商売の始まり 商品≠(ノットイコール)現金2
あの後、土下座と目力で拝み倒した俺は、無事お金を借りることができた。ただ、マリーは寝不足もあってか、今は店でぐったりとしている。お金を貸してくれたのも、判断力が落ちていたからかもしれない。
「さて、と」
一方の俺は、マリーの店から数軒隣にある、布や糸なんかを置いている店にやってきていた。服は売っていないみたいだし、裁縫屋さん……になるのかな。
「おはよう、アンシア! 今日もいい天気だね」
「あ……翔さん、お、おはよう……ございます」
この子は、裁縫屋さんをやっているアンシアだ。
この村は、男性もほとんどいないみたいだけど、子供もあまり見かけない。
そんな中、アンシアは中学生、もしくは小学生くらいにも見える。それでもマリーと同じで、店をやりくりする頑張り屋さんだ。少々引っ込み思案な性格みたいで、なんとも守ってあげたい気持ちにさせられる。目元までかかった前髪も、そこから覗く瞳も、その印象を後押ししていた。マリーもアンシアも、俺より背が低いけど、マリーが覗き込んでくるのに対して、アンシアは上目づかいで見上げてくる。
どちらもそれぞれ良さが出ていて、とてもかわいらしい。
「いつも一人で偉いね。……気になってたんだけど、ご家族の人とかは? あ、他の店をやっているとか!」
「え……えと、おばあちゃんがいます、よ。でも体調、良くなくて、おうちで寝ています」
「そうなんだ……。早く良くなるといいね」
俺は初日に挨拶して以来、どうにも心配で、アンシアには毎日何かしら話しかけるようにしていた。
最初のうちは、怖がらせてしまったのか、返事もしてもらえなかった。少したどたどしくはあるけど、今はこうして話をできる程度には仲良しだ。
それにしても、そういうこともあるかもと思って、ぼかして質問して良かった。ご家族の人は、と質問したのに、おばあちゃんがいるという返事が返ってきた。父親も母親も、少なくともこの村にはいないと考えた方がいい。しかも唯一のご家族も、体調を崩しているという。
俺なんかが考えるより、ずっと苦労しているに違いなかった。
今日は、こちらの都合とはいえ、少しでもアンシアの助けになれるし、良かったな。
「アンシア、今日はお客さんとして来たんだ。それと、それ……あと、縫い針とかもし良かったら、貸してもらえたりする? 今日中には返すから」
「ありがとう、ございます。針も、えと、これでよろしければ?」
「それで大丈夫だよ。ありがとう!」
「……っ」
前髪の隙間から、こちらを見つめる瞳と一瞬目が合う。すると、サッと目をそらされてしまった。まるで、物陰からこっそり様子を伺う小動物みたいだ。いや、さすがにこれは失礼かな。
「じゃあまた後で。あ、何かあったら何でも相談してね。助けになるからさ」
「はい……。まいど、ありがとう、ございました」
これからも毎日は無理でも、定期的に顔を出そう。やっぱりどうしても心配だ。
俺はそう心に決めつつ、借金してまで買った商品を抱え、急ぎ足でマリーの元へ戻った。
店に戻ってきた俺は、買ってきた布と糸、借りてきた針で、さっそくチクチクやっていた。
「何に使うのかと思えば、そんな物を買ってきて……どう使うんですそれ」
ぐったりモードから復活したマリーが、質問を投げかけてくる。
「うーん……簡単に言うと、特別な、売り場を作るんだよ」
「特別な売り場ですか」
「そう。例えば、今作っているのは値札なんだけど、そこに今までの値段を黒、今日売る値段を赤の糸で刺繍してるんだ」
「……値札なら、そこらの木に炭で書いたものがあるじゃないですか。それ、お金をかけてまでやる意味があるんですか?」
マリーが怪訝そうにこちらをにらんでくる。失敗したかも……という心の声が聞こえてきそうだ。
「何か赤い文字が書ける物があれば、それでも良かったんだけど、見つからなかったんだ。それに、できるだけ大きい方が良かった。そうなると、木で作ったら持ち運びに不便だしね」
俺は横幅が2メートルはある布に、引き続き針を進めながら答える。毎日店を撤収しないといけないから、布は都合が良かった。
「お兄さん、多分ですけどそれって、元の値段も見せておくことで、この値段は今だけだって、わかって貰うためですよね」
「そうそう。さすがだね、マリー」
「でもそれって、意味ないと思います。結局安い値段で売る事にかわりはないですし、むしろこんなに大幅に値が下がっているのがわかったら、不審過ぎて私なら絶対買いません」
確かに、マリーの言うことには一理あった。実際元の世界でも、各企業の統計で、一定水準よりも低い値段で販売を行うと、かえって購入数が落ちたというデータもあった。
でもそれは客層や、どんな商品なのかによっても話が違ってくる。今回は状況が違う。
「そこは、接客の腕の見せ所だよ」
「……」
ここへ来てから何度目かわからないマリーのジト目に見守られながら、俺は準備の仕上げにかかった。
そしていよいよ、準備が整う。先程まで縫っていた大きな値札は、横断幕の様に張って目立つように設置済みだ。他に、今回売ることになる、問題の古い剣たちの下に赤い布を敷いて、一目で値引きの対象がわかるようにレイアウトしている。
「もうここまで来たら、仕方ないと思って見守ってましたけど、わざわざこんな風に旗まで立てるなんて、私見たこと無いですよ……」
「大丈夫だよ。確かにここでは見たことが無いかもしれないけど、ちゃんと効果も実証されてることだからさ」
「……一応、期待してますからね」
「おう!」
商売に確実なんてないし、正直不安はある。
でも今把握できる事情を全部調べて、これで行くと決めたんだ。どちらにしろあのままでは、ジリ貧でいつかお金が尽きていた。
もうやるしかないぞ……!
あとは、お客さんが来るのを待つばかりだ。