黄色の王都2
そびえ立つ王城。そこから少し離れた場所。
俺たちは、この国の憲兵場。軍隊の詰所にやって来ていた。
予定を変更したわけじゃ無い。
何かがおかしい気はするが、商人の許可証なる物は、ここで発行をしているらしいのだ。
ああ…噂通り、そういう試験があるんだな…。
正直、気が重い。
日々訓練は続けていたけれど、俺は結局魔術は使えない。
それなりに対応は出来ると思うが、求められる水準によっては、太刀打ちできないだろう。
「すみません。ここで、商人の許可証を発行して頂けると聞いたのですが」
うだうだと、考えていても始まらない。
まずは、挑戦だ。
俺が話しかけたのは、騎士の一人であろう、制服を着た男性だ。
「商人の…? 珍しいですね。どういった経緯で?」
おっと、こういう面接みたいな事もされるのか。
「はい。実はいくつか、複数の町に店を出そうと考えていたのですが、それには許可証が必要だと、知人に伺ったもので」
「一体誰から?」
これは…名前を使っても良いのだろうか。
俺はちらりと、アンシアの方を見てしまう。
ハンスさんは、騎士団長であり、アンシアの父親でもある。
でも、悪い事に使う訳では無いし、これは普通に教えてくれた事だ。
名前を出したからって、ハンスさんの立場が悪くなることは無いだろう。
「砦の騎士団長を務めている、ハンスさんから」
「おお、あの」
受付の人は驚いた様子だ。
やはり騎士団長ともなれば、結構有名なのだろうか。
「分かりました。となると、そこそこはやれるんですね」
…うん。
この展開になるんですね。
「そ、それなりに…」
「では、君は下がって」
そう言って、騎士さんはアンシアを下がらせた。
ああ…勘違いであってほしい。
「やっぱり、その…」
「では、少々力を見させてもらいます。自由に…反撃して下さいっ!」
「っんの」
やっぱりか!
騎士さんは、腰の剣を放ち、躊躇なく俺へと切りつけてきた。
対して俺は、踏み込んで相手の肘へとぶつかる。剣撃を事前に止めつつ、そのまま一度すれ違って走り抜けた。
この展開を覚悟はしていた。
しかしまたしても、いきなり問答無用とは、どういう事だろうか。
この世界では、唐突に勝負を仕掛ける文化でもあるのか?
そうこう考えているうちにも、攻防は続く。
俺は相変わらず、基本的には前へ出て躱す。いなす。高い威力が出る前に止める。
躊躇すれば、逆に危険になる。
そしてこの世界の人達と、力くらべをしてはいけない。
幸い、この人はまだ、魔術の類を使わない。ローナの様に使えないのか、この試験では使わないのか。
どちらにせよ、注意だけはして、俺は出来る事をするのみ…!
速度の乗った突きが迫ってくる。長引かせるつもりは無い。
俺は、この攻撃に集中した。
その突きを躱すために、先に自分の脚だけを前へと進める。そのままタイミングを合わせて…脱力する…!
さらに合わせて、重心を前へ進めていた脚へと移行!
人は瞬間的に、地面を蹴って上へ素早く動けても、下への速度は出し辛い。そういう時に、多くの武術で使われているのが、この脱力だ。
剣をやり過ごし、自分はかなり重心が落ちだ状態。相手の腕は自分の顔の横。
ここで相手が、剣を戻し始めてからでは遅い。突き切った後でも、まだ遅い。
この、速度の乗った状態に、少しずつ別のベクトルを加える。
自分の体重を相手の腕に落とし込み、そのままそれが地面に突き刺さるように…引き込む!
さらに自分の身体を渦の巻くように回転させ、相手が地面に倒れ伏すまで止まらせない!
…金属と、地面がこすれ合い、大きな音が響いた。
「…ふぅぅー」
押さえ込んだ!
俺は騎士さんの腕を地面にピタリとつけ、動きを止める事に成功した。
これでとりあえず、そこそこやれる事は伝わったのではないだろうか?
「…どうしました?」
騎士さんから、そんな言葉がかかった。
「え…?」
どうした、とはどういう事だろう。
「…ふむ。わかりました。離して頂いても?」
「あ、はい」
俺は、押さえつけていた腕を離して、立ち上がった。同様に騎士さんも、立ち上がってくる。
結局、どうなのだろうか。
俺は、試験に合格なのか?
それとも何か、根本的に間違っていたのだろうか。
不安に思っていると、思案顔だった騎士さんが、俺の方を向いた。
「はっきり申し上げて、試験を受けるのは止めておいた方が良いかと」
「え」
…待て待て。
つまり不合格…というか、今のは試験じゃ無かったと?
試験前試験というか、事前調査みたいなものなのか?
ハンスさんのおかげで、かなり慣れたとはいえ、丸腰で剣を持った人とやりあったのに…?
だったら試験って言うのは、一体どんな…そうだ。
今この人は、魔術を使っていなかった。つまり試験では使ってくる人が相手なんだ。
それなら、元々想定していた通りだし、受けさせて貰わないと困る。何のために、痛い思いをしながら訓練していたのかと言う話だ。
「だ、大丈夫です! ちゃんと訓練はしてましたし、最悪不合格になるとしても、まずは受けさせてください!」
「あなたも、真っ当に、より財を築きたいと、ここへ来たのはお察しします。しかし、各地区の中でのみなら、特に許可証など必要ないのは、ご存じのはずです。そこで、それなりの稼ぎをして、生きていくのも良いと思いますよ」
「い、いやあの…」
これは不味い。
やめた方が良い、なんて言い方で、やんわり伝えてくれてはいる。でも、言い方から察するにこれは、断られているに等しい。
俺では力量不足だと判断された?
でも、俺は分かり易く、魔術を使ってみせたりは出来ない。
さっきの攻防では、しっかりと対処をしたつもりだし、あれで不足だと言うなら、手立てが無い。
どうしたらいい…そう考えて、辺りを見渡した。
そこで、あの目立つ黄色い城が目に入る。
黄色…正直、ずっと怪しいとは思っていた…。どちらにせよ、このままでは試験の内容すらわからない。
…言うだけ、言ってみるか?
「少し、聞きたいのですが」
「なんでしょうか」
「イエロー…と名乗る行商人に、覚えは…?」
「…」
すっ…と、騎士さんの目が細まった気がした。
「俺は、その人とも知り合いです。改めて、とにかく一度、試験を受けさせてもらえませんか?」
俺は今、この人に思われている様に、別にお金が稼ぎたいから粘っている訳では無い。
だからと言って、この人に、世界の為に店を増やしてどうのと話しても、いきなり何を言っているのかと思われるだけだろう。
もしかしたら、と言うレベルではある。
でももし、イエローが何か、ここに縁のある人間だったらどうだろう。
ちょっとした一押しで、せめて受験くらいは、認めて貰えないか…?
「…いいでしょう。ただ、十分お気をつけて」
「は、はい!」
お気をつけて…?
ちょっと不穏な声掛けな気がするが、とにかく試験は受けられそうだ。これなら最悪不合格でも、具体的な対策を練る事が出来る。
果たして、イエローの名前が効いたのかは微妙な所だが…まあ良しだ。
「では、準備をして来ますので、あちらへ。休憩所がありますので、しばらくお待ちください」
「わかりました」
そういえば、来て早々にいきなり戦闘だったけど、準備は必要だよな。
むしろ試験が、訪ねた当日に受けられるというのも不思議な話だ。珍しい存在のはずなのに、いつでも試験は受け付けているのか?
本当にこの許可証は、一体どういう物なんだろうか。
そう考えながら、示された方へと歩き始めた時だった。俺はアンシアが付いて来ていない事に気付いた。
「アンシア、あっちだって。行くよ」
「…」
どうしたのだろう。
立ち止まったまま、どこかを見つめている。あれは…先程の騎士さんが立ち去った方向だろうか。
「アンシア?」
「翔…さん。その…少し先に…行ってて、貰えますか? わたし、少し…その」
「え、でも……あ、あーわかった。メル、行くよ」
「むう」
これはあれだ、きっとお手洗いとか、そういうのだろう。さすがに大人として、このくらいは察してあげないといけない。
「じゃあ、先に行ってるね」
「…はい」
離れるのは心配ではあるけど、さっきの騎士さんも良い人そうだった。
それになんだかんだ言っても、この国の騎士が務めている場所だし、町中よりは安全だろう。
「翔」
「うん、どうしたのメル」
「お主、いつになったら…いや、これも我からは言えんか」
「いつもの、言えない事?」
「そんなところだ」
「…そうか」
メルとゆっくり会話をしながら、俺は休憩所へと向かった。




