黄色の王都8
こういう時は、どこか洒落たバーにでも…と考えた俺だが、当然この町の事には詳しくない。
そして、これからするであろう、誰かに聞かれては困る話を、どこかの路地裏でする訳にもいかない。
そんな訳で、俺はイナズマを引き連れ、自分の宿へと戻って来ていた。
「あー…初めまして、でいいですかね」
社会人の性か、とりあえず敬語で入ってしまう。
「はい。以前お会いした時は、碌に挨拶も出来ず、申し訳ありませんでした」
「いやいや、そんな。イナズマさんが来てくれなかったら、あの時俺たちはどうなっていたか。ずっとお礼を言いたかったんです。本当に、ありがとうございました」
「そんな、畏まらないでください。僕…じゃなかった。俺の方が、年下ですし、大した人間でもありませんから」
「それでも、ありがとう。おかげで、マリー達…俺の知り合いたちも、元気にしてるよ」
落としどころとしては、こんな感じだろうか。
なんとも、久しぶりの感覚。とある文化特有の、初対面の相手への敬語を使ったやり取りと、それを崩す言葉のキャッチボール。
おそらく、間違いない。
「…そうです。改めて、自己紹介させてください」
「ああ」
「イナズマと言うのは、いわゆる通名で、本当の名前…は、カインと言います。俺も、是非あなたと話をしたかったんです」
「そうだったんだ。俺は上木 翔です。この世界では、苗字をあまり聞かないし、翔って呼んで」
「はい、わかりました」
苗字についての言及に、全く驚いた様子が無い。
「その反応って事は、カインはやっぱり…」
「翔さんも、やっぱりそうですよね」
「ああ、別の世界から来た」
「はい」
そうだろうとは思っていた。
この世界、色々な固有名称を聞くけど、イナズマだけ妙に違和感があった。
それに、彼はあの夢の中心人物だ。それでなくても、神様や世界に関わる話が出来る相手だと思っていた。
これは本当に嬉しい。
その手の話や、今後についての対策を、これからはよりしっかり出来るようになる。何よりも一番欲しかった伝手だ。
「ええと…いや、いざとなると、何を話せばいいのか迷うね。急だったし」
「そうですね」
そう言って、イナズマことカインは、愛想よく笑う。
そう…とても愛想よく笑っているんだ。そして、俺はこれをよく知っている。
一番心配していた事が、事実起こっているのかもしれない。最初に…そこを切り出してみるか。
「夢…」
「っ」
「みたいな話だよね。こんな異世界への転移とか、転生とか。そっちはどう?」
「あ、ああ…そうですね。本当、今でこそもう慣れたものですが、最初は驚きました」
一瞬…一瞬だけど、カインが息を飲んだ気がした。
俺が気に掛けているのは、あの夢の事だ。
勇者…目の前に居る彼が、暗い塊と激しくぶつかるあの夢。そしてその中で、勇者はボロボロになり…息絶える。
それを俺は、この世界に来た時からずっと見せられている。
しかし、一つ疑問があった。
あの夢は、この世界の神々が、共通で見ている未来視だとメルから聞いている。となると、俺なんかより、よほど中心となっている…神の加護を受けているはずの彼も、同じ夢を見ているのではないか。
そして、そうだとするなら…それはとてつもない地獄だ。
他人事として見ていた俺ですら、この世界に来てしばらくは、寝るたびに気分が悪くなっていた。今でも、上手くやり過ごしてるだけで、正直…辛い。
これがもし、自分の未来の話となったら?
毎晩毎晩、寝るたびに自分が死ぬ未来を見せつけられて…。さらにそれを、俺みたいな横からの映像で無く、本人として見ていたら? 苦しみまで実際に味わっていたら…?
考えるだけで、どうにかなってしまいそうになる。
杞憂かもしれない。けれど、どこか無理しているこの感じ。俺は元の世界で、これをよく目にしていた。悩みの重さがまるで違うが、真面目なやつほど、しっかり踏ん張って、こういう無理をしていた。
…よし。
「まあ、せっかく出会ったんだ。これからは、色々協力させてほしい」
「ありがとうございます。心強いです」
「何か今、さしあたって出来る事はあるかな? と言っても、俺に出来る事なんて、今はたかが知れてるんだけどね」
「大丈夫です。これは、俺がやらなければいけない事ですから」
「そうか…」
こいつは…結構思いつめてる…か?
そもそも、もし本当に彼も夢を見ているなら、当然あの、闇落ちしてしまったような状態もわかっているだろう。そうなると、ますますしっかりしなきゃと、頑張りすぎている可能性がある。
周りにケアしてくれる人が居ればいいけど、さっき一緒に居た仲間らしいメンバーは、彼と同い年くらいの子たちだった。もしかしたら、気付いてあげられる大人が、彼の周りには居ないかもしれない。
でもだからと言って、俺がでしゃばって悩みを聞きだし、それはこうするべきだよ…なんて言葉を掛けても駄目だ。
俺はカインとさっき出会ったばかりで、彼の信頼なんて勝ち得ていない。こういうのは、誰が言うかも重要だ。そして、ケアの仕方と言うのは、一辺倒ではいけない。人によって、悩む方向性も、励まし方も違う。中には、励ますと負担になる様な人間もいる。
…と、これも店長の集会とかで覚えた。
いや本当、現代のチェーンストアの店長って…なんなんだ…。
まあでも、それがまた、こうして役に立つかもしれないんだから、何でも知っておくべきってのは、本当だな…。
「カイン。もし可能ならだけど…そのやらないといけない事、俺が代わってあげられないかな」
「…え?」
さて、少々メンタルケアの真似事でもしてみましょうか。




