俺たちの店5
商品の値段は、安ければ安いほど嬉しい。
でも、安ければ安いほど、売れるわけでは無い。
安すぎる値段に対して、不信感を抱く境界線が存在するからだ。
俺たち丸猫屋が目指すのは、この世界全体の物流を活性化する事だ。
今の歪になった経済を打ち崩し、安く買い、安く売る。もっと多くの買い物をして、もっと豪勢に暮らしても、皆が問題なく過ごせる状態へ近づけていく。
しかしだからと言って、いきなり最終目標の価格帯で展開は出来ない。
今は店の販売価格が狂っているだけでなく、製造元からの購入価格、つまり原価も狂っている。
そんな事をしていたら、自分たちが必要な、最低限の儲けも確保できない。
そこで俺たちの店では、競合となる石の町と砦の価格に対して、それぞれ約3分の2の商品が安い値段になるよう調整した。
つまり、ここ近辺の3つの村や町を比べた時、安い価格の物は、うちの村が一番多くなるようにしたのだ。
そうすれば、ここらで買い物をしようと考えた時、あそこは安く買える物が多いと、うちの店を思い出してもらえる様になる。
ほとんどの人は、買い物する時、厳密な調査まではしない。かと言って、当然値段がわからない馬鹿ではない。
こっちの店の方が、安かった。
そのシンプルな印象が、リピート率に大きく影響する。
これらを踏まえて、現在のあらゆる数字と、利益の増減を計算し、新しい価格で店を開始したわけだ。
俺がひたすらに、忙しかった理由の一つがこれだ。
何せパソコンは無い訳で、何百種類の商品について、自力で計算したのだから。
…伝手が出来たら、魔術でパソコンっぽい何かも、作って貰えないか頼んでみよう。
そうして、この世界においては明らかに過剰な下調べの元、出来る限りのベストを尽くして価格設定をした…のだが。
「いや、気になってさ。だっておかしいじゃん? いきなりこんなに安くなるなんてさ」
「そ、れは…ですね。わたしたち、の…」
しかしまあ、それでも、不思議に思われるのは仕方ない。
でも居るのだ。そこで理由を店員に尋ねて来る人が…。
今、アンシアが対応している人の言い分はこうだ。安くなった理由を教えられないなら、悪い事でもしてるんじゃないのか。
疑問に思うのはわかるんだ。でも実はこの質問、店側にとっては本当に困る時がある。かなり厄介な物なんだ…。
もちろん、理由があって安い時は良い。
季節もので、売れ時が終わるから。
長期間売れていないから。
取扱い商品の変更で、売り切り終了だから。
しっかりとありのまま、こちらも答えを返す。
しかし、店全体の事を聞かれても困る。
収支がこうで、厳密な計算と企業としての戦略から云々と、長々説明する訳にもいかない。
だからと言って、今お客さんが聞いてきている安い値段は、うちの定価だ。
お客さんが、シンプルに納得できる理由が有る訳じゃない。
だからそういう時は、軽いキャッチボールでやり過ごすのが定番だ。
なんで安いの、という質問に対して、企業努力でとか、おかげさまで安く出来るようになりましたとか。
どちらも本当の事を言っていて、かつ話を切り上げやすい返答になる。このまま、さらにありがとうございますなどと繋げて、早々に立ち去るのがベターだ。
…上手くはぐらかすとも言う。
お客さんの求めた回答を、返せていないのはわかる。
でも、お願いだから、安売り品はともかく、通常売価の安い理由を聞かないで欲しい。お客さんだって、長々と難しい説明を、聞きたい訳じゃ無いはずなんだから。
本当に、シンプルな理由はないんです。
これで儲けが出るんで、みたいな事は、お客さんに返答しづらいんです。
とまあそういう事で。
「それで…結局理由はなんなの?」
「えと、あの…」
あんな風に、お客さんがじっくりと聞く体勢になってしまうと、非常に辛い。
これは正直、アンシアにとっては難しい接客だ。
元々話すのはゆっくりだし、知らない人と接するのも得意じゃない。
テンポよく対応するのは大変だろう。
これも経験と思って、しばらく頑張って貰ったけど…もう良いかな。
元の世界とは違うんだし、別に全員軍隊みたいに、すぐ同じことを出来るようにならなくたっていい。ゆっくりでもいいさ。
俺は、接客の現場に近づいて話に加わる。
「いらっしゃい! お客さん、これからはこの値段で頑張る事にしたんですよ!」
「頑張るって、それ理由じゃないでしょ」
「いやあ、でも本当、商品自体は今までと同じものでね。お客さんだって、安い方がいいでしょう?」
「…まあそれはそうだけど」
「ありがとうございます。是非うちで、たくさん買って行って下さい。たくさん売れれば、これからもこの値段で頑張りますから!」
「あー…ずっとこの値段…ふうん。今だけ安いんじゃないのか…」
「よろしくお願いします。また何かあったらお呼び下さいね!」
「あ、ああ。どうも」
疑問は解消したらしい。
おそらく、この商品が何らかの理由があって、安いと思って聞いたのだろう。
値引きシールが無ければ定価だとか、同じフォーマットの値札なら定価だとか、そういう常識はここには無いしな。
これはそのうち、浸透させてしまいたいところだ。
「アンシア」
「は、はい」
俺はアンシアを引き連れて、そのお客さんの傍を離れた。
先程のお客さんは、そのままいくつかの商品を買って行ってくれた。
とりあえず、問題無しだ。
「あ、の、翔…さん」
「うん? どうしたのアンシア」
「ごめん、なさい。わたし」
「大丈夫」
俺はそっと、アンシアの頭に手を置いて続ける。
「少しずつ、慣れて行けばいいよ。頑張ろう」
「は…はい」
多分落ち込んでる…いや、最近の傾向からだと、テレてるかもしれない。
俺が手を離すと、アンシアは自分の作業へ戻っていった。
彼女は、目元が隠れているから表情を読めない。だから少し心配になる。
俺の居た会社なら、この髪型も直して…ってところだろう。そうなれば、俺としては気を使って上げやすくなる。
…けどまあ、元の世界の厳格さを、同じように何でもかんでも取り入れる必要は無いだろう。
そもそも髪型のルールとか、少数の国の、さらに少数の企業にしか、存在しないし。
これからも、定期的に自分を見つめ直して、皆にいらないルールを押し付けないようにしないとな。
「…お兄さん、本当アンシアさんにだけ、甘すぎではないですか?」
俺がうんうんと、一人納得している所に、そんなマリーの突っ込みが入った。
ほ、本当、自分を…見つめ直すのは大切だよね。
そんなに、特別扱いしてしまっているだろうか…?




