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第三話 不思議な使用人と悪い鳥

「もう……何なのよ」


 与えられた部屋で、ミュリエルは大きな溜息をついた。

 あれからクレーフェ侯爵に拝み倒され、ミュリエルはここに留まることになった。

 豪勢な晩餐でもてなされ、食卓でも熱心にアピールされ、ついに折れてしまった。

 怖い顔をした獣頭の侯爵が一生懸命に訴えてくるのを見て、無下にできなかったのだ。

 それに、「元の姿になるまででいいから! 婚約破棄については、そのあとに改めて考えよう」と言われたのが効いた。

 期間限定なら……と、ミュリエルの心は動いたのだった。魔術を教わるかたわらで元の姿に戻るのを手伝い、無事に戻ったのなら婚約を破棄したらいい。破棄するときはクレーフェ侯爵が全面的に悪いことにしてくれるそうだから、その後嫁ぎ先が見つからないということもないだろう。もしそんなことになれば、そのときはクルーフェ侯爵に魔術学校の卒業生として、魔術師を紹介してもらえればいい。

 そんなふうに、大部分は納得できているのだけれど、父の思惑通りになってしまった気がすることだけが気に入らない。


「まあ、クレーフェ侯爵がいい人でよかったわ」

「そうだよね。メルヒはいいやつだよね」

「え……?」


 ひとり言だったなずなのに返事があって、ミュリエルは静かに驚いた。おそるおそる振り返ると、そこにはメイドのお仕着せを身に着けた美少女がいた。


「び、美少女」

「うん、よく言われる」


 いつの間にか部屋に入ってきていたのは、金髪碧眼の美少女だ。ミュリエルも可愛いとか愛らしいとか言われるが、それとはまるで程度の違う美しさだ。自分の美しさをあっさり認めることが嫌味に聞こえないほど、圧倒的に美しい。


「あの、どなたかしら……?」

「んー、メイド? あんたの世話をするようメルヒに言われたんだ」

「そ、そうなの……」


 お仕着せを身に着けているし、自らメイドと名乗っているが、その居丈高な態度を前にすると使用人なのか怪しく思えてくる。


「あの、メルヒってどなたのこと?」

「メルヒオル・クレーフェ。あんたの婚約者でしょ。名前、呼ばなくてもいいから覚えてやって。で、何か用はある? ないなら部屋に戻りたいんだけど」


 美少女メイドは実にそっけなくミュリエルを急かす。

 この、主人を主人とすら思っていない様子の使用人に世話をされるのは不安だ。だが、筋金入りのお嬢様であるミュリエルは人の手を借りなければ生きていけない。


「じゃ、じゃあ着替えるのを手伝ってくれるかしら? そのあと、お風呂の支度もお願いするわ」

「はあ?」


 ミュリエルはいつも家の使用人に言うように美少女メイドに命じただけなのに、彼女はものすごい形相で見てきた。そのあまりの威圧感に、ミュリエルは一瞬ひるむ。


「風呂なんて蛇口をひねればお湯が出るから自分で勝手にやって。あと着替えは……ちょっと待ってて」


 とびきり不愉快そうな顔で言うと、メイドは荒々しく部屋を出ていった。

 あまりのことに、ミュリエルは少しの間ぽかんとしていた。だが、冷静さを取り戻すと無性に腹が立ってきた。

(何よ! まるでわたくしが理不尽な命令をしたみたいじゃない! なってないわ! あのメイド、全然なってないわ!)

 むしゃくしゃして、絶対に叱ってやろうと心に決めたそのときドアが開き、問題の人物が戻ってきた。


「え!?」


 だが、なぜか従僕姿になっている。


「……着替えたの?」

「え? ああ、まあ、そんな感じ」


 なぜ?どうして?とミュリエルの頭は大混乱だが、何よりも困ったのは美少女メイドの従僕姿の美少年ぶりだ。美少女が男装したら、当然美しい。その美しい姿でこれから手伝われるのだと思うと、ミュリエルはドキドキしてしまった。


「ああ……この顔? 早く見慣れてね。それに、同性にドキドキしてどうするの」

「なっ……べ、別にドキドキなんてしてませんもの。じっと見ていたのはただ、男装してもやっぱり線の細さは女の子なのねって思っただけよ」


 ときめいていることを指摘され、ミュリエルは苦し紛れの言い訳をする。でも、従僕姿のメイドは馬鹿にする様子はなく、むしろミュリエルの発言を面白がっているようだ。


「そっか。線の細さは出ちゃうか。なら、もっと研究しないとね」

「研究って……あなた、男の子になりたいの?」


 ドレスを脱がせてくれながら不敵に微笑む美少女に、ミュリエルは目を丸くして尋ねる。たわむれで従僕の服を着ているのかと思っていただけに、案外真剣らしいことに驚く。


「別に。男になりたいわけじゃない。ただ、どんな服装をしていても自分でいたいだけ」

「へ、へえ。そうなの」

「言ってみれば、自分のいう存在の証明のためにあえて男装しているのかな」

「な、なるほどね」


 しゅるしゅるとコルセットを解き、しめつけの少ないドレスを頭からかぶせながら美少女は語る。その言葉の真髄をミュリエルはまったく理解していなかったのに、わかったふりを徹底していた。何もわかっていないのは表情を見ればあきらかだが、脱いだり着たりで顔が隠れていたのは幸いだった。


「ねえ、コルセット嫌い? もし嫌いなら、この屋敷にいる間は着けなくていいよ」

「え?」


 唐突な質問に、ミュリエルは何と答えればいいかわからなかった。コルセットは美しい体型作りのためにあるときから当たり前のように着けていて、嫌いとか着けなくてもいいなどと考えたことはなかった。だから、とっさに何と答えればいいかわからない。


「ここにいる間は、好きにしていいってこと。それに、手伝いなく服を着られるようになって欲しいしね」


 戸惑って何も答えられないミュリエルをおいて、美少女はさっさと部屋を出ていってしまう。だが、ドアを閉める直前、振り返って「おやすみ」と言ってウィンクをひとつ残していった。


「……っ」


 同性のウィンクにまさか胸を撃ち抜かれるとは思っておらず、不意打ちを食らったミュリエルは膝から崩れ落ちた。あれは同性、あれは女の子と言い聞かせても、胸の高鳴りはいっこうに収まってくれない。

 もしかして禁断の扉を開けてしまったのだろうかと、不安になってくる。たしかにメイド姿も従僕姿も素敵だったが、女の子相手にときめくなんて、これまでなかったことだ。

(そっけなくてひどい態度を取ったかと思ったら、ああして熱心に自分の考えを語ったりして、その上ににっこり笑ってウィンクだなんて……あの子、強すぎるわ!)

 落ち着こうと頭の中を整理しようと思っても、思い出せば出すだけ混乱していく。

 その後、ミュリエルは隣接している浴室へ行って風呂を済ませたり、自分で寝るための支度を整えたりいろいろしたが、結局寝台に横になってもドキドキはおさまることはなかった。

 そうなるともう、あの子にときめいていることを自覚せざるを得なかった。

(ときめくのは仕方ないし、特別な関係にはなれなくてもお友達にはなれるはずだわ。そう、お友達! 明日からはわたくしも接し方を考えて、なるべく親しくなれるようにしなくては)

 美少女へのときめきを無理やりそうして変換し、ミュリエルはそう決意して眠りについた。


 だが翌朝、美しいメイド姿で「朝は自分で起きて支度くらいしてくれない?」と超絶そっけなくされたため、その決意はもろく崩れ去ってしまった。

 そしてミュリエルは学んだのだ。

 彼女は従僕姿のときはそっけなくもなかなか素敵だが、メイド姿のときはおそろしいくらい冷たいと。



 朝食の席にクレーフェ侯爵は下りてこず、執事のハインツから授業は昼からだと告げられた。

 それまでの時間は自室でゆっくりしていてもいいし、屋敷の中を自由に歩き回ってもいいと言われ、ミュリエルは迷わず後者を選んだ。

 授業を受ける前には予習が必要だと思ったからだ。夢見がちではあっても、ミュリエルは存外真面目なのだ。

 予習しようと決めて張り切って朝食を済ませると、さっそく魔術に関する本を探しに出かけた。

 だが、張り切りすぎてハインツから図書室ライブラリの場所を聞くのを忘れてしまっていた。だから、間取りを覚えがてら邸内を歩き回ることになった。


「きっとここね……!」


 しばらく歩いて、図書室と思われる部屋を何ヶ所か確認して回って、何度めかの正直のつもりで勢い込んでミュリエルはドアを開けた。そして肩を落とす。

 パッと見て、その部屋は図書室でないとわかる。

 そんなに広くないし、本棚も何もない部屋なのだ。家具すらほとんど置かれていない。あるのは、支柱によって宙に吊るされた鳥籠だけだ。


「小鳥がいたのね。可愛いわ」


 籠の中にいるのは、庭なんかで見かける雀よりひと回り大きい、鮮やかな黄緑色の小鳥だ。くりくりとした黒目が賢そうで可愛くて、ミュリエルは吸い寄せられるように近づいていった。


「おまえ、誰だ?」

「え?」


 ミュリエルを視界にとらえると、小鳥はそんなことをしゃべった。鳥が言葉を発したこととその言葉遣いの悪さに、ミュリエルは少しの間、呆然とした。


「いきなり人にそんな物言いをしてはだめよ。正しくは『あなたはどなたですか?』と言うの。わたくしはミュリエルよ。あなたのお名前は?」


 ミュリエルは小鳥相手に説教をした。だが、小鳥は罪のない顔で見つめてくるばかりだ。


「フィリ。フィリちゃん」

「フィリちゃんというのね。賢い子ね」

「フィリちゃん、賢い。かわいい」

「そうね」


 思いがけず愛らしいものに出会って、ミュリエルは感激した。可愛い上に、意思の疎通ができるのだ。話す鳥がいるとは知っていたが実物を見るのは初めてで、ついワクワクしてしまう。

 キラキラした目で見つめてくるミュリエルを、フィリもジッと見ていた。愛らしい顔をしていても、友好的な視線ではない。ミュリエルは気づいていないが、どうやら品定めをしているらしい。


「おまえ、迷子か?」


 しばらく黙っていたフィリは、可愛らしい声でそう尋ねた。言葉遣いのなってなさに驚きつつも、小鳥だから仕方ないのかとミュリエルは苦笑した。


「そう、迷子になってしまって」

「ポンコツだな! ポンコツ高慢ちき!」

「なっ……!」


 正直に答えると暴言を吐かれ、ミュリエルは顔を真っ赤にした。フィリはその言葉の響きが気に入ったらしく、キャッキャと笑いながら「ポンコツ高慢ちき」と繰り返した。

 たかが小鳥に言われただけとわかっていても、何度も言われると腹が立ってくる。


「もう! そんなに悪いことばかり言ってはいけないのよ! あなたみたいな悪い子、もう知らないんだから!」


 我慢ならなくなったミュリエルは、いーっと歯を見せるはしたない顔をフィリに見せてから部屋を飛び出した。

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