表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/218

初めての、休日と魔術

 しばらく間が空き、申し訳ありませんでした。

 可能な限り定期的に投稿できるよう頑張ります。

 俺は今、久しぶりの休日を過ごしていた。

 マリーの店へ顔を出すようになってからは、初めての休日だ。

 急ぎでお金を作らなきゃと言っていたのに、何で休んでいるのかって?

 その経緯はこうだ。


 事の始まりは、先日の勉強会の日まで遡る。

 二日連続でほぼ寝ていないマリーは、完全にグロッキーとなっていた。

「お願いっ……もう、寝かせて……くださっ……」

「そんなこと言わないでよ。あと少しだけだから!」

 うん、まあ……原因は俺だ。正直やりすぎた。

 俺は夜中まで働くことも多かったし、慣れている。

 でもマリーは違う。

 娯楽もほとんど無いようだし、夜更かしなんてあまりしたこと無かっただろう。

「っ……。あふぅ……」

「よし、じゃあこれで終わり!」

「あ……やっと、寝れます……」

「朝日が眩しいねー。そろそろ仕事の準備かな」

「ええっ!?」

 マリーはショックを受けた様子で、顔を青くしている。

 さすがに徹夜はやりすぎたな。どうしようか……そうだ。

「じゃあ、マリーは今日お休みにしなよ!」

「は……? お休みって……」

「お休みはお休みだよ。今日は俺だけでお店開いてくるからさ。マリーはゆっくり休んでるといいよ」

「い、いやいや。そんなわけにはいきません。なんというか、色々問題が……あっ」

 立ち上がろうとしたマリーが、ふらりとよろける。俺は慌てて体を支えた。

「ほら、フラフラじゃないか。良いから……よっと!」

「わひゃあ!?」

 俺はマリーをお姫様抱っこで抱え、ベッドへと運ぶ。そして驚き固まっている身体を、やさしく降ろした。

「はい、じゃあお休み」

「え、ちょ、ちょっと……」

 起き上がろうとするマリーを押しとどめると、限界だったのか、抵抗しつつもゆっくりと力が抜けていく。ほどなくマリーは、静かに寝息を立て始めた。

「任せときなって……。今日は昨日よりもでかい成果を上げてくるからさ」

 俺は疲れて眠るマリーにそんな声をかけて、その日は一人で市場へ向かった。ちなみにその日の成果は無しだった。

 マリーが寝ていてよかった。正直超恥ずかしい。


 そんなことがあったのが昨日の話。そして今日の朝、俺はマリーに呼び止められた。

「今日は、お兄さんがお休みしてください」

「……え? いや、いいよ。特に疲れてもいないし、今店が大事なところで」

「昨日私が休んだんですから、今日はお兄さんの番です。大丈夫ですよ。他でもない、お兄さんのおかげで、今やっていることは大体理解しましたからね。ええ、お兄さんの、お・か・げで」

 その後もしばらく押し問答を続けたけど、結局押し切られてしまった。俺もやりすぎてしまって悪かったけど、強気に来られて言いくるめられてしまった。

 最初に比べて、ずいぶんと遠慮が無くなったよなあ……。


 そんなわけで今に至り、俺が唐突にできた休みをどう過ごしているかというと……。

「そう、魔力の塊、力の塊をイメージするんだ……」

 俺はいつもマキ割りをしている少し開けた場所で、大きな木に登り、枝の上に立っていた。イメージするのは魔術を放つ自分の姿だ。力の流れを掴み、それを操る。

 感じろ……感じるんだ!

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ……今!

「いでよ! 稲妻あああああああああ!」

 俺は某魔物の子よろしく、全力で叫びながら電撃を出そうと試みた。こんな大きな声でこんなことを叫んでいたら、元の世界なら間違いなく不審者扱いだろう。

 でもここは異世界で、さらに山奥だ。

 恥ずかしがる必要はない。

「……何も、出ないな」

 結果はまあ、わかっていたというか、お察しの通りである。

 いや、もしかするとこんな風に、心から信じることができていないのが問題なのかもしれない。

 俺は今一度、意識を集中するために深呼吸し、視線を下に降ろした。

 ……そして、悲しい物を見る目をしたマリーを発見した。

 お願い……そんな目で見ないでお願い。


 俺はとりあえず、無言で木から降りた。

「お兄さん、その……色々困るので、できれば奇行を私に見せるのは、止めてくれませんか」

 見せようとなんか一切していない。むしろマリーの方こそ、わざとこういう場面に遭遇しに来ているのではないかとすら思う。

 もしそうなら止めてほしい……。

「……ごめんなさい」

 なんとも居たたまれなくて、なぜか俺の方が謝ってしまった。

「えっと、とりあえずおかえり。お仕事お疲れ様」

「あ、はい。ただ今戻りました。……ところでお兄さん、さっきの奇行についてなんですけど」

 それを蒸し返していくのは、できれば勘弁してほしい。また恥ずか死にしたくなってきてしまう。

「う、うん」

「お兄さん、魔術が使いたいんですか?」

「そうだね。できることなら使いたいかな」

 せっかく異世界まで来たのに、残念ながら、未だそれっぽい特別な力を使う事は叶っていない。

 本当に全く力を得られない、知識チート召喚かもしれないと、先日考えはした。

 でもやっぱり、気とか、魔力とかそういう物を自在に操り、すごい力を使ってみたい。

「ふうん……。そういうものですか」

「うん。こんなに魔術とかを使いたがるのって、普通と違うの?」

「まあ、そりゃあ……ほとんど誰でも、ある程度は使えるものですし」

「え、そうなの? 前に聞いた魔術師とか、そういう一部の人たちしか使えないわけじゃないんだ」

「ええ、まあ同じ使えるでも、質が全く違いますから」

 ほとんどの人が走るくらいならできるけど、プロレベルでは走れない、みたいなものだろうか。

「へえ……ほとんどってどのくらいなの?」

「ほとんどはほとんどですよ。と言うか私も使えますし」

「え! マリーも使えるの!?」

「何驚いてるんです。普段から使ってましたよ。かまどに火を点けるときとか」

「全然気が付かなかった……」

 言われてみれば、料理は任せきりだったし、お風呂もないから自分が用意したマキに火を点けたことはなかった。マッチとかも見かけない。

 キッチンで火を点けるのなんて、ガスコンロやらHIやらで一瞬が当たり前だったし、全然気にしていなかったな。

「試してみます?」

「え、試すって?」

「魔術、使えるか試してみますか? まあ多分無理だと」

「やる! 何俺も使えるの!? やる!」

「いや多分無理……まあいいです。とりあえずやってみましょう。まあまずはご飯にしますね」

「わかった! あ、料理手伝うことあるかな!」

「なんて現金な……」

 そんなことを話しながら、俺たちはひとまず家へと戻っていった。


 食事をおいしく頂き、その日の夜、俺はマリーと向き合っていた。

「……気持ちはわかりましたから、落ち着いてください」

「え? ちゃんと椅子に座って待ってるじゃない!」

「いや、もう体の揺れとかがすごくて、色々だだ漏れ……まあいいです。とりあえず、これ、はめてみて下さい」

 マリーはそう言うと、小さな宝石が付いた指輪を俺に差し出してきた。

「はめました! はめました!」

「……」

 マリーは引いたような、何とも言えないような表情をして黙り込んでしまう。

 もう子供っぽいとか、大人げないとかどう思われても良いから、早く続けてくれ。

「えっと、まあそれで準備は完了です。あとはやってみるだけですよ」

「やってみるだけと言われても、何をどうするのか全く知らないんだけど」

「さっき魔術を使おうと色々イメージして、試してましたよね? 基本はそれでいいんですよ。口で言うものじゃないですから。その指輪は、魔力の流れとか、その運用を導いてくれるものです。まあ、最初は助けになっても、慣れてしまえば出力も出しづらくて、かえって邪魔になる物なんですけどね」

 うーん?

 自転車の補助輪、みたいなものと考えればいいのだろうか。

 最初は助けになっても、後々はスムーズに曲がったり、車体を傾けたりするのに邪魔になる。

 でも、決まった呪文があるとか、そういうものではないんだな。

「なら、やってみる」

 俺は、気持ちを落ち着け、しっかりと息を吸い込む。

「あ、あの恥ずかしい大声は出さないでくださいね。見ていて居たたまれないので」

 ついに口に出して言われた!

「わ、わかってるよ……」

 俺はもう一度深呼吸し、意識を集中させる。

 すると、先ほど木の上で魔術を使おうとした時と違い、自分の中に何か、パイプのようなものを感じた。

 血管の様に身体に存在するようで、存在しない不思議な感覚だ。

 しかし、パイプのような物は感じ取れるが、その中を通る物が全く感じられない。この感覚が正しいなら、ここに魔力的な何かを流し込めば、魔術が使えるんだと思う。でも、その力が通っている気がしなかった。

 血管に血が通っていないような……想像したら怖くなてしまった。

「ぷはあ!」

 どうも意識を集中するあまり、息を止めてしまっていたらしい。

 俺は呼吸を整えながら、困り顔でマリーに尋ねる。

「な、何かこう……何も出る気がしないんだけど…?」

「まあ、そうでしょうね」

「そうでしょうねって、最初からできないってわかってたの?」

「ちゃんと多分無理だって言ったじゃないですか……。仕事の話するときはあんなに理性的なのに、その時々意味の分からないテンションになるの、止めて下さいよ」

「え、はい。気を付けます」

「それで、無理な理由なんですけど、多分お兄さん、魔力がほぼ0なんですよ」

「魔力が、ない……?」

「はい、全然感じられません。正確なところは、私は専門家じゃないのでわかりませんよ。でも、明らかに魔力が無いです。あったとしても小さいものです」

 マリーはそう言って、俺の手を握ってくる。

 普通は身体に触れれば、相手の魔力がわかったりするものなのだろうか。にしても、誰でも魔術が使える世界らしいのに、魔力が俺には無いなんて……。

 これはあれだろうか。異世界でよくある、幼い頃に魔術を使いまくっておくと、魔力総量が伸びる的なあれだろうか。そして俺は、転生じゃなくて転移者だから、当然幼い頃に魔術を使ったりはしていない。

「と言っても、全くないってことは無いと思うんですよね。初めてお会いしたとき、魔力欠乏の症状で倒れてましたし」

「え、最初全然身体が動かなかったのって、そういう理由だったの?」

「多分そうですよ。症状が魔力欠乏そのものでしたし、身体全体が真っ青でしたよ」

 あの時は自分の身体を注意して見る余裕もなかったけど、そんなことになっていたんだな。

「結局俺は魔術を使うことができるの? できないの?」

「持っている魔力に見合ったものなら、使えると思いますけど……。ちなみにお兄さん、今はどんな魔術を使おうとしていたんです?」

「え、それは普通に、こう稲妻がどがしゃーんと」

「なんで家の中でそんな魔術出そうとしてるんですか!」

「そうだね! すみません!」

「まったく……。それにしても、雷が好きなんですか? さっき試していたのも、そうでしたよね?」

「まあ、そんなところ」

 特に個人的に、雷系の魔術が好きだというわけでは無かった。

 でも、ここへ来てから見ているあの夢で、勇者が使っている技が雷なんだよな。それでなんとなく、魔術を試そうって時に雷系が浮かんだんだ。

「なら、静電気でも思い浮かべてみて下さい」

「静電気か……」

「はい、極々微小のを。ほんのすこーし、パリッとするイメージです」

「よし……」

 俺は、再び意識を集中させる。指輪が案内してくれる魔力の管に、力を通すイメージだ。

 ……しかし、しばらく試しても、上手くいかない。数十分は粘って、無理なのかとあきらめかけたその時、唐突に手に小さな痛みが走った。

「ひゃ!?」

 マリーがビクリと手を引っ込める。

「やった! せいこぅ……だ……」

 とうとう魔術を使うことができたのかと思い、内心かなり喜んでいた俺。しかしそれとは裏腹に、身体がとてつもない倦怠感に襲われていた。

 これは、まさか……。

「あー、やっぱりこうなりますか」

「え……」

「さっきも言った通り、お兄さんはほとんど魔力が無いんです。それなのに、こうして魔術を使えば、そりゃあまた魔力欠乏になりますよ」

 まじか?

 あんな、日常生活や、科学の知識で起こせるようなものを起こしただけで、俺はこんな風に倒れてしまうっていうのか?

 そんなのって、ないだろう……?

「まあ、今日はもう寝るだけですし、ゆっくり休んでください。おやすみなさい、お兄さん」

 こうして、俺の記念すべき魔術デビューは、なんともしょっぱい結果で幕を閉じたのだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ