生活はどうなった7
記念すべき一号店となる建物は、現在内装作業へと進んでいる。
つまり外面だけは、もうそれなりのモノになっていた。もっとも、看板などは出ていないので、何だこのデカい建物は、という状態のままだけど。
何と言ってもこの世界では初めての取り組みで、いつ頃オープンできるのか、完全に見通すことが出来なかった。だから宣伝も出来ていなかったけど、そろそろ、そちらも開始する頃合だ。
さて、そんな今日この頃、俺はその店で目を覚ました。現在、俺の就寝場所は、もっぱらここになっている。
先日ローナが村を訪ねてきて、あれからも揉めに揉めた。主にマリーが、大騒ぎだった。
結局、このまま村に居付くつもりと言うのは事実のようで、そうなると寝泊まりする場所が必要になる。でも、アンシアの家に、これ以上空部屋は無い。寝るスペースくらいは確保できなくもないが、これ以上迷惑も掛け辛い。
ならばと、とりあえず店内部の部屋を使う事になった。
初めは、ローナに使って貰おうかとも考えた。
でも、なんだかんだ言っても、そこは店の中、部外者立ち入り禁止となる部屋だ。
ローナは、うちで働いてくれるって話だし、一応部外者では無い。
といっても、この村の皆に比べて、一緒に過ごした時間が少なすぎる。無いだろうけど、あのふわふわとした印象は演技で、石の町から来たスパイかもしれない。
…まあ、この世界の現状を見るに、競合店スパイとか考えられないけども。
と言うか、マリーも言ってたけど、この各地区で超閉鎖的になっている状況で、ローナはよくここへ来たな。
村の皆の反応も、温かく迎えるでもなく、冷たくするでもない。そんな事ってあるのか? といった具合だった。
ただの、ぶっ飛んだマイペースな人かもしれない。
とにかく、色々話し合った結果、俺が一人で店に寝泊まりする事になった。
ローナが一緒にこちらへ来たがっていたけど、マリーと、意外な事にアンシアまでもが、全力でそれを防いでいた。
全く面識の無かったアンシアの家に、ローナを置いて貰うのはどうなんだろうと、ふと口にした瞬間のマリーの眼光は…多くは語るまい。
まあ、これからマリーもアンシアも、本当に子供扱い出来ない歳になるし、いい機会だったかもしれない。
まだ出会ってから一年くらいだけど、さすがは成長期、二人ともすでにその頃とは印象が違う。背も相応に伸びている気がする。年齢の割に小柄なのは、やはり栄養の不足とかが関係しているのかもしれない。
そして、そんなちょっとした波乱を巻き起こしたローナだけど…これが良く寝る。それはもう、寝る。
良くメルと二人で、寄り添いあうようにして寝ている。
…寝坊助が増えてしまった。
いや、期待していた訳では無い。これから連日、抱き着いて貰えたりするかもとか、ちょっとくらいしか思っていない。
それになんだか、ローナは俺を見定めている節があるんだよな。
この前も、もう少し頑張ってって言ってたし、それ次第と言う事か。何にしても、俺にも春の兆しが見えたのは、良い事だ。
店として、管理体制として警戒はしたけど、悪い人には見えないし。
今は、恋愛にじっくり時間を使う様な余裕は無いけど…。
そんなローナだったけど、ここの所、気になる事があった。
時折、アンシアと共にどこかへふらっと消えるのだ。
一人で居なくなるのも当然気になるが、アンシアと一緒となっては、より気になるのは当然だ。
一体何をしていると言うのか?
そもそもアンシアは人見知りだし、よくこんなに早く打ち解けたなとは思う。確かにローナは、ゆったりしたオーラと言うか、安心できる雰囲気を持っているけど…。
そして現在、俺は目撃してしまった。
今日も休憩の時間に、ふらりと人気のない所へ向かう二人を。
よし…。
俺はこっそり、後を付けてみる事にした。
それにしても意外だ。アンシアの方から誘ったみたいだった。
まあある意味、それなら安心とも言えるけど、気になるのは変わらない。
もう、結構な距離を歩いている。ここまで来てしまうと、村の音も聞こえない。
ここまで念を入れて、一体何を…。
少し不安になりながら尾行を続けていると、少し開けたところに出た。二人はそこで足を止め、何やら身体をほぐし始める。
「じゃあぁ、今日もやっちゃおっか~」
「えと、お手柔らか…に」
「だぁめ、どんどんせめちゃうよぉ」
「…はぃ」
なぜだろうか…いや、雰囲気はそんなんじゃないんだ。
そんなんじゃないんだけど、ローナのねっとりとした話し方と、アンシアの儚げな雰囲気が合わさって、何と言うかこう…分かって欲しい。
まて、ローナはともかく、アンシアでそんな事を考えるとは狂ったか俺?
最近この世界に、変な意味で慣れて、余計な事を考えすぎでは?
「いくよぉ」
「…お願い、します」
二人は、そう言いながらお互いに手を伸ばしあう。
こ、これって…まさか…。
二人の手と手が触れあった瞬間………辺りに重低音が響き渡った。
いつの間にか、ローナの脚は上から蹴り落としたような形になっている。そしてそれを、土の塊が防いでいた。二人の距離が、一度大きく離れる。
…う…わぁ。
「ほぉら~。もっと身体も使わないとー。そんな風に、小っちゃくなったまま魔術だけ使ってても、だぁめ!」
「っ!」
目の前では、俺が先日まで、ハンスさんに付けて貰っていた訓練…以上の攻防が繰り広げられていた。
ああ…、アンシアが強いって本当だったんだなあ…。
話している内容的にも、別に本気で喧嘩しているとか、そんなんでは無い。どうしてこうなったのか、経緯はわからない。でも、止めなければいけない状況、という訳では無さそうだった。
というか…止められないかも…。
俺は、こっそりと踵を返す。そのまま村へと歩き始め、今見た事は考えないようにしようと決めた。
普段の二人のイメージとのギャップに、俺はとてつもない衝撃を受けた…。
そのまま、俺は村へとたどり着く。
「あ、お兄さん、どこ行ってたんです? ちょっと確認を」
「マリー」
俺は、安心を求めて、そのままマリーをぎゅっと抱き寄せた。
「は…? えっちょ…はい!?」
「いつまでも、変わらないマリーでいてくれ…」
「色々意味が分からないんですけど!?」
俺は、目を白黒させるマリーを余所に、そのまましばらく頭なんかを撫でていた。
…そしてその後、自分は何をやっているのかと反省した。




