黄色の王都5
どうして…。
「あ、あのっ…ちょっとこの試験、待って貰えませんか!」
俺は、慌てて騎士さんに声を掛ける。
「なぜでしょうか」
「なぜって…アンシアは女の子で、まだ…と、とにかくなんとか!」
「心配…なさっているようですが、おそらく大丈夫でしょう。それに、お連れの彼女自身が、希望された事ですので」
大丈夫って…。
それは…確かに、アンシアは俺よりも強いはずだ。だからと言って、こんな所で、わざわざ自分から魔物と戦うなんて。
そんなの…アンシアがする必要ないはずだ。
そう思うのに、今は身体がいう事を聞かない。
「翔」
「…メル」
メルは、アンシアがこうするつもりだって、知ってたのか?
俺は、言外にそう訴えた。
「翔、お主は何と言うか…変なところが下手じゃな」
下手…?
何の話だろうか。今聞きたいのは、そんな事では無いのに。
「いいから、アンシアの事を見ておれ。お主はもっと、他人に甘えた方が良い」
「え…」
どういう事かと考え始めたその時、大きな衝突音が響いた。
しまった…。何よりもまず、アンシアを止めないといけなかったのに!
慌てて視線を向けると、魔物の腕が、巨大な岩の塊へと打ち込まれていた。
いつか見た光景と重なる。このまま岩が砕かれて、またアンシアごと、吹き飛ばされてしまうのではないか。
自分が向かい合っていた時の方が、何倍もマシだった。心臓が潰れそうだ。
引き続き打ち付けられる魔物の攻撃。岩にもヒビが入ってきている。もう気が気では無い。
…でも、これは。
アンシアは、あの時とは違い、もう次の動きに入っていた。
岩のおかげで、魔物から死角になっているうちに、手をかざしながら、右前方へと走り出している。
次の魔術の準備だろうか。
そうこうしているうちに、いとも簡単に岩が砕かれた。それに合わせるように、アンシアが走る方向を変える。なんと、魔物の方へと向かい始めた。
同時に、魔物もアンシアを目で捉え、わかりやすく突っ込んでくる。
次の瞬間、二つの岩が地面からせりあがった。
片方は、魔物の背後から、そしてもう一つは、アンシア自身の足元から。その両方が、それぞれの対象に衝突し、双方に加速が掛かる。
アンシアはそれを利用し、おそらく思い通りに、魔物の足元をすり抜け、通り過ぎていく。
一方の魔物は、後ろから岩をぶつけられ、意図しない勢いが付いてしまった。ぐらりとその巨体がよろめく。
すごい…。俺は、あれだけ時間をかけても、これを成し遂げられなかったのに…。
その後もアンシアは、小さな身体で素早く動き回り、魔物と対峙し続けた。
圧倒的な力に対して、正面からではなく、上手くそれを利用する戦い方。それはまさに、俺が描いていた形そのものだった。
その冷静で、繊細な戦い方に、ほんの少し安堵する。
でも、やはり悔しさもあった。
アンシアにこんな事をさせてしまっているのもそうだし、純粋に、自分にもあんな力があればと思った。
さっき、彼女は俺と同じだと言った。
それは、俺と同じように、世界を救う為出来る事をしたいと言う意味だろうか。
そうでは無く、あの事件の時、皆を守れなくて、悔しかった事だろうか。
俺には思いつかない、他の事を指しているのかもしれない。
しかし、そのどれであっても、そこにはアンシア自身の、しっかりとした意志がある。
初めて会った時は、俺と普通に話すだけで怖がっていた。でも今日は、自分で初対面の相手に話しかけ、ああして俺に出来ない事をやっている。
あそこに立っていると言うのは、そういう事だ。
ここ一年の店での経験も、少しはアンシアの糧になったのだろうか。もしそうなら、嬉しい…かな。
…しかしこうして見ていると、あの魔物が、どれほど強いのか思い知らされる。
アンシアは上手く立ち回っているし、確かに魔物を翻弄している。動きは単調で大きいし、あの様子ならきっと大丈夫だ。
でもだからと言って、アンシアが優勢という訳では無い。
アンシアお得意の、土系統の魔術は、もう幾度となく魔物にヒットしている。にも関わらず、まるでダメージの入った様子が無い。
当たっても、人間同士が相手を腕で押したような、そんな程度の様に見える。当然、傷などが付いた様子は全く無い。
これは…どんなに上手くいっても、俺は無理だったな…。
「…!」
アンシアの前髪が跳ね、一瞬だけ顔が見えた。眉が上がり、真剣な表情…普段の彼女とは全然違う。
あんな表情もするんだな…。
心の片隅で、わかってはいた。マリーだけじゃ無く、アンシアも、もう立派に自分の脚で立っている。
俺の世界なら、まだ学生で、ただただ楽しい事だけやっていても良い歳の子たちなのに。
頭では、ちゃんと二人とも一人前として扱っているつもりだ。でもやっぱり、元の世界の基準で考えてしまう。
俺も、変わっていかないといけないな。
もっと、ちゃんと皆を対等に見て、頼る所は頼って、甘えるように…ってめちゃくちゃかっこ悪いな?
情けなくて涙が出そうだ。
「のう、騎士殿。あれはあのまま、どうにもならんよ。もう良かろう?」
「…そうですね」
確かに、このままでは長く戦闘が続くだけだし、そうなればアンシアの体力負けになるのは必至だ。
メル…どうしたんだ。今日はえらく賢いように見えるぞ。
メルと言葉を交わした騎士さんが、闘技場の方へと向かっていく。再び魔物の動きが封じられ、アンシアは無事戦闘を終えた。
そのまま、アンシアはこちらへと帰ってくる。
「アンシア…心配でどうにかなりそうだったよ。…お疲れ様」
「はい…。頑張り…ましたっ」
「うわ…」
先程まで動いていたからだろうか。
普段よりも大きな声、乱れた髪の間から覗く瞳。そして、やわらかく笑った表情が、とてもきれいに見えた。
「うん…すごい。さすがアンシア」
俺がそう声を掛けると、アンシアは何か驚いた表情を見せる。そしてそのまま、こちらへと跳び込んできた。
本当、良く…頑張ったね。
俺はそのまま、しばらくアンシアの頭を撫で続けていた。




