表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/218

日常は唐突に2

 いつもと変わらず、夢を見る。


 勇者が剣を構え、暗い塊に対峙していく。

 でも、今日は様子が違う。

 ここ最近の夢よりも、勇者が押しているように見える。


 なんだ。

 あの光はむしろ、何か良い事があったのか。

 

 一瞬そう考えた。

 …でも、その考えは間違いだと、すぐ思い直した。

 塊を相手に、ぶつかり合いを続ける勇者。

 不思議な感覚で、遠くて見えないはずの物が、またしっかりとズームされていく。


 なんて…顔してるんだ…。


 勇者はまるで、絶望の底にでも居る様な表情をしていた。




 朝。

 あの光の柱が現れて、一晩が明けた。


 勇者それは…それは駄目なやつだろう…!


 ここしばらく変化も無く、心配はしていたんだ。

 確かに、昨日までの夢より、多少勇者が押してはいた。

 でも結局、塊に飲み込まれるのは変わっていなかった。何より問題なのは、周りの人間から伸びていた光…それがすべて、無くなってしまっていた。

 闇の力を手にして、カオスルートとかそういうのか?

 ゲームなら、いちルートとして楽しめる。でも、ここはそうじゃない。

 これでは、俺のやっている事も、意味が半減してしまう。

 世界の人達を豊かにする事が出来れば、もちろん無駄にはならないだろう。その中には、勇者も含まれているんだから。

 でもこれは、この世界にあると言う、世界を維持するためのエネルギー。それを回復させる意味もある。

 その力こそが、あの暗い塊を打ち破るカギになるはずだった。

 それなのに、その格となる人間が、世界の力を拒んでどうする…!

「翔…」

「…メル」

「判断を…誤るなよ」

「……わかってる」

 いつからなのか、メルが部屋の中に居た。

 なんだかんだで、こういう時は、ちゃんと神様っぽいのな。


 そう、勘違いしてはいけない。

 この変化を受けて、慌ててはいけない。

 俺が出来る事は限られているし、勇者を助ける事の出来る目処だってまるで無い。

 世界を救う。

 同じ目的の為に行動していても、俺には俺の、彼には彼のすべき事がある。

 これで、俺が冷静さを失い、理屈の通らない行動をしてみろ。

 順調なこっちまでおかしくなってしまう。共倒れだ。


 冷静に、冷静にだ。


 客観的に考えろ。もう一度良く考えろ。


 無理なく、それでいて一番最速の道を行くには、どうしたらいい…!


「――――さん。お兄さん?」

「っ!」

「皆さん、集まりましたよ」

 そうだ、いけない。

 もう、今日も店を始める時間だ。

 …いつの間に、こんなにも時間が経った?

 いけない。考えるのも大事だけど、目の前の事も大事だ。さっき自分で、自分に言い聞かせたはずだろう。

 幸い、この未来を見てしまっているのは、俺とメルだけだ。

 他の皆は、まだあの光の柱を、なんだったんだろうねで済ませることが出来る。

 俺は、心の中で深呼吸した。

 そして、昨日寝る前、考えていた内容を話し始める。

「おはようございます。まあ、今日もいつも通り、やっていきましょう」

「……」

 最近は、いつも軽い返事が返って来ていたのに、今日はそれが無い。

 やはり皆、不安があるんだ。

「やっぱり、皆さんも気になってますか? 昨日の光」

 俺は、心の中とは違い、意図的に負の感情に位置付く単語を避けて、話す。

「まあ、気にするのは止めましょう! といっても、俺も気になりますけど」

「…アンタも気になるんじゃないか」

 キレは悪くても、こうして言葉が返ってくる。

 大丈夫。ここで、被害を、負担を最小限に留める。

「そんな皆さんに、俺の世界のえらーーい学者さんが言っていた、メンタルコントロール法をお伝えしましょう!」

「メンタ…なんだって?」

「まあまあ、それは良いんです。どうしても、何とかしなきゃー何とかしたいーって事、皆さんもありますよね?」

「まあ、ねえ」

「そんな時は、心の中でこう分けましょう! 今考えているそれは、自分が原因か、そうでないか!」

「お、お兄さん…?」

「そりゃあ、なんというか…気にしても仕方ないのはわかってるけどね…」

「いえいえ! そうでは無いんですよ。仕方ない、どうにも出来ない、ではありません。自分にどうにもできないと言う事は、原因は自分にないと言う事です。つまり、気にしなくて良い事なんですよ!」

「はい?」

「翔…さん」

「難しい事言ってるねぇ…ふぁ」

 気にしても仕方がない事。

 気にしなくていい事。

 たったこれだけの違いが、心には影響を与えている。

 馬鹿な事を言ってると、思われているかもしれない。

 でも実際、人が塞ぎ込むほとんどの原因は、自己暗示によるものだ。

 自分にはどうにも出来ない。辛い。怖い。不安だ。嫌だ。

 自分がどうこう出来る事じゃないし、関係ないねっ。それより自分のやってるこれなんだけどさ。

 どちらの思考を、頭の中で繰り返すか。

 これは、意図的に、前向きな考えを復唱するだけでもいい。

 それだけで、精神的な負担は大きく変わってくる。


 信じられるだろうか。

 最近店長は、こういうメンタルケア知識まで、覚えるのを推奨されるんだ。従業員の異常に気付き、正しく対処するために。

 もう、店長とは何なんだと言う話だ。


 まあ、おかげでこうやって、考えた上で話す助けになってるんだ。

 何事も、やっておくものだな。

 もちろん、気休めだと馬鹿にしている人も、皆の中には居ると思う。

 それでもいいんだ。

 俺が何を言っても、やっぱり不安は無くならないし、どこかで不安をぶつけ合う人たちは居るだろう。

 だからこそ、俺は前向きで居る。

 思考を、引っ張っていく。

 不安に駆られる人の中には、それがわざとだと察して、俺を痛々しく感じるような人も居るかもしれない。

 しかしそれも、また良い事だ。思考が、俺と言う自分以外へ向くからだ。

 不安に駆られ、自分自身に塞ぎ込むのを防ぐことが出来る。


 だから、俺はこれでいい。

「それに案外あれ、我らが勇者様、覚醒の光! みたいなのかもしれないですよ。楽しみですね!」

「それは確かに楽しみだ」

「ますます商売繁盛ってもんだねえ」

「じゃあ、そこを目指して、今日もお願いします!」

 変わらず、店を続けて行かないといけない。


 …()()は。


 これで皆も、少しでいいから、前向きになってくれるといいけどな。

 知らない方が、幸せなのか、そうで無いのか…。

 知る事が出来れば、よく分からない不安に押しつぶされることは無い。

 でも、ほとんどの人達は知らない側なんだよな。

 たくさんの漫画や小説で、そういう事情を知る側の、主人公たちの物語を見て来た。

 確かに俺も、この世界のほとんどの人達に比べれば、知る側かもしれない。

 それでもやっぱり、俺の知らない所で、とても重要な事が進行しているのは、間違いないんだろう。

 …異世界まで来て、また中間管理職でもやってる気分だ。

 勘弁してほしい。

 いや、今はとにかく、もっと建設的な事を…。

「お兄さん…」

 唐突に、一つ声がかかった。

「ん、マリー何かあった? 今日は、予定通り」

「お兄さん」

 マリーが、まっすぐこちらを見ていた。

 しっかりと、力強い意志の籠った目だ。

「何か、私には言う事、あるんじゃないですか」

 ………参った。そうだったよな。

 この事は、出来れば誰にも言わずに、何とかする。またそう考えていた。

 ずっと、それでやって来たんだからって。

 でも、今は違う。

 年下だろうと、女の子だろうと、ちゃんと一人で立って、生きている。生きてきた人が、一緒にやって行くと、自分を頼れと言ってくれているんだ。

 俺も、身勝手な事ばかりはしていられない。

「マリー、悪かったよ」

「はぁ…やっぱりですか。それで?」

「うん。マリー」

「はい」

「今夜、俺の部屋に来て。大事な話がある」

「……ひゃ、ふぁいぃ…!?」

「じゃあ、とりあえずは仕事に入ろう」

「ちょ、ちょっと待って下さい。色々唐突と言うか、心の準備っ」

「…まあ、そうだね。そこまで重く考えなくても良いけど、落ち着いて、覚悟はしてきて」

 何もまだ、切羽詰った状態という訳じゃない。

「かかかかかかか覚悟!?」

「ほら、仕事始めるよ。切り替えてマリー」

「えええええ~…」

 何だろうか。

 自分から、俺に訴えてきた割に、話すと言ったら狼狽え気味だけど…。


 まあいい。

 俺は仕事をしつつ、ちゃんと考えをまとめておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ