
彼女は人類を守る事等を自身の正義とし、それを心の支えに生きる。
そういう風に教育されて育った。
しかし、彼女はそれを知った時に悩んだりなどはしなかった。
彼女にとって自身の存在意義は正義である事で、それ以外の物はどうでも良いのだ。
明確な悪さえいれば、彼女はいつまでも正義でいられる。
そんな狂った考え方で、今日も戦いに赴く。
「正義の使者参上! なんてね」
言葉の通じない魔物に意味なくウィンクして、その後戯ける。
先端が羽が付いたピンクの球の、メルヘンチックな杖。
青髪で、赤い瞳に白を基調としたメイド服の様な戦闘服を着た美少女がそれを一度振る。
すると、杖の桃色の球部分から星型の何かが飛び出し、巨大化な各部に角のあるコウモリ型のバケモノを貫く。
しかし、その程度では魔物は止まらない。
彼女の存在は無視して、近くにいた市民の方へと羽根を加速に使い全力で走り出す。
「ちょっと! 何で無視するの!」
焦りを見せつつ、余裕の顔をしてそれを上回るスピードで追い付いて、脚に杖を叩き付ける。
その様な使い方をする武器では無いのだが、効果はあったらしく、10メートルの巨体がよろける。
その隙に彼女は杖を両手で持ち、祈る様に突き出す。
それだけで、魔物の身体は崩壊した。
厳密には目の前の空間に対して恐ろしい程の風圧を密封して斬り裂いたのだが、それを認識出来る者は彼女を除いて存在しなかった。
「ありがとう、君は?」
お礼に振り向いて見れば、襲われていたのは年老いた老人だった。
彼女は愛らしい笑顔で答える。
「正義の魔法少女です!」
妙に嬉しそうで、楽しそうなその顔に違和感を覚える事なく老人はもう一度礼を言った。
「まだ出るからもう行かなくちゃ。 こんなところ危ないですよ」
そう言って、次を探し始める。
その全てを見ていた年齢にして19歳の青年が呟く。
「正義……何処がだよ」
彼もまた、世界を守る為の力の1つで、先程も名前も知らない人を命を懸けて守り抜いた。
少女はまた、誰かを救った。
人類の希望を託されたに相応しい働きだ。
彼の動きでは彼女の真似は出来ない。
しかし、真に救われていないのは彼女自身だと思っている。
同時に、このままではいつか彼女が世界を滅ぼすだろう、とも。
暫くして攻撃をやめた魔物達が空に集まる。
「また、多くの人が死ぬ。 そしてその原因は、今日もお前なんだろ?」
光のない視線の先には、魔法少女の姿がある。
しかし、彼の何処にも嫌悪感の類の感情は存在していなかった。
憐れみを向けながら、やがて訪れる無実の人々の死の瞬間を待つ。
魔法少女はたった一人で壁となる魔物を数十匹処理して、その最深部に対する穴を空けてみせた。
最深部には、現時点では彼女の力以外で抵抗する事が不可能な魔物、邪龍がいる。
周囲の魔物が穴の空いた部分をカバーし、邪龍を守ろうとする。
彼女はそれを無慈悲にも貫く。
10匹程度の犠牲を経た結果、邪龍は傷付かない。
次に、彼女は破壊の為の光線を放つ。
地面に向かい放てば、世界が壊れる威力のそれを前にしてようやく、邪龍が動く。
その反動で、魔物が各地に散らばる。
邪龍の姿を拝見させてもらうかと彼は思った。
しかし、彼女はその動きを読んでいて、光線が途中で分裂する。
恐らくいたであろう邪龍に命中し、彼が見たのは攻撃で全身が膨張した死にかけの邪龍だった。
「膨張してあれか、龍と呼ばれるだけあって良い姿だな」
冷静にそんな事を言いながら、魔法少女の元へと向かう。
ここからが、彼にとって最も大変な時間だ。
先程までは本来、彼の仕事ではなかった。
手の届く範囲ぐらいは救ってやろう、と戦っただけで、彼にはもう他人の死を防ぐ気力など残っていない。
散らばった魔物が、人々を食う、もしくは焼いて、とにかく殺す。
宙を舞っていた魔法少女は呆然とした顔をしている。
「正義ってなに、悪から守るのが……」
頭を抱えて、独り言が始まる。
彼はその彼女に言った。
「お前は何故そうまでして正義であろうとする? 全てを守る事は不可能だ」
優しさなど微塵もない憎しみと、苛立ちが混ざり合った焦点の合わない瞳が、一度だけ彼を捉える。
「守れないなら、正義じゃない。 正義でなければ存在意味はない。 それならいっそ」
最後の台詞は常人には聞き取れない声量で、正義を終わりにしようと言っていた。
大地が沸き立つ。
周囲の建物が全て崩壊する。
それに加えて何故か雨が降るが、彼女の圧倒的な魔力により付近の雨は彼に触れるより早く消滅する。
「結局お前自身が悪なんじゃないか?」
「そうだよ、私は悪だよ」
少し前まで、本心で正義を行なっていた様に見える彼女は心が折れて悪となった。
そんな彼女を救いたいと、彼は思う。
「……違うな。 お前は正義だ。 俺なんかよりよっぽど」
少なくとも彼女は、手の届かない範囲の誰かを守ろうとした。
だから守れなかった事を気に病んでこうなった。
極近くの存在以外を守ろうとしない彼と比べてみるならば、よほど立派だろう。
「正義なんて! 要らない!」
悲痛な叫びに、彼は言った。
「ホント、ヒーローっていうのは、お前の様な奴が相応しいんだろう。 俺には何も知らない奴に対して、そこまで心を痛めてやる事はできない」
そして、彼女が杖を持たずに宙に浮かせて、魔法を放とうとする瞬間に誓いを立てる。
対する彼の瞳に、かつて誰かの為に燃やし続けた希望が宿り、その裏には救えなかった魔法少女達の顔が浮かぶ。
「今度こそ、救ってみせる」
少なくともその瞬間だけは、彼は完全な正義だった。
このストーリーならもう少しだけ長くしても良かったかもしれないと思った