俺たちの店4
こういう事は、まあ当然起きる。
「なんでだ? 面倒だから言った物を持ってこいよ」
「お客さん、まあそう言わずに―――」
丸猫屋を始めて数日、初めてのクレームだ。むしろ初日に無かったのは、かなりラッキーだったと言えよう。
言い分は、自分が欲しい商品のところへ行くのがめんどくさい、だ。
今までと違い、店に来たのに、そこからさらに歩くのだから、そう感じるのもまあ、わからなくもない。
と言っても実際は、元の市場全体よりも店内は狭い。その上買う物が複数あれば、それが一回の会計で済むのだから、負担は減っているはずである。
増えてる負担は、自分で手に取って、自分で押すカートに入れる動きくらいだ。
しかも、村の人ならともかく、この人は旅の冒険者だ。石の町にも、総合店はともかく、同じように店内を歩いて、決まった場所で会計する店はあった。これについては、その店と変わらないはずである。うちの店だから特別という要素では無い。
事実がどうとかより、感じたままに動く人って言うのは、どこにでも居るもんだ。
俺は似たような件を、いくつも経験した事がある。
例えば、店が大きすぎる。わからないからメモの商品を集めて来い。そう言って自分はフードコートで食事する人とか。
探すの面倒だから、全部案内してと言って、最終的に50品以上の商品をあげたりとか。
店員を自分の召使いの様に使う人が、世界には存在する。
そう言う人と対話になったら、時にはどうしようもない。でもある程度、こうしてはいけない、とされている対応も存在する。
例えば、否定しない事。話の中身なんて関係ない。否定されたと感じた瞬間、爆発する人が一定数居るんだ。
「言わずにじゃねえんだよ! いいから―――!」
だから、先ほどのうちの対応は、少々良くなかった。
一応研修で教えてはあるけど、実際のクレームは当然、想定外の事を言われる時もある。それに対して、自分の言動に縛りを付けたまま対応するのは、これが意外と難しい。
にしても、たまにこういうヤンキーみたいな人がいるのはなぜだろうか。やはり生活が苦しくて、人に不安をぶつけないとやってられないのか。だって…。
その時、ソウさんがスッと現場に向かうのが見える。
「ソウさん、今日からは、それは最終手段に変更で…ね?」
「…はぁ。まどろっこしいねえ」
「はは、とりあえず俺が行きます」
だって、騒ぎを起こすと物理的に排除される世界だぞ…? よくあそこまで、威圧的になれるなと思う。俺には無理だ。
それとも、腕に覚えのある人なんだろうか。
「いらっしゃい! 何をお求めでしたか?」
「あ? …ああ、このホルダーに使う―――」
こういう場合の対処として、話す人を変えると言うのがある。
人と言うのは、何を話しているかよりも、誰と話しているかを重要視する傾向があるからだ。
一度強気に出てしまうと、そのまま引っ込みがつかない。
そもそも見た目で、その強気に出た店員を下に見ている。
理由は様々だけど、それらをリセットして、再び話を始めることが出来る。
「なるほど! それなら、一番安いものでも、全部で6種類ありますよ。是非見て行ってください」
「は? な、なんでそんなに?」
「お客さんが、好みの物を見つけられるように、ご用意しました。もし少々お高くなっても良いなら、さらに10種ほどありますよ。案内しますね! こちらです」
「い、いや…おう…」
ああ、この人は全然、問題無い。良いお客様だー。
怒鳴ったりするお客さんでも、笑顔で会話をする相手に対して、それでもなお怒りをぶつけてくる人は少ない。
例え先に対応していた店員と、同じことを言っているだけでも、こうして普通の接客に持って行ける。
まあ今回は、元々うちの店員が何かしたとかではないし、思った事をそのままいうタイプの人だっただけかもしれない。
「ありがとうございましたーー!!」
終わってみれば、クレームと言う程でもない。笑顔で見送ることが出来た。良い事だ。
「…と、こんな感じで、お願いしますよソウさん」
「あー…あたしが引っ掴んで放り出すより、穏便に済んだのはわかるけどねえ」
「わ、私が次はやってみます!」
そんなマリー、クレームを待ってますみたいな。
「うん、機会があったらね。でもマリーは、その前にもっと勉強かなー」
「うぅ…お兄さん、私にだけ厳しいです…」
「頑張れ頑張れー」
少し膨れつつも、なんだかマリーは楽しそうだ。
実際これは、ソウさんを筆頭に、マリー以外の人に慣れて貰いたい事なんだ。
なぜなら、若造、ガキを下に見る人がいるから。
立場が上でも、年下の店員のいう事は信じない。バイトで年齢の高い人が同じことを説明したら、あっさり納得する。そういう人も居る。
全部、ただの可能性なんだ。でも重ねて行けば、確かにこじれる事は減っていく。
現代の接客マニュアルって言うのは、少しでも多くのクレームを、迅速に解決出来る確率を上げてくれるものなんだ。
それこそ、何ページ分にもなってしまう情報が詰まっている。
外からではわからなくても、店で働く人たちは、かなり勉強してたりするんだ。
まあ、そういう店ばかりではないし、そういうチェーンでも、全従業員にマニュアルが行き届いてるかと言うと…多くは言うまい。
「あたしは、何か発散しないと、いつか暴れ出しちまうよー」
「えー、私はこっちの方がいいわよぉ。平和が一番」
「はー羨ましいねえ」
うん、特にこの市場の皆には、黙っておく。あたかも、これが普通であるかのように、ニッコリと言い続ける。
せっかく、そういう事に出来るのに、しないのはもったいない。
皆やってないから、自分もやりません。
この派閥が過半数を越えた店舗は…それはそれは悲惨なんだ。同じチェーンとは思えない店に変貌したりする。
…我ながら、黒いな。
でも実際、こういうマニュアル対応は、自分の意志とは違う対応をするんだから、ストレスが溜まる人も多い。だから、ちゃんと考えてはいる。
市場の皆、この店での商売に慣れるまで、もう少しだけ頑張ってください。




