俺たちの店
相変わらずの、寝覚めが悪くなる夢を見る。
しかし、どうした事だろうか。
魔物の件以来、勇者を後押ししていた光の線が…無くなっていた。
いや、と言うよりもこれは…。
勇者は、ほとんど抵抗も出来ないまま、塊に飲み込まれた。
こいつは…冗談きつい歓迎だ。
「…」
どこかで鳥が鳴いている。いつもと変わらない朝。
少なくとも、この現実は、変わらない。
いや、落ち着け…。この夢がどういう物だったかを思い出せ。
メルに聞いた限りじゃ、これはこのままだった場合に、行きついてしまう未来だ。そして、その未来に影響を与えられる存在は、俺だけじゃない。
さっきの夢は、確かに普段と違っていた。でも大きく変わっていたのは、勇者の風貌だった。何か、陰りがある様な…。
だから、これが俺の行動による変化ではない…と思いたい。
何せ今日は…。
「お兄さーん? 起きてますかー?」
マリーが呼びに来てる。どうやら少し寝過ごしたらしい。
「…うん、起きてるよっ!」
気持ちを持ち直せ。
今日は俺たちにとって、一つの記念になる日なんだから。
俺が、この世界に来てから、ちょうど一年程経った。
ここから、やっと始めて行くんだ。
「お兄さん…顔色良くないですよ。本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫、ちょっと嫌な夢見たくらいで、左右されていられないよ」
「…無理する前に、私に頼ってくれないとダメですからね」
「はは、ありがとう」
マリーから、心配する声が掛かる。
「翔」
「うん」
「気にするな。あれは、我らのせいでは無い…はずだ」
「…了ー解」
唯一夢の内容を共有出来るメルも、声を掛けてくれる。
でもそこは、俺たちのしてる事は、間違ってないって断言して欲しかったなあ。
「…」
「さあ、いよいよだねえ」
アンシアにソウさん、ローナ、周りには市場の皆も集まっている。
俺の手には今、看板が握られていた。
ここ半年の準備の中、デザインを皆で考えて決めた。商売繁盛を願って、メルの形を模している。頼りなくったって、この世界の神様だからな。これが俺たちシンボルだ。
それを、入口へと取り付けた。たった今、このただの建物が、一つの店になった。
俺は皆の居る方へと向き直り、ゆっくりと視線を動かしていく。
これで、皆が希望に満ちた表情…でもしていれば良かったんだろう。しかし生憎、不安そうな顔ばかりだ。
でも、それでいい。もうここには、無気力で、死にそうな顔をした人は居ない。例えまだ、希望になることが出来ていなくても、この店をやっていく事が、皆の目的になればいい。
それがきっと、この世界を救う為のエネルギーに変わっていくはずだから。
「まずは、今日までお疲れ様でした! おかげ様で、こうして新しい店を始めることが出来ます。皆これまでと違って、戸惑う事もあるでしょう。しかし、それに対応できるように、しっかりと時間をかけて、研修もしてきました」
こういった挨拶は、元の世界ではよくやっていたし、慣れたものだと思っていた。でも、ここまで自然と心が籠ったのは、初めての事かもしれない。
「今日、ここから始めるのは、この世界にとって、初めてとなる種類の店です。その特別な存在であるこの店を、良いと思って貰えるかどうか。それはこれからの、俺たちの働きに懸かっています」
皆の表情が、より緊張したものへと変わる。
心配する事なんて無い。これは、本当に良い事だ。だって緊張するって事は、皆の意識が、同じ方へ向けているって事だから。
この店を、成功させたいって目標に向かって。
生活が懸かってるんだから、当然だって? そこは言いっこなしだ。
俺は、ここで意識して、ハッキリと笑顔を作った。
「そんな訳で、いっちょ、やってやりましょう!」
「はい!」
マリーの気合の入った声が返ってくる。
それを聞き、戸惑い気味だった周りのみんなも、それぞれ思い思いにリアクションを返してくれる。
さすがはマリー、俺のパートナーだ。
さあ、それじゃあ、唱和をして始めよう。
「いらっしゃい! ようこそ丸猫屋へ!」
「「「いらっしゃい! ようこそ丸猫屋へ!!」」」
これからチェーンストアとなる為の、新しい軸を持ったひとつの店が、今日、スタートする!




