俺たちの店7
俺の世界の常識を、無駄に押し付けないように注意する。
これは確かに重要な事だ。常識なんて、自分にとっての、という言葉が、必ずその頭にくっつく物だから。
しかし、俺は今この世界にとって、常識外のものを確立しようとしている。そうなると、変えるべき常識は変えないといけない。
たいして力もない一人の人間が、世界の常識を変えてやろうなんて、正気じゃない。
取り返しが付かないくらい、破綻してしまったら?
はっきり言って、怖い。
それでも、もう俺は動かし始めた。だから、やると決めたら、やっていくしかないんだ。
本日も無事、一日の営業を終えた閉店後。俺は皆を集めていた。
「皆さん、今日もお疲れ様でした」
「おつかれー」「おつかれさま」
皆それぞれ、ラフに返事を返してくれる。
この店にも慣れ、いい意味で気安さも出てきた。最初に会った頃に比べれば、嘘のように活気に溢れている。
この流れを、さらに大きくして行く為、今日から一つ…新しい変化を作る。
「今日は皆さんに、一つ連絡があります。うちの店、丸猫屋では、明日から休日制度を設けたいと思います」
「休日?」
「まさか、店を休みにするのかい?」
「翔君、それはさすがに反対だよ」
ざわざわと、思い思いに反論が返ってくる。
でも、休日って言うのは、皆が今想像したものじゃ無い。
「皆さん、そうではありません。もちろん、丸猫屋に休みは作りません。せっかく、いつでも、うちの店での買い物がお得と言うアピールを進めているのに、それでは顧客の評価が下がってしまいますから」
「なら、何の話なんだい?」
「皆さん自身の話です。これから、シフトという物を運用していきます。皆さんは、それに従って順番に、仕事をしない日、つまりお休みする日が出来る事になります」
「…はあ?」
「本気なのかね」
「…ちょっといいかい? それは、働ける日が減るって事だろう。まさか、貰える給料が、当初の話より減るんじゃないだろうね?」
良い質問が貰えた。
俺の知識に対して懐疑派の、いつもの筆頭さんだ。この人も、結構鋭いし、頭の回転早いんだよな。
「もちろん、そんな事はありません。給料は据え置きです。その上で、休みの日が出来て、その日はやりたい事を片付けても良いし、貴族みたいに、ゆっくり過ごしても良いって事になります」
「貴族って…ねえ?」
「そんな暇あったら、もっと儲けるために何かした方が良いんじゃないのかい?」
この市場の皆は、毎日毎日、常に店を開いていた。
どれだけお客さんが少なくても、いや、だからこそ、売るチャンスを逃すわけにはいかなかったんだ。
以前、マリーにお休みしてもらった時も、何を言ってるんだって反応だった。
「確かに、その意見も一理あります。やれる事は腐るほどありますから…。でも、慌てすぎも良くないです。皆さん、最近はどうですか? この体制にも、慣れてきてるかと思うんですが」
「…まあねえ」
「細かい時間が余る事も増えて来たし」
「そうですよね」
皆の仕事ぶりが早くなってきただけでは無い。
例えば、誘導の為に旧市場で立っていた人員は不要になったし、オープン当初に比べると、業務自体が減っている。
「その時間で、やれる事は確かにあります。ですが、以前説明した通り、俺たちの目的は、お金儲けではありません。この世界に、新しい物の流れを確立して、救う事にあります。俺は、このお休みが、この世界にとって、普通の事になると考えてます」
お金と時間、どちらが大事かという話は、良く目にすると思う。
これについては、人によって意見は様々だろうし、それでいい。
しかし、いち個人店では無く、世界の根幹を担う販売店として考えた時、それらのバランスがどうなるかも、考慮していく必要が出てくる。
例えば、このまま丸猫屋が上手く発展して、流通も豊かになっていったとしよう。
手持ちのお金も、皆少しずつ余裕を持てるようになり、嗜好品の一つや二つ、買える世界が来たとする。
そうなった時、お休みが無かったらどうだろうか。
今この世界は、村や町を行き来する人すら、限られた一部の人だけになっている。今住んでいる場所に捕らわれ、辛い現状に捕らわれ、変化する方法がわからなくなっている人も多い。
そんな中、手元のお金が多少増えても、日々の生活は、今まで通りの仕事で埋まったままだ。
変化のきっかけも無い。平和や余裕に世界が気付くまで、時間がかかる。これでは、手遅れになってしまうかもしれないんだ。
では、休みがあるとどうだろう。
今までと違い、本当に自由な時間があって、それでも同じように、ちゃんと食べる物が手に入る。
変わったんだ。
辛い日々は、もう過去のものになったんだ。
そう気付く時間が生まれる。少なくとも、休みが無い生活よりは、ずっと早く実感できる。
するとここで、新しく需要の波が生まれる。それこそが、嗜好品だ。
少し贅沢をする人が増えても良い。
ちょっとしたテーブルゲームとか、そういう物をやる人が増えても良い。
買わない、売れない、余裕なんてないと言う悪循環から脱却する。
その為には、売る側の環境だけが変わっても駄目だ。
俺たちは、これからこの世界の手本として、まず一番に、余裕のある、幸せな暮らしに近づかないといけない。
こうやって楽しく生きる事が出来るんだと、証明していかないといけない。
つまり休日は、最速で世界を発展させると言う目的に、実は必要な制度なんだ。
そして、そうした大局的なものとは別に、理由がもう一つ。
「それに、皆さん今までと勝手が違って、疲れませんか?」
「…まあ、確かにね」
「わたしはやりがいあって良いけどね」
「我慢は前より必要になったねえ」
「ああ、ソウさんも爆発するーって言ってたね」
「言ってくれるじゃないのさあんた」
今日話をしている中で、反応が一番大きくなる。
やはり、負担があったんだろう。
例え、活気が以前より出ていても、だからと言って、不満が無いとは限らない。
まだまだ慣れないだろう、自分の気持ちを殺す接客。
この新しい体制で、上手く続いていくのかわからない不安。
ストレスは当然、溜まっているはずだ。
「だからこそ、お休みです。それにこのチェーンストアと言う体制は、厳格なマニュアルに則って動く事で、効率化し、無理を減らす為の物でもあります。皆さんが休みを取っても、儲けがきちんと出続ける。これこそが、上手くいっている証拠にもなるんです」
これは実際、出来ている企業は出来ている。本当の話だ。
同じ量の商品を店に並べるとして、ジャンルごとに個人店が並ぶのと、全員で全体を回す意識で、大きな店を動かすのとを比べれば、失敗していない限り、無駄やムラを省ける大型店の方が、仕事量は減るに決まってる。
もっとも、これは正しくマニュアルが守られ、綻びが無ければの話だ。
どこかで無理が発生すると、それはそれは悲惨になる。
その無理が真っ先に降りかかるのが、資金などと違って即融通の利く、人であるからだ。頑張り、気合と言う名の、偽りの融通がね。
でも、その無理を発生させた原因が、他ならぬ人であり、マニュアル無視の結果と言う事は、実は非常に多い。
それを防ぐため、あんな洗脳合宿みたいなのが未だに続いていて、たまに本当の軍人みたいな上司が居るんだよな…。
本当に楽したいなら、全員が一定以上の高い意識を持って、真面目にしようって事だ。
休み制度を、世界が豊かになってからじゃなくて、今導入する理由も、そこにある。
全員に、もっと働いて欲しい事がある。
そう言う段階でも、最終的な状態に近い体制で、儲けを出せる。
それは、今後商売が軌道に乗れば、常に余裕を持てる事を意味する。
ならなぜ、オープン当初から休みを設けなかったかについては…うん、皆、本当にお疲れ様でした。
でもほら、ここの人達は無休が当たり前だったわけで…ね?
なにせ、タイムリミットがある。急げるところは急がないと…!
「そんな訳で! 皆さんのおかげで、今うちの店は順調に設けが出ています。休みなんて不要だって人は、仕事の日、そのパワーを全力で発揮して下さい。その方が、メリハリも付くし、案外仕事も捗りますよ。では、解散します!」
「あ、すみません! シフトを配るので、皆さんこちらを受け取りに来てください!」
マリーから肘で突かれ、言外に何やってるんですか、と突っ込みを受ける。
後ろめたさから、慌てて解散しました。ごめんなさい。
「すみません、これ受けとって貰って、質問が無ければ解散で!」
「大丈夫かーいニイちゃん、あんたがさっそく休みにした方が、良いんじゃないのかい」
「いやあ…ははは」
こんな他愛のない事で、皆も釣られて笑っていた。
このまま順調に行く為に、無理せず、でも出来るだけ迅速に、頑張っていこう。




