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俺たちの店6

 以前唐突にやって来て、この村にちょっとした波乱を呼んだローナだが、その後は…何と言うか、相変わらずである。

 要するに、寝ている。メルもセットで、もはやお馴染みだ。

 ただ、一つ問題がある。いや、問題だと思うのは、俺にとっての常識によればだ。

 実際に何か不都合が起きている訳では無いので、これは問題では無い…のかもしれない。

 まあその、問題に思える理由と言うのが、ローナ達が寝ている場所だ。なんとこれが…店の売場なのだ。


 昨今の大手チェーンストアの店舗は、売り場の最終的な配置まで、すべて計算した上で設計される。

 その中で、店に入ってきた時、あえて死角となる様に作られたスペースが存在する。

 基本的には、入り口から少し進んだ時、斜め後ろとなる場所。四角い形の建物なら、入り口がある面の壁沿いに作られることが多い。

 そのスペースの用途は多岐にわたるが、共通するのは、その店のメインとなる物、以外を取り扱うと言う事だ。

 食事処だったり、小さなイベントスペースだったり、季節外れの売れ残り品を置いたりする。

 あくまでこの店のメインはこれ!

 その印象を、店に入って最初に正しく伝えるために、こういう造りにする事が多い。他に、統一感の演出とか、まあ、これも話しだすと色々だ。


 そのスペースなのだが、うちでは今、ちょっとした休憩スペース兼、体験スペースになっている。

 展示スペースとは別で、それはそれで存在するのだが、ここにもうちで扱ってる商品を置いてある。

 主に元の世界で最近流行りの、アイデアグッズの数々だ。ここ数年の間だけでも、ちょっとしたアイデアから生まれた画期的な物がかなり増えた。逆に、科学的な計算に基づいて、厳密な設計の元編み出された物もある。

 そんな商品の中から、今の俺たちでも作れるものを、何種類か自作し、取り扱っているんだ。

 そして、その中に安眠系のグッズがある。

「…ふへへぇ………んぅ」

「ピィー…クゥー…」

 …すると、こうなる。

 ローナは気持ちよさそうに寝てるし、メルはそれ…寝息か? その笛みたいな音は、どういう原理で出てるんだ。そもそも呼吸してるのか。

 さて、ここまでなら、もちろん問題だ。

 仕事中に寝てるし、そもそも安眠系のグッズを二人が占領していて、お客さんがお試しできない。

 しかし、この状況がもたらす結果が…あれなのだ。

 

 ちょうど買い物を終えて帰る人が、スペースに気付いて寄っていく。

 店から出ようとするときは、逆に視界に入りやすいようになってるんだ。

「…うおっ」

 そして、何があるのかと、サンプル商品を物色し始めた辺りで、大抵ローナ達に気付いて驚く。

「…」

 まあ気付いたからと言って、何をする事も出来ない。そのまま商品の方へ、視線を戻そうとする。

 でも、ここで重要な要素がある。

 ローナは女性だ。そして顔だちも良い、美人だ。胸もその…大きい。

 そんな人が、なぜか目の前で寝ている訳だ。

「んん…んふぅ…」

「っ!?」

 うん、びっくりするよな。うん。

「えへへー王子さまぁ…待ってたのぉ…」

「……」

 そして、この寝言である。

 ローナは夢の中でも、王子様を待つお姫様らしい。俺はもう慣れた。慣れる程度には、良く寝言でも出てくる。

 しかし、お客さんはそりゃあ驚くだろう。

 ローナのふんわりおっとり、とろけそうな言い方と相まって、正直…中々破壊力がある。

 そうして、気になって視界に入れたローナは、それはそれは幸せそうに寝ている訳だ。

 この厳しい世の中、それなのに、悩みなんて一つも無いみたいに、リラックスした寝顔をしている。

 なんだか見ているだけで、心が癒されてくるくらいだ。

「…」

 ローナをしばらく見ていたお客さんが、くるりと反転し、そこから離れる。

 そして出口へ…では無く、店の中へと戻っていく。

 こ、これは…まさかまた…。

 内心汗を垂らしながら見守っていると…そのお客さんは、再度商品を持って、レジへ行き会計を始めた。

 その商品とはもちろん、ローナ使っていた安眠グッズだ。ローナのあの様子を見て、おろらく欲しくなったんだ。

 多分あの人は、すでに売場であの商品を見かけていたんだろう。過去には、あれも商品なのかと、聞かれた事もあった。

 そうつまり、これは初めての事では無い。


 嘘だろ…?


 うちの店には、すぐ売れないのを承知の上で、見せる為に置いている商品がある。アイデアグッズの中でも、生活に必ず必要ではない物、いわゆる嗜好品だ。

 そんなに高い値段ではないが、日々ぎりぎりで生きている人が多い現状、そうそう売れない想定だった。

 それでも、うちにしかない商品という、これも特別な要素の一つとして、展開していたんだ。


 そのはず、だったのだが…。

「…えへ~、またむかえに来てねぇ…」

「っ!?」

 ああ、二度目の会計も終わって、それとなく、ローナの方を見ながら帰ろうとしていたお客さんに、最後の追撃が…。 

「まいどありがとうございましたー」

「っあ、どうも…」

 硬直してしまっていたお客さんに声を掛けると、今度こそ、帰って村の方へと行ってしまった。

 多分あの人、またうちに来てくれる気がする。だって男の子だもの。


 …。


 さあ、これをどうとるかなんだよな。

 予想外の売上を得ることが出来ていて、商品の特性上、持ち帰った先での宣伝効果も期待できるのが一つ。

 加えて、他の皆の意見だ。

 どうも、やる事はやってるし、儲けになるなら良いでしょう、という見解らしい。

 確かに、ローナはああして良く寝てるけど、仕事は出来る。ミスも少ないし、早い。

 石の町一番の店の、一人娘みたいだし、そこはしっかりしている。

 だからと言って、仕事が終わり次第、ああして寝てしまうのはどうかと、俺なんかは感じてしまう。

 でも仕事について、時間ではなく量で考えれば、実作業は他の皆と変わらずやっている。そして、皆が接客をしている分は、身体を貼った宣伝で、売上に貢献していると、言える…かもしれない。

 ローナは今も、ゆったりと寝息を立てている。

 とりあえず…皆が不満を持っていないなら、俺はそれに従うか…。俺が、仕事は時間拘束って言う、自分の常識に縛られているだけかもしれない。

 …本当か?


 元の世界とこの世界、それぞれの常識と感覚は、まだまだ擦り合わせが終わらない。

 まあ、今居るのは俺の世界じゃないんだ。俺がしっかり、この世界の感性に慣れて行こう。

 …あ、でもメル、君はもう少し、何かしてくれても良いんだよ?

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