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黄色の王都9

 カインは、ここで初めて、一瞬だけ笑顔以外を見せた。困惑した様な、呆けた様な表情だ。

「か…代わると言うのは、どう言う…?」

 カインは、何でもない話であるかのように、また笑顔を作って返してくる。

 せっかく俺と言う、普段話せない人間と二人きりなのだから、もっと気を楽にしても良いと思う。しかし、先ほど自分の事を、僕と言いかけていた事と言い、どうにも真面目っぽい。ここまでの印象通り、それが出来ない性格なんだろう。こういう相手に、もっと気楽にしていいよと言っても、返って恐縮させてしまう。

 だから、手の差し伸べ方にコツが必要なんだ。

「全部は無理なのかもしれないけど、今カインが抱えてる事の中で、俺でも出来る事は無い? ちょっと真面目に検討してみよう」

「は…はあ。えと、それはその…」

「どうかな? と言っても、俺の方は魔物の討伐がとか、そういう荒事は引き受けられない。でも、細かい作業とか、何か裏で手を回すような事を、仲間に隠れてこっそりやってるとか…そういうのは無い?」

「い、いえ。そう言った事は」

「本当? 遠慮は無しだよ」

「ええ…と…はい。本当に、そんな…抱え込んでいる訳ではありませんので」

「…」

「…」

「…そうか! じゃあもし、今後何かあったら頼って来て」

「あ、ありがとうございます…?」

「それなら、とりあえず近況でも伝えておくよ。こういう時、携帯電話があると良いんだけどね」

「懐かしいですね」

「俺の拠点は、今のところカインに助けられたあの村で―――」

 今日のところは、これでいい。

 何がこれでいいのかと、大抵の人には疑問に思われるだろう。確かに実際には、何の解決もしていない。助けになりたいと申し出て、しかしそれは成立せず、断られて終わってしまった。

 でも、これは一つの決まり事みたいなものを守った結果なんだ。

 それは、頑張りすぎて、心労を抱えやすいタイプの人間に対して、その人がわかっている事を言わない。この一点にある。

 今の彼は、例の夢でかなり辛い思いをしているはずだ。でも、それを表には出さないようにしている。

 逆に言えば、まだ自力で踏ん張れているんだ。だから、端的に言って…そのまま頑張らせればいい。頑張り続ける事が、出来るようにしてやればいいんだ。

 無理に応援するのでも、頑張っている事を認めてあげるのでもない。ただそっと、彼自身が一人では無理だと思った時、助けになる存在が、ここにも居ると伝えておけばいい。

 なぜなら、俺はカインにとって、数少ない共通点を持つ異世界人ではあっても、まだほとんど交流が無いからだ。

 その人自身が信頼していない人間に、考えを支持されたり、まして指摘されたりするのは、相手に負担となる場合が多い。色々と抱え込みそうな彼なら、なおさらだ。

 だから、今出来るのはここまで。

 彼が自分でやるんだと思っているうちは、頑張れると信じてやるしかない。俺と言うちょっとした逃げ道がある事で、何かを抱えた時、上手く立ち回れるなら、御の字と言う奴だ。

 この会話をした事で、彼の中にほんの少し、心の余裕がこの先増えるかもしれない。そうなるのを、俺は願ってる。

 もっとも、本当に心の中の助け舟として、諦観しているつもりは無いんだけどね。


 この後は、他愛のない事も話した。

 例えば、この世界での不思議なアイテムや、魔術の話。カインの方は、俺と違って魔術を駆使し、それはそれは様々な冒険をしているみたいだ。

 次に、どうにも元の世界の色が濃い、この世界では珍しいと言う品々の話。なんと、以前イエローに見せて貰ったうちのいくつかは、彼が知識の出どころの様だった。しかし、イエローという人物自体は、知らない人のはずとの事だ。ここも、繋がっていてくれるとよかったんだけどな。

 いや、イエローも偽名くさいし、まだわからない…? まあ、それこそ、考えてもわかるはずないよな。

 というか、そういう知識の提供とか、どういう経緯でやったのかは知らないけど、やっぱり色々抱えてそうだなあ彼は…。

 それから、彼の年齢だ。今の年齢は、どんぴしゃでマリーと同い年らしい。転生という事だったので、以前の歳も聞いてみたら、なんと合計で俺より年上だった。しかし、今の俺くらいの歳になった事は無いからと、俺たちのスタンスはこのまま行く事となった。

 もう…本当おっさんだよな…俺…。

 正直、実感して少し落ち込んだ。


 そんなこんなで、話を続けて…。

「やっぱりカインも、守りたいヒロインみたいな子が居たりするの?」

「えっいや…ま、まあ一応」

 そう言ってカインは、困った様子で自身の小指を見つめていた。

 なんとも初々しい反応だ。でも、なぜ小指なのだろう。

 薬指に指輪をはめていて、とかならわかるけど…。そういえば、小指と言えば、ずっと気になってる事があったな。どうもマリーは、俺に知って欲しくないみたいだったけど…。

 正直、知りたい。

 ここには、珍しく俺しか居ないし、この際…聞いてみてしまおうか? それで、まだ知らないふりでもしていれば、とりあえず問題はないはずだ。

「ねえ。ちょっと聞きたいんだけど、その小指…というか、指切りに、何か特別な意味があったりするの?」

「えっ!?」

 えっ、て…本当に約束をする以外の意味でもあるのか。

「いや、実は俺の知り合いに、安易な指切りは禁止って言われててね。でも知らなくていいって言って、理由を教えてくれないんだよ。よかったら、教えてくれないか」

「あー…な、なるほど。それは、俺が教えてしまっても良い…んでしょうか」

「俺もいい加減気になるし、不味そうなら、知らなかった事にするからさ」

「…わかりました。知ろうと思えば、多分誰でも知れる事ですしね」

 よしやった。これでちょっとした疑問が一つ解消だ。

「この世界ではご存じの通り、物が正常に行き渡らなくなっているらしいんです。貧しい村や集落も多くて…でも、ちょっとどうにも出来ない状態にあります」

「うん」

「それが、結構続いているらしいんです。ここまで国中が貧困になる前から、ちょっとずつ貧しい人は増えていたようで」

 うーん。今のところ少し、違う話のようだけど…?

「あ、それでですね。この世界にも、その…愛の…告白とかする時、送り物をする習慣があったみたいなんですよ」

「…うん」

 あ、何か嫌な予感がしてきた。

「でも、それがだんだん、誰でも出来る様な状態では無くなってきて…一つの誓いが、替わりに広まったそうなんです。その頃はまだ、多少村々の行き来もあったみたいで」

「こ、この話が今出て来るって事は…その…」

「は、はい。貴方の事を、一生かけて守り抜くと言う約束…そういう意味で、指切りが使われていたりしますね」

「―――――――」

 声にならない声が喉から出た気がした。

 実はこれ、知らずにやってしまった女の子がいてーなどと、カインがテレながら話してくれているが、今現在、俺はそれどころでは無い。そんなラブコメが始まりそうな程度なら、問題無かろうと言える。

 なぜなら、俺ことおっさん、何やってんのと言う状態だからだ。

 待て待て…まず、マリーでしょ。アンシアに…ローナもしてるよね? ローナは歳的には良いとして他二人は問題ありすぎる。

 い、いやいや、良く考えよう。…逆じゃないか?

 当時の状況からして、多分だけど、マリーとアンシアは、俺が指切りの意味を知らないと知っている。その上で、一緒に過ごしている…はずだ。うん、実際知らなくていいんですよって言われてたしな。

 なら不味いのは、ローナの方ではないだろうか?

 下手すると、今現在俺はローナにプロポーズして、でもその後ほったらかしという状態なのでは…?

 ああ…でも、そう考えると合点の良く記憶が多すぎる。やばいやばいやばいやばい。


 そんな事を、混乱しながら考えていた時だった。

 部屋の扉が、控えめにノックされた。誰…というか一人しかいないよね!

「翔…さん。ただ今、戻りました」

 やっぱりアンシアだ。そういえばそろそろ、宿に戻ってきてもおかしくない。

 となると…!

「カ、カイン!」

 俺は声を潜めて呼びかけた。

「あ、はい」

「すまない。連れが戻ってきた。また、機会があれば会おう。まだ、この町に居る?」

「すみません。実は、明日の朝にはここを発ってしまうんです。実は、元々寄る予定も無かったんですけど、リアさんが…あ、知り合いがどうしてもと」

「ぐ、そ、それは…仕方ないか。じゃあまたいつか!」

「はい」

「という訳でカイン、窓から速やかに脱出してくれ」

「え、え…? ここ3階…」

「すまない。ばれないうちにさあ速く! 身体強化とか使えちゃうんでしょ?」

 その羨ましい力で脱出してほら!

「た、確かに使えますし平気でしょうけど…わ、わかりました」

 途中から、果たしてアンシアに内緒にする必要はあるのか、と疑問に思ったが…自分でもわからん。そのくらい今混乱中なんだ。

 そうしている間に、カインは軽やかな身のこなしで、窓枠の上へと立つ。

 そうだ。最後に、本来の目的の方を、念押ししておかないと。

「カイン」

「はい?」

「俺の事、忘れないでよ」

 困ったら、必ず助けになるから。それが出来るように、俺はこれから力を付けていく…!

「…はい!」

 このやり取りを最後に、俺は唐突な勇者との出会いを終えた。


 …何と言うのかな。

 今日俺がやった事って、ほら…物語とかでよくある奴だよな。

 主人公が困った時に、いきなりぽっと現れて、何やら意味深な事を言うキャラ。果たしてそいつは、味方か敵か、みたいなあれ。

 自分が若い頃は、ただの都合のいいキャラとか考えてしまった時もあったけど、こうして歳を重ねてみると、色々な事を知る機会があって、今読めば、違う捉え方も出来るのかもしれないな。そのキャラ達も、今日、俺がカインにしたみたいに、たくさん気を使って、その言葉を主人公に伝えたのかもしれない。

 そう…やっぱり、この物語のって考えると、彼こそが主人公って感じだよなあ。

 俺なんかは、その途中で出てくるサブキャラが精々の立ち位置だ。

 正直、羨ましくはある。何せ恥ずかしながら、この歳で未だに、勇者に憧れてたりするしね。

 でも…それでも、やっぱり俺の人生では、主人公は俺自身だ。だから、またしばらく会えなくても、サブキャラはサブキャラなりに、精一杯やってやる。

 魔物やその親玉を討伐する様な、わかりやすい成果は挙げられなくても。

 俺は俺に出来る事で、世界を救う力になっていく!


 この日は俺にとって、改めて強く決意を固めた、とても大事な日になった。

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