世界からの要求5
衝撃の事実を知って、一夜が明けた。
この世界に来てから、わからない事だらけで…ずっと不安だった。
しかし、昨日のやり取りで、おおよそこの世界の現状が見えてきた。その代わり、判明した事実はとんでもない物だったが…。
俺は、慣れないベッドで目を覚ます。隣には、離れるのが不安だったらしく、一緒に眠ったアンシアがいる。そういえば、彼女の寝顔は初めて見たかもしれない。近くにいる事は多かったけど、いつも俺のする事を、しっかりと横で見ていた。
「…んぅ」
「…」
世界が今のまま進めば、こんなに頑張り屋な女の子も、あの暗い塊に飲み込まれてしまう。
俺は…やっぱり死に物狂いで頑張って、少しでも何かを成さないといけない。
そこまで考えて、俺はもう一人、守ると決めた女の子の事を思い浮かべた。村に残してきたマリーだ。
結局ここ数日のいざこざで、ローナまでこちらに来てしまい、さらに気を許せる相手は減ってしまっている。
ソウさんを含め、市場の皆が、親身にはなってくれるだろう。しかしマリーはどちらかと言うと、皆に気を使う側に回りがちだった。
お世話になってきた人達だから。今は形式上とはいえ、自分がそんな人達の上に立っているのだから。そんな風に仕事に取り組んでいた。
その点俺は、どういう扱いであれ、マリーが言いたい事を、好きに吐き出せる相手ではあったと思う。だから心配なんだ。それでなくても、ずっと歯を食いしばって生きてきた彼女だからこそ…。
今まで通りの生活なら、しっかりと踏ん張り続けるかもしれない。でも今現在、マリーは俺の立ち上げた慣れない店で働き、さらにそのトップに居るんだ。何かがあれば、負担は彼女に掛かっていく。
店をやっていて、トラブルが起きないなんて事は無いんだ。
「…!」
寝ぼけているのか、アンシアが俺の手を、ぎゅっと握りしめてきた。
そういえば…アンシアには今まで、服を掴まれている事の方が多かった。でも今回の事を経て、彼女とはこうして、手を繋いでいる時が増えた気がする。
単にこれだけなら、ただ女の子が、甘えて手を繋いでるとしか、感じていなかったかもしれない。
でも俺にはこれが、アンシアなりのメッセージだと思えた。
守られているだけじゃない。服を掴んで、付いていくだけじゃなくて、時には自分も、俺を引っ張ってみせる。そういう決意の表れのように感じるんだ。
…現に、先日の許可証の件で、助けられてしまったもんな。
俺は頼るのが下手、か…。
自分の手の届く範囲でしか、今まで生きて来なかった。頼らずに何とかしてきた。その弊害。
一人で何とかしてきたと言えば聞こえは良いが、要するに俺は…誰も信頼せずに生きてきたと言う事だ。
「…はぁ」
このままじゃきっと、俺は…この世界に応えられない。
最悪、自分がカバーすれば問題ない。事態は、そういう範囲でどうにか出来る状況では無かった。本当の意味で、任せる事が必要な時が来るだろう。その相手を信じて…。いや、まさに今が、その時なのかもしれない。
そう考えると、店長なんて楽なもんだったなあ。自分の育てた部下でも、他の店へ行けば、当然自分のカバー範囲ではなくなる。頼られれば相談には乗ったが、そういうのとは訳が違う。
今の俺は、言うなれば社長的な立ち位置だ。この立場の人間は、仕事を任せる事が出来なければやっていけないんだな。
向いてない…なんて、言っていられないか。
「…よし! とにかく起きるか」
「ん…は………ふ…ぁ!? しょ、翔…さん。おはよう、ございます」
「おはようアンシア」
目を覚ましたアンシアと視線が合う。気付いた彼女が、慌てて少し距離を取る。
やっぱり女の子だし、恥ずかしいのかな。こっそり部屋を抜け出しておいて、起きるまでそっとしてあげれば良かったか。
「…あ、メルー…朝…だよ」
「え?」
いつの間にか、メルが掛布団に潜り込んでいたらしい。
「我はまだ眠いー」
「うちもぉ…」
やれやれ。この王都に居る間は、結構しゃっきりしている印象のメルだけど、やっぱりねぼすけなんだよな。
………?
俺は掛布団を取り払った。
「な、なんで居るの!」
「王子様とぉ…大きなーベッドでー……」
そこには、丸くなり猫のように眠る、ローナの姿があった。
俺は慌てて後ろへ飛び退く。
というか気付けよ俺。また考え込んで、自分の世界に籠っちゃってたのか…?
「まあ…仕方ない。とりあえず、ローナも起こして……」
「………」
「ど、どうしたのアンシア。何かあった?」
「…いえ。平気…です」
アンシアが少し、しょんぼりしているようだった。さっきの今で、どうしたというのか。
俺はこの姿を見て、なぜだか同時に、マリーにジト目で睨まれている錯覚を覚えた。
と、とにかく準備しよう。




