俺たちの店8
最近、マリーには気になる売場があるみたいだ。
うちの店では、季節ものを置くスペースが設けられている。
いつでも同じものが置いてある、通称定番と呼ばれる棚と違って、そのスペースでは、短い期間でどんどん売り物が変わっていく。
そこには、マリーが我慢して我慢して、身体を張って頑張ってくれたからこそ、準備が間に合った商品が置かれている。
そう、例の冷風機だ。
「そんな風に睨んでても、売れたりしないよ?」
「うわあ! …お兄さんですか。別に睨んだりしてません」
「やっぱり気になる?」
「…そりゃあそうですよ。あんなに寒い思いをしたんですよ?」
「まあ、そりゃそうか」
「お兄さん、私にあんな事させた癖に、まるで他人事みたいですね」
俺はいつものジト目で睨まれる。
なんだか最近は、このやりとりも楽しくなってきてしまった。
でも今は、少し暖かくなってきた程度の時期だ。売れる事もあるかもしれないけど、おそらくまだ難しい。
買い物をしていて、季節を先取りしすぎだと感じた事は無いだろうか。
まだ寒い日も続く時期に、扇風機が並び始めたり、まだ残暑も厳しい時期に、小型ヒーターが並び始めたり。
ああした早期の季節物展開は、数字に基づいた理由がある。
それらの商品が売れる時期になった頃、早くに商品を並べていた店の方が、初動が良くなる傾向にあるんだ。
そして、その季節を乗り切るために購入するシーズン品は、初動、つまり最初にどれだけ売れるかが、非常に重要となる。
もう冬は終わると言う時期に、防寒用品をたくさん買い揃えに来るだろうか?
当然、来ない。
対策がしたければ、そろそろ使うと言う時期に、買いに来るのが基本だ。
となれば当然、それらの商品を使いたい時期より早く、店に並んでいないといけない。
では、そのシーズンの初めに、自分の店で買って貰うにはどうするか。
お客さん達が、それを買おうと考え始め、どこへ買いに行こうかとなった時、もう売っているぞと宣伝していた店の方が、選ばれやすくなる。
つまり、これも宣伝なんだ。
形としては売り場に、普通に商品が置かれている。でも実際は、次の季節商品を、どこよりも早く、ありますよとアピールしてるんだ。
一年中、毎日使う消耗品と違って、一度必要な分を買い終わったら、ほとんど興味を向けて貰えない。
そういうジャンルの商品だからこそ、先出し競争が激化した訳だな。
…まあ、それが行き過ぎて、暖房グッズも冷房グッズも、両方半年以上置いているような店も出てしまってるけど。
実はあれ、さすがに季節感を壊し過ぎてるとか、お客さんが不快な思いをしているとかで、自粛が始まったりもしている。
現在でも、まだまだ迷走する時は迷走する。
商売の道はどこまでも厳しい。
そんなシーズン品を、温かくなってきたこの頃、うちも売り場に出したわけだ。
元の世界より遅いとはいえ、まだひと月くらいは、宣伝効果くらいしか期待は出来ないだろう。
特に予定外の事など無いのだが、マリーはやはり、売り場に並んでいる以上気になるらしい。
そりゃあ、苦労した末に並んだ商品だもんな。うん、売れて欲しいのはわかる。
そんな事をのんびり考えていたら、新しくお客さんが来店してくれた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい」
いつも通り挨拶して迎える…が。
…あ、この人、そうかも。
店には当然、色々なお客さんがやってくる。
そんな中時折、どうにも違和感のある人が、旧市場の頃からやってくるんだ。それも、定期的に。
何と言うのか、買い物と言うより、物色しているような、調査しているような印象を受ける。
そんな不思議なお客さんが、ふと足を止めた。
シーズン品のコーナーだ。
「!!」
マリー、そんなあからさまに見ないように。
お客さんの方は、なんと展示用の一台に、魔力を込めて体験を始めた。今までも足を止める人は居たが、試してくれたのは、この人が記念すべき一人目だ。
この世界の人には、馴染みの無い物のはずなので、確かに興味は引きやすい。でも、得体が知れなさすぎるのか、そのまま通り過ぎる人ばかりだった。
だから近々、人を立たせて、説明、宣伝を交えて売っていこうかと思っていたくらいだ。
それをこの人は、躊躇なく試した。
ただこういうのが、気になる性格なだけかもしれないけど、やっぱり気になる。
それとなく気にし続けていたが…なんと、冷風機を手に取った。そして、カートへと放り込む。
「…! ……!!」
目を輝かせたマリーが、横から俺の脇腹を突いてくる。
気持ちは伝わった。だから止めてマリー。
お客さんは、引き続き店内をゆっくり回っている。
やはり買い物と言うより、何かをチェックしている様な印象だ。一体何者なんだろうか。
最終的に、この人は他にもいくつかの商品を買って、帰っていった。
「! …っ! …っ!!」
「マリー、わかったって痛い痛い痛い」
「はーこれでやっと、色々報われた気分です」
「まあ、これから暑くなってくるし、たくさん売れるといいね」
少し怪しいけど、今のところは普通にお客さんだ。
マリーも喜んでるし、まあ良かったかな。
「戻ったよー」
「あ、お帰りなさい! お疲れ様です」
一息ついたタイミングで、石の町へ、定期巡回に行ってくれていた人が戻ってきた。
例の何でも屋の開発者さんとは、今もやり取りを続けている。冷風機を仕入れるのもそうだし、他にも開発を進めてくれている物があるんだ。
「翔君、出発前に聞いてたあれ、目処が立ちそうだってよ。あとふた月以内にはってさ」
「おお、そうですか! ありがとうございます。今日はもう、ゆっくり休んでください」
「はいよー」
こうしてそこまで抵抗感も無く、町まで行ってくれるのも、本当に変わったよな。
やっぱり何事も、最初の一歩が難しくて、慣れてしまえば何とかなるものだ。
「あのーお兄さん」
「うん?」
「例のって何です? 私まだ聞いてないです」
「ああ、言ってなかったっけ。暖房器具だよ。ヒーターって言うんだけど」
「………暖房、器具…ですか」
「うん。せっかく冷風機が間に合ったからね。冬に暖房系の商品が間に合えば、今度は温かくなるのも出たのかって感じで、慣れて不信感も小さくなってるだろうし、こっちも間に合いそうで良かったよ」
「私の、気のせいでしょうか…ふた月以内の辺りで完成みたいな事を、さっき…?」
「うん、そうみたいだね。ある程度テスト期間も確保できるし、十分だよ。本当はもう少し、長期間チェックをしたかったけどねー」
「ふた月後、ですか…きっと、暑さが真っ盛りですね」
「そうだねー」
「…」
「…」
「お兄さんの鬼畜、変態」
「だからなんでそうなるの!?」
「ひどいですお兄さん! やっぱり私をいじめて楽しんでます! 今度は熱責めにしようって言うんですか!?」
「そんな気は本当に無いってば! それにほら、スイッチ! スイッチあるから! もうああはならないよ」
「あっ…ああ、そういえばそうでした…けどやっぱり、色々納得できません!」
ええええええ?
「ま、まあそう言わずに、ね? ほら、そんなに嫌だったら、今回は他の誰かに…」
「うー…そういう事では無くてですね…」
「ニイちゃん達! 痴話げんかは外でやりな!」
「そそそそそんな!」
「違いますって! あああとりあえず、また後で!」
否定はしつつ、店内にお客さんもいるので、俺はひとまず退散した。
マリーには、俺が一体どういう人物に見えているんだろうか?
俺は思い当たる節を、記憶の中から探ってみる。
…出会ったばかりの頃、暴走して一晩拘束したりしていた。
いや、断じて変な意味ではないけど!
この誤解、いつか溶けるといいなあ。
俺は呑気に、そんな事を考えた。
「他の人に頼めない大変な事を、私に言ってくれるのは良いんですよ…。でも、特別扱いしてくれるなら…少しくらい、特別優しくしてくれても良いじゃないですか…」
翔が出て行った後の店内では、そんな小さな独り言が呟かれていた。




