世界からの要求4
商業というのは、本来は勝手に回るべきものであり…その一方で、管理が無ければ、時には崩壊してしまうものでもある。
詳しい話は置いておくとして…、普通は、需要と供給さえあれば、どんなものでも商売になる。商売人は、それを見つけ出して、お客さんと、お互いに得をする取引をする訳だ。
そんな協力関係を忘れなければ、商売人は物資を流通させ、世界にとっての血の役割を果たす重要な仕事だ。
しかし、そう上手くいかない事もある。
物資を独占し、過剰に儲けようとしたり、悪意が無くても、資金が足りなくなり、物価を上げる事で対応しようとしたり…。
様々な理由で、時には物流が滞ってしまう。
そうした事態にならないように、関与するのが政治側だ。
異常な価格での流通を制限したり、商売人たちに、共通のルールを設ける。それを守る事で、正常な流通を維持し、国全体に、豊富な資源が行き渡るように調整するんだ。
これは、様々な時代や政治背景によって、国がやっていたり、商会ギルドがやっていたりする。
さて、この政治の部分、適当な事をしていい訳が無い。当然だ。
しかし…この国ではその調整機関に、正しく対応できる人間が、存在しなくなっていた。
この国も、以前はもっと、村や町の行き来が多かったらしい。国への意見なども受け付けられていて、今より豊かだったそうだ。
しかし、その意見に対して、判断の付かない人間が、対応をし始めてしまった。
物価が高くて、村民が物を買えない。逆に、適正な価格では売れず、商売が成り立たない。
少しずつ、問題が発生した。
そんな問題や、何とかして欲しいという意見に対して、何の知識もなく、それを調整する立場になってしまった人間が…あろうことか、それらに対応をしてしまったのだ。
その人物は、悪い人間という訳では無く、何とかしないといけない…そう思っての行動だったらしい。
しかし、やってしまったのは、最悪の対処療法だった。
意見に対し、国の力で、解決するように物価を操作したのだ。
ここではもっと高い値段が正常、ここはもっと低い値段に…おかしいのだから、直せばいいだけ。そんなシンプルな命令が下った。そして…それが通ってしまった。
そんな指令だけで、ホイホイ物価が調整できるとは、なんともすごいと思った。しかし問題は、その管理を、国単位で出来ていなかった事だ。
物価の変化というのは、何かしらの要因や、人の意志が無ければ発生しない。
それを無視して、物価を操作したところで、結局どんどんおかしくなる。その上、その操作している中枢が、それを管理しきれなくなったらどうなる?
そう、もう収拾はつかない。国内の物価は滅茶苦茶だった。
そんな状況にも関わらず、なおも人材が宛がわれる事は無かった。その頃、魔族との諍いがあり、それどころでは無かったのだ。
それでも何とか、事態を収めようとした。そうして出来たのが今現在の、交流が途絶え、物価がおかしくなった状況だ。小さな村や町という範囲で、物価が完結するように制限をかけたのだ。
…そして、話はここで終わらない。
当然ながら、そんな事をして、物流が回るはずはない。当たり前すぎる程当たり前だ。
そこで今度は、それを解決するため…国が、無理やり物流を回し始めた。この頃には、魔族との対立が一時的な収まりを見せ、人手が出来始めたのだ。
どうしても仕入れが成り立たなくなった地域には、国から地竜便が出たりもした。俺たちの村が、まさにそうだ。
他に、異常となり、明らかに売れない状況に陥った店の商品を、国の人間が買いに行ったりもしているらしい。
そういう信じられない状況で、今この国は動いているんだ。
…力技にもほどがある。
というか信じられない。信じたくない現実だ。自分で脳内整理していて、なんだこの糞みたいな妄想はと思ってしまう。
聞き間違いじゃないよな…?
本当にこれで、たった今この国の流通が、回っているんだよな…?
はっきり言って、何かの奇跡だ。
そして、この現状は、自然に解決するものでは無い。さらにこの国には、物流や商業の基礎を知っている人間すら、今も居ないままらしい…。
運が悪かったのか、知識を持つ人間が、途絶えてしまっているんだ。
つまりこれこそが、俺の呼ばれた理由…。この途絶えた知識を、補完できる可能性のある人材が必要だったんだ。
…いやいや。
俺だってそりゃあ、元居た世界の環境で店長やってたんだ。その手の知識は持っている。
でもあくまで、俺は商売人側だ。政治側の人間が、実際に何をしていたか体験した訳じゃないし、そもそもこの世界の現状を打開するには、そんな知識だけじゃ意味が無い。
女王様は、俺にすべてを丸投げするようなつもりは無いようだった。依頼されたのは、あくまで俺の知る限りの知識を、ここの人間へと伝える事。要するに、指導役だ。
しかしそれでも、協力するとなれば、この件に関わる事に変わりは無い。
そもそも、チェーンストアの方はどうなる? ただでさえ、時間が足りていないというのに。でも、だからと言って、この国の状況を放っておいて、果たしてチェーンストアは今後、成り立つのか?
頭の中で、何度も考えを否定しては、様々な要素を踏まえて答えを探す。
「翔さん…」
「ああ…とりあえず、部屋へ行こうか」
今日の所は、ひとまず客室に泊めてもらう事になっていた。
アンシアと共に席を立ち、ひとまず移動の準備にかかる。ローナは…完全に寝ているな。仕方ない、おぶって連れて行こう。
「翔」
「…なに、メル?」
「我には任せる事しか出来ないが…後悔せん様に決めるんじゃ」
「…了解」
また制約とかで、話せないって事か。でも、そんな中メルが、わざわざ後悔するなと俺に言った。
まさかでも何でも無く…ここでの選択が、未来に大きく関係して来るって事か。
その日俺は、ベッドに入った後も、ずっと考え続けていた。
そもそもの目的を、改めて見つめ直した。
俺の目的は、あの絶望の未来を回避することだ。今の俺には戦える力が無いから、自分にできる事…商売で、あの夢の勇者を助けようと思った。
俺の行いによる影響かは不明だが、実際未来の様子は、少しだけ良くなっている。
つまり、チェーンストアの展開を急げば、勇者…カインの助けになると、決まっている訳では無い。
現状をしっかり見据えた時、俺がやるべきは何だ…?
俺はこの世界から、何を求められている?
そのまま、俺はいつの間にか眠りに落ちた。




