日常は唐突に2
いつもと変わらず、夢を見る。
勇者が剣を構え、暗い塊に対峙していく。
でも、今日は様子が違う。
ここ最近の夢よりも、勇者が押しているように見える。
なんだ。
あの光はむしろ、何か良い事があったのか。
一瞬そう考えた。
…でも、その考えは間違いだと、すぐ思い直した。
塊を相手に、ぶつかり合いを続ける勇者。
不思議な感覚で、遠くて見えないはずの物が、またしっかりとズームされていく。
なんて…顔してるんだ…。
勇者はまるで、絶望の底にでも居る様な表情をしていた。
朝。
あの光の柱が現れて、一晩が明けた。
勇者それは…それは駄目なやつだろう…!
ここしばらく変化も無く、心配はしていたんだ。
確かに、昨日までの夢より、多少勇者が押してはいた。
でも結局、塊に飲み込まれるのは変わっていなかった。何より問題なのは、周りの人間から伸びていた光…それがすべて、無くなってしまっていた。
闇の力を手にして、カオスルートとかそういうのか?
ゲームなら、いちルートとして楽しめる。でも、ここはそうじゃない。
これでは、俺のやっている事も、意味が半減してしまう。
世界の人達を豊かにする事が出来れば、もちろん無駄にはならないだろう。その中には、勇者も含まれているんだから。
でもこれは、この世界にあると言う、世界を維持するためのエネルギー。それを回復させる意味もある。
その力こそが、あの暗い塊を打ち破るカギになるはずだった。
それなのに、その格となる人間が、世界の力を拒んでどうする…!
「翔…」
「…メル」
「判断を…誤るなよ」
「……わかってる」
いつからなのか、メルが部屋の中に居た。
なんだかんだで、こういう時は、ちゃんと神様っぽいのな。
そう、勘違いしてはいけない。
この変化を受けて、慌ててはいけない。
俺が出来る事は限られているし、勇者を助ける事の出来る目処だってまるで無い。
世界を救う。
同じ目的の為に行動していても、俺には俺の、彼には彼のすべき事がある。
これで、俺が冷静さを失い、理屈の通らない行動をしてみろ。
順調なこっちまでおかしくなってしまう。共倒れだ。
冷静に、冷静にだ。
客観的に考えろ。もう一度良く考えろ。
無理なく、それでいて一番最速の道を行くには、どうしたらいい…!
「――――さん。お兄さん?」
「っ!」
「皆さん、集まりましたよ」
そうだ、いけない。
もう、今日も店を始める時間だ。
…いつの間に、こんなにも時間が経った?
いけない。考えるのも大事だけど、目の前の事も大事だ。さっき自分で、自分に言い聞かせたはずだろう。
幸い、この未来を見てしまっているのは、俺とメルだけだ。
他の皆は、まだあの光の柱を、なんだったんだろうねで済ませることが出来る。
俺は、心の中で深呼吸した。
そして、昨日寝る前、考えていた内容を話し始める。
「おはようございます。まあ、今日もいつも通り、やっていきましょう」
「……」
最近は、いつも軽い返事が返って来ていたのに、今日はそれが無い。
やはり皆、不安があるんだ。
「やっぱり、皆さんも気になってますか? 昨日の光」
俺は、心の中とは違い、意図的に負の感情に位置付く単語を避けて、話す。
「まあ、気にするのは止めましょう! といっても、俺も気になりますけど」
「…アンタも気になるんじゃないか」
キレは悪くても、こうして言葉が返ってくる。
大丈夫。ここで、被害を、負担を最小限に留める。
「そんな皆さんに、俺の世界のえらーーい学者さんが言っていた、メンタルコントロール法をお伝えしましょう!」
「メンタ…なんだって?」
「まあまあ、それは良いんです。どうしても、何とかしなきゃー何とかしたいーって事、皆さんもありますよね?」
「まあ、ねえ」
「そんな時は、心の中でこう分けましょう! 今考えているそれは、自分が原因か、そうでないか!」
「お、お兄さん…?」
「そりゃあ、なんというか…気にしても仕方ないのはわかってるけどね…」
「いえいえ! そうでは無いんですよ。仕方ない、どうにも出来ない、ではありません。自分にどうにもできないと言う事は、原因は自分にないと言う事です。つまり、気にしなくて良い事なんですよ!」
「はい?」
「翔…さん」
「難しい事言ってるねぇ…ふぁ」
気にしても仕方がない事。
気にしなくていい事。
たったこれだけの違いが、心には影響を与えている。
馬鹿な事を言ってると、思われているかもしれない。
でも実際、人が塞ぎ込むほとんどの原因は、自己暗示によるものだ。
自分にはどうにも出来ない。辛い。怖い。不安だ。嫌だ。
自分がどうこう出来る事じゃないし、関係ないねっ。それより自分のやってるこれなんだけどさ。
どちらの思考を、頭の中で繰り返すか。
これは、意図的に、前向きな考えを復唱するだけでもいい。
それだけで、精神的な負担は大きく変わってくる。
信じられるだろうか。
最近店長は、こういうメンタルケア知識まで、覚えるのを推奨されるんだ。従業員の異常に気付き、正しく対処するために。
もう、店長とは何なんだと言う話だ。
まあ、おかげでこうやって、考えた上で話す助けになってるんだ。
何事も、やっておくものだな。
もちろん、気休めだと馬鹿にしている人も、皆の中には居ると思う。
それでもいいんだ。
俺が何を言っても、やっぱり不安は無くならないし、どこかで不安をぶつけ合う人たちは居るだろう。
だからこそ、俺は前向きで居る。
思考を、引っ張っていく。
不安に駆られる人の中には、それがわざとだと察して、俺を痛々しく感じるような人も居るかもしれない。
しかしそれも、また良い事だ。思考が、俺と言う自分以外へ向くからだ。
不安に駆られ、自分自身に塞ぎ込むのを防ぐことが出来る。
だから、俺はこれでいい。
「それに案外あれ、我らが勇者様、覚醒の光! みたいなのかもしれないですよ。楽しみですね!」
「それは確かに楽しみだ」
「ますます商売繁盛ってもんだねえ」
「じゃあ、そこを目指して、今日もお願いします!」
変わらず、店を続けて行かないといけない。
…当面は。
これで皆も、少しでいいから、前向きになってくれるといいけどな。
知らない方が、幸せなのか、そうで無いのか…。
知る事が出来れば、よく分からない不安に押しつぶされることは無い。
でも、ほとんどの人達は知らない側なんだよな。
たくさんの漫画や小説で、そういう事情を知る側の、主人公たちの物語を見て来た。
確かに俺も、この世界のほとんどの人達に比べれば、知る側かもしれない。
それでもやっぱり、俺の知らない所で、とても重要な事が進行しているのは、間違いないんだろう。
…異世界まで来て、また中間管理職でもやってる気分だ。
勘弁してほしい。
いや、今はとにかく、もっと建設的な事を…。
「お兄さん…」
唐突に、一つ声がかかった。
「ん、マリー何かあった? 今日は、予定通り」
「お兄さん」
マリーが、まっすぐこちらを見ていた。
しっかりと、力強い意志の籠った目だ。
「何か、私には言う事、あるんじゃないですか」
………参った。そうだったよな。
この事は、出来れば誰にも言わずに、何とかする。またそう考えていた。
ずっと、それでやって来たんだからって。
でも、今は違う。
年下だろうと、女の子だろうと、ちゃんと一人で立って、生きている。生きてきた人が、一緒にやって行くと、自分を頼れと言ってくれているんだ。
俺も、身勝手な事ばかりはしていられない。
「マリー、悪かったよ」
「はぁ…やっぱりですか。それで?」
「うん。マリー」
「はい」
「今夜、俺の部屋に来て。大事な話がある」
「……ひゃ、ふぁいぃ…!?」
「じゃあ、とりあえずは仕事に入ろう」
「ちょ、ちょっと待って下さい。色々唐突と言うか、心の準備っ」
「…まあ、そうだね。そこまで重く考えなくても良いけど、落ち着いて、覚悟はしてきて」
何もまだ、切羽詰った状態という訳じゃない。
「かかかかかかか覚悟!?」
「ほら、仕事始めるよ。切り替えてマリー」
「えええええ~…」
何だろうか。
自分から、俺に訴えてきた割に、話すと言ったら狼狽え気味だけど…。
まあいい。
俺は仕事をしつつ、ちゃんと考えをまとめておこう。




