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商売の始まり 商品≠(ノットイコール)現金3

 気が付くと小売業の参考書になりかける。

 気を付けます!

 今回準備した大幅割引セールでの目的は、単純明快、現金を得ることだ。

 この店とマリーの生活を守るために、仕掛ける数々の戦略や商品、それを用意するための現金が欲しい。

 マリーの店は今、商品はあるが現金が無い。これは現状を改善するための、一時的な方策だ。

 これは店が立ち行かなくなる原因としては、割とメジャーなものだ。

 商品さえあれば、店は続けられるし、何とかなる。そう考える人は意外と多い。

 でもそれは、大きな間違いだ。

 そもそも、まだ商品があるから……なんてことを考えないといけなくなるような状態で、店に残っている在庫はどういう物なのか。それは大抵、長い間売れていない物や、需要が無いわけではないけど、定期購入はされない物であることが多い。

 商品はあっても、いつ、どのくらい売れるかわからない。

 売れて現金にならなければ、通貨社会においては日々の食事も、新しい商品も、何もかもが手に入らない。

 商品と現金を同じ価値分だけそれぞれ持っていても、それは決して同じではないんだ。

 そしてそれは、もちろんマリーも理解していた。

 だからこれだけ商品があっても倹約に倹約を重ねていたし、ずいぶん前から値段をやりくりしたりして、売上の向上に努めてきた。

 新作をわかりやすく提示し、売ってお金を作ろうとして来た。

 むしろここまで、なんとかやりくりして見せたのが驚きなくらいだ。でも、とうとうそれが限界を超えた。

 と言っても、その原因は他でもない俺なんだよね……。

 でもだからこそ、俺が何とかしないといけない。

 俺とマリーは、いつも通り店で待ち続ける。やがてその為の、最初の一歩となるお客さんがやってきた。

「いらっしゃいませ!」

「うわっ……、あ、ああ」

 俺の挨拶に、お客さんが少しばかり驚く。この市場では呼び込みとか、大きな声を出す人は少ないし、致し方ない。

 でもこのセールを成功させるには、お客さんと話すきっかけが必要だ。

 その為に、まずは話しやすい印象を与えておかないといけない。

 お客さんの動向を見ながら、しばらく待つ。目論見通り、赤い色の下地であからさまに目立つ商品群を見て、目線が止まる。やがて商品を見ていた目が、スッとこちらに向かって上がる。

 このタイミングだ。

「どうですか? そちらは今だけのサービス品なんですよ」

「うーん、これとか結構いい物に見えるのに、ずいぶん安いな。盗品とかじゃないだろうね?」

「いやあ、まっさか! もしそうなら、もっと高く売りさばきますよ。お客さんの見立て通り、結構いいものですからね」

「でもなあ、そうなるとますます理由がわからないな。値引きされていない物と、遜色ないように見えるよ?」

 このお客さんは、マリーが言っていた目利きのできる人の一人なんだろう。この人の言うとおり、今回俺は、出来の悪い物を値引きの対象にしたわけではなかった。

「お客さんのおっしゃる通り、こちらの安い商品も、他と変わらず良い物ですよ。ここに並んでるのは、悪い物じゃなく、古い物になりますね」

 俺はそう答えながら、さりげなくセールの売り場を手のひらで示す。

「ふうん……」

「えっ」

 何か引っかかる所があったのだろうか、諦観していたマリーがつい思わずといった感じで声を出す。気になるけど、ここは接客を切ってはいけないところだ。

「でも見て下さい。この、ご覧になっていた剣とかどうです? 全然劣化していないでしょう?」

「まあ、そうだな。特に錆びているようにも見えないし、刃こぼれなんかも見当たらん」

「そうですよね。でもこの剣は、作ってから2年は経っているんです。それでこの状態を保っているんですよ」

「2年、か……」

「はい。それもあって、今回限定で何本かだけ、この値段で売っているんです」

「これからも、ずっとこの値段ではないのか?」

「ええ、具体的には秘密ですが、目標分を売ったら、この値段での提供は、おしまいにさせていただきます」

「うーん……」

「ちょうど今日から始めたことでして、お客さんは運がいいですよ」

「お、そうなのか?」

「はい」

「うん、まあ仮に早くぶっ壊れたとして、それでもいい買い物か。兄さん、これ買ってやるよ」

「まいどありがとうございます!」

「はっはっ! 無駄に元気な兄ちゃんだなあ」

「いやあ、そうですかね? あ、ついでにこちらの新作もどうです?」

「おいおい、俺は今買ったばかりだぞ?」

「それもそうですね。じゃあ買って頂いた剣が、お眼鏡に叶ったら、是非次もうちでお願いしますよ。」

「ちゃっかりしてんなあ兄ちゃん!」

 俺はお客さんと豪快に笑いあう。閑散としているこの市場で、非常に目立つ光景だ。今この店だけ、まわりとは違う空気が漂っている。そうなれば、相乗効果も生まれてくる。

「盛り上がってるね。掘り出し物でもあるのかな」

「いらっしゃいませ!」

 騒ぎに誘われて、もう一人店に立ち寄ってくれた。

 結局この人は何も買わなかったけど、こうした積み重ねが大切だ。


 記念すべき最初のお客さんたちを見送り、俺とマリーは一息つく。

「……色々驚きました」

 マリーがこちらを覗き込みながら、そんな風に声をかけてくる。

 マリー、色々って言葉をよく使うな。口癖なのかな?

「色々って?」

「色々は色々です。もう全体的におかしいですよ。例えば……私も常連の人となら、話をしたりもします。でも初めて会った人と、短期間であんなに話をするなんて」

 確かに、ここの市場は静かだ。

 さっきみたいに、ワイワイお客さんと話をしている所なんて、今の所一度も見かけていない。

 でも正直さっきの会話くらい、接客販売では基本なんだよな……。

「マリーも、あれくらいすぐできると思うよ?」

「いや、別にやりたいわけでは無いのですが……。あとはそうです。一番驚いたのは、安売りの剣が、もう作ってから2年経っていると、お客さんに伝えたことです」

「え、何かおかしかったかな」

「おかしいですよ。確かに、普通はあんな風にしないところを、お客さんとあれだけおしゃべりしてましたし、その流れで言うことになってしまったのかもしれません。でもだからって、商品の悪い所をお客さんに言うなんて……」

「……普通言わないの?」

「そりゃあそうですよ。言わなくても良いことを言って、それで買って貰えなくなったらどうするんですか。あ、粗悪品であることを、隠して売るとかそういう事じゃ無いですよ! それじゃあ詐欺です……!」

「顔! 近い近い!」

「す、すいません!」

 ずいぶんと近くなっていた距離が、あいだに人が座れる程度に開いた。

 よほど納得がいかないのか、ずいぶんヒートアップしてるな。

「わかってるよ。作ってから年が経っているからって、手入れは行き届いている。べつにこれといって問題が有るわけじゃない。それなのに、なぜお客さんが買うのをためらうような情報を、話したのかってことでしょう?」

「そうです。自分の所の商品は、ここが悪いですーだなんて、普通は言いません。そんな買う気を削ぐような真似、していたらただのバカです」

「うん、まあそうかもね。聞かれたならまだしも、普通は言わない。さっきの人も、俺が剣を古い物だって言った時、驚いてたし」

「だったらなぜです?」

「それは、今回は普通じゃないから。具体的には、買うために理由が必要だからかな」

「……全然具体的じゃ無いです」

「ええとね。今、この選んだ剣たち、ありえないくらい安く売っているでしょ? 相場とあまりにかけ離れた値段を見るとさ、何か問題があるんじゃないかと考えて、逆にお客さんは買ってくれなくなるものなんだ。ほら、さっきの人だって、理由を気にしていたでしょう?」

「……そりゃあ確かに、私がお客さんでも気になりますよ。こんなありえない値段……。これでも結構長く、この市場で店をやっていますけど、初めて見ますもん」

「そう、だからお客さんが、納得するための理由を与えてあげたんだ。なるほど、ここが悪いのか、それならって納得できるようにね」

「なるほど……。なんで割引にした商品が、古い物ばっかりなのかと思いましたけど、そのためだったんですね。悪くなったものは、私だって値引きして売ってましたけど、どこも悪くない物をここまで安く売るのは心配でした。前に言った通り、値段を戻したときに、買って貰えなくなるのではと思いましたし。なにかしら、とりあえず理由が必要だったというわけですね」

「さすが、理解が早いね。理由を伝えておくことは、値段を戻すときの為にも必要なんだよ。お客さんにも、特別だと理解しておいてもらうんだ。でも、古いからって言うのは、別にでっち上げの理由なんかじゃないよ」

「え? でも、手入れは欠かしていませんし、劣化だって全くしていません。食べ物じゃないんですから、別に古い物だろうと、値引きする理由にはならないはずです」

「いいや、それは違う。もし仮に、魔法で新品の状態が保たれていたとしても、ずっと売れていないって事は、立派な値引きの理由だよ」

「……なんでですか? お父さんの剣は、どれも、とてもいい物です。まさか、長い間売れていないものは出来が悪いって、やっぱり思ってるんじゃないですか?」

 マリーの言葉に少しトゲが混じる。本当、お父さんの武器に誇りを持っているんだな。

「そうじゃないよ。でもね? 勘違いせずに聞いてほしいんだけど、長い間売れないっていうのは、それだけで価値が低いと言えるものなんだ。例え、その商品がどれだけ素晴らしい物であってもね」


 これは現代の店において、そこそこ多くの企業が採用している考え方だ。

 商品と言うのは、出来が良く、素晴らしければ売れるものじゃない。

 例えば需要の問題がある。

 もし、砂漠のど真ん中で、とても品質が良い家電製品を、お値打ち価格で売っていたとする。何かの巡り合わせで、一つ二つ売れることがあったとしても、たくさん売れるなんてことはおそらくないだろう。

 他にも、商品が良質なのに売れない理由なんて、いくらでも存在するんだ。

 つまり、この売れ残りの武器たちも、何かがお客さんの眼鏡にかなわないんだ。だから売れ残っている。


 少しだけ考え込み、マリーは俯きながらつぶやく。

「わからないですよ……。お兄さんのやることは、色々ぜんぶ、変なことばかりです」

 そう、マリーはそんなこと、わかるはずがない。

 こんな寂れた市場しか知らず、学ぶ方法もない。生活が懸かっているんだし、後ろ盾もなく突飛な事をやってみるなんてことも、当然できなかっただろう。

 マリーだって、知識さえあれば、一人でも十分店を繁盛させることができたはずなんだ。

「そうだよね。一日も無駄にできないと思って、碌に説明もできずに始めちゃったけど、きちんと説明するべきだった。ごめんね」

「……お兄さん」

「でもこれだけは信じてほしい。俺はストスさんの武器好きだよ。例えばこの剣とかさ! スラッとしてかっこいいよね!」

 マリーはポカンとした表情になると、続いてふふっと噴き出した。

「なんですかーそれ? 勇者に憧れる子供じゃあるまいし」

「えーダメかな? はあああああ瞬刃剣!」

 俺は剣を持ってガバリと立ち上がり、好きなゲームの必殺剣のものまねをやって見せた。もっとも実際は、ただの素人が剣を思い切り振っただけだ。

「ちょっと、危ないからやめてくださいよぉ!」

 やめてと言いつつも、マリーは声を上げて笑っている。出会ってから初めて見る、とても無邪気な笑顔だ。俺はせっかく出会えたこの笑顔を、きっと守っていきたかった。

 そしてその為に、まずやるべきことは決まったよな。

 俺は剣を置き、マリーに向き直る。

「マリー、順番が逆になっちゃったけど、きちんと説明するよ。そもそも納得できなきゃダメって言われていたのに、説明無しに進めてごめんね」

「いいですよ。なんにせよ一度は、お兄さんに任せてみようって決めていましたしね」

「ありがとう」

 マリーの信頼が嬉しかった。

「だからね……」

 俺はマリーの肩に手を置き、しっかりと目を見つめる。

「はい? ……あれ、こんなことが最近あったような」

 かわいらしい返事の後、何かぼそりと呟いたようだけど、まあ関係ない。

「今夜から、ビシビシ教え込んでいくからね! 頑張って!」

 するとマリーは、顔をサーッと青ざめさせて慌て始める。

「いえいえいえいえ、待って下さい! 大丈夫ですそんなに急がなくても、ゆっくり行きましょう!」

「大丈夫、昨日一気にこのあたりの情報を聞き出したみたいに、いきなり全部教え込もうとは思ってないよ。とても一日で覚えきれるような量じゃないからね」

「そ、そうですよね。よ、よかった……」

「でも、前提になる部分っていうのがあると思うんだ。そこがわかっていないと、接客していて俺と食い違いが出るかもしれないし、それは良くない。その部分だけは、全部覚えてほしいと思う」

「……な、なるほどー」

「マリー!」

「は、はい!」

 そして俺は、一拍置いてマリーへ告げる。

「今夜は、寝かさないから……」

「い、いやああああああああああああああああ!?」

 こうして今日は、笑顔に続いて、マリーの涙も初めて見た記念日となった。


 ちなみに本日の売り上げは、あの後もう一本売れて、合計2本で銀貨90枚だ。利益はほぼ無いけれど、この日俺たちは、とても幸先の良いスタートを切ることができた。

 長く難しい話が続いたので、次回は少し寄り道の予定です。

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