生活はどうなった6
俺とマリー、それにローナさんは、アンシアの家で間借り中の、俺たちの部屋へと集まっていた。
「えっと…それでローナさん、どうしてここに?」
「あーやだよー王子様ぁ。うちの事は、ローナって呼んで? もしくは姫とか…きゃあ~~!」
ローナさんは、そんな事を言いながら、俺の横で嬉しそうにはしゃいでいる。
「わかりま…いや、わかった。ローナ、それで…あ、あと王子様は止めよう。俺の事も翔でお願い」
「じゃあ、翔様でっ」
「ちょっと!?」
ローナが何のためらいもなく、腕へと抱き着いてきた。
俺は正直、この世界へ来てから一番困惑していた。
ローナはかなり胸もあるし、顔も整っている。
これで、もう少し肉付きが良ければ…と言う事は、将来的にはきっと…。
そこまで考えたあたりで、ダン!と目の前のテーブルから音が響いた。
「どうぞ、外は寒かったでしょう。これでも飲んで、温まって下さい」
「ありがとぉ~」
マリーが温かい飲み物を差し出す。
…と言うよりもテーブルに叩きつけていた。
しかしローナは、何も気にならないかのように、ほんわかとお礼を返している。
って、あれ?
「マリー、その俺の分って…」
「なんです? 飲みたければ飲めばいいじゃないですか」
「そう、だね…」
マリーは、ちゃんと俺の分らしいコップも、用意してくれている。
ただし…マリーのコップの隣にだ。
今俺たちは、俺とマリーがいつも通り向かいに座り、ローナが俺の隣にくっついている。
つまり、コップがマリーの隣にあると、俺は手が届かない。
これはやっぱり、ローナとくっついてるのが嫌…なんだよな?
そんな風にやきもちを焼いて貰えるのは、まあ嬉しいんだけどね…。
「翔様、欲しいんだー? はい、どうぞー?」
「え、ちょっと待っ」
ローナはそう言いながら、自分の飲んでいたコップを俺の方へ向けてくる。
これを飲んではいけない気がする!
俺は、視線をサッとマリーの方へ向けた。
そこには案の定、わなわなと俺の方を睨むマリーの姿が!
「とにかく! ローナさん、ここへ来た目的を! 簡潔に述べなさい!」
「そ、そう、それ!」
「それはもちろん、翔様に会いにだよー」
「お兄さん…私言いましたよね? 石の町で、ローナさんの店には寄らないでって…」
「寄ってない! 寄ってないよ!」
「それだよー翔様ぁ。ひどいよぉ、町に来たのに会いに来てくれないなんてー。うち待ってたのにー」
「い、いや、俺は寄ろうかと思ってたんだけど、マリーが一人で行くなら、ローナの店には寄るなって言うから…」
寄りたいならマリーも一緒に行くって事だったけど、今の村の状況を考えれば、俺たちが二人とも村を離れるのは、できれば避けたい。
ローナの店に絶対寄る必要は、とりあえず今回無かったので、言う通りにして来たんだ。
「うち、少し翔様が町に来てたって、ナンちゃんから聞いて、ショックだったよぉ」
ナンちゃん…って言うと、何でも屋の店主か。
確かにそこなら寄ってきたし、特に口止めなんかはしなかった。知り合いだったんだな。
「ずっと待ってたんだよ?」
「ご、ごめん…」
「ごめんじゃないです!」
にしても、やっぱりよく分からない。
確かに、初めて会った時、帰り際にそんな事を言われてはいた。
待ってるとか、王子様がどうとか。
でも、それまではこう、ゆったりおっとりとした女の人だった。
それが変わったのは…。
「翔様ーやくそくしたよね? だからもうこっちから来ちゃったよぉ」
そう、指切りした時だ。
あの時は、周りの反応も変と言うか、過剰だった。
察するに、この世界の指切りは、何か俺の知っているのとは、違う意味がある気がしてならない。
気になるけど、なぜかマリーは教えてくれないしな…。
しかも、他の人に聞こうとするのも止めて来る。そこまで嫌なら、別に知らないままでもいいやと、放置したままになっている。
「だからぁ、これから一緒によろしくね?」
「は、はあ…え、これから?」
「ちょっと何言ってるんですか! 第一自分を姫って…大人げないにもほどがあります! 私ですらもう恥ずかしい歳なのに!」
「うちはー王子様が迎えに来てくれるまでー永遠のお姫様だからぁ。あ、もう来てくれたんだよねー。じゃあそろそろ…」
「あああああああおおにいさん! この人やっぱり痛い人です! 追い返しましょう! と言うか、いつまでくっついてるんですか!」
「マ、マリー、まあ落ち着いて…ほら、いつものしれっとした態度を思い出して」
ローナさんも擦り寄らないで!
正直ここへ来てから、そういう交流はまるで無かったし、ドキドキが止まらない。感触が…!
俺も…もうすぐ、29になる…。いい歳なんだよ…な。
「翔様、お店はうちの町に作るんだと思ってたのに、この村に出すんでしょー? なら、うちもこの村に来ないとー手伝うよー」
「え…店を手伝ってくれるって事? それは正直助かる」
「要りません! なんなら私が、その分お兄さんに寝かせて貰えなかろうと、色々なんだろうとやってやります!」
またこの子は、とんでもない発言をする…。
「その件はもう反省したってば…」
「えへーマリーちゃんもなんだー? でも翔様には、もう少し頑張って貰わないとねー」
「何を知った風な事を!?」
ああ…もう騒ぎが終わらない。いい加減アンシアのおばあちゃんにも、迷惑すぎる。
何か、話題…話題は…。
「あ、そういえば、ローナ、何か荷物持っていたけど、これは?」
話を聞くに、このままここへ居付く予定のようだけど、それにしたって荷物が大きい。
「あーこれはぁ、ナンちゃんからの預かり物でぇす。なんかーご要望にあったスイッチを組み込めたよーって」
あっ。
これは、良くない。
俺は、おそるおそる質問を返す。
「あー…それってもしかして、例の冷風機の…?」
「だよぉ。ガラクタばっかり作ってたのに、ナンちゃんも、こんなの作るようになったんだねー」
いや、待て待て、まだ何とかなるかも知れない。上手く切り抜けられるかもしれない。
なんせここは異世界、スイッチが何なのか分からない可能性も。
「スイッチ…確か、お兄さんの世界で、冷風機やらの起動を操作できる物でしたね?」
色々とマリーに教えまくっていたのが裏目にでた!
「つまり、この冷風機を使えば、私が魔力を込めている間、冷気に晒されることは無い訳ですか」
「すごいよねぇ。うちも試したけど、確かにこの魔力量で、これだけ術式が起動し続けるなんてー。スイッチを押した瞬間だけは、ひんやりしてきゃあ~ってなったよー」
「そうですか…一瞬だけで済んで良かったですね。ところでお兄さん、こんな改良が進んでいたんですね?」
「い、いや、どのくらいかかるかは、本当不明だったから! それに、起動実験は早めにしないといけなかったし!」
「大丈夫です。ちゃんとわかってます」
「う、うん。ごめんねマリー、苦労させ」
「お兄さんは、やっぱり鬼畜変態です」
限界を超えたのか、少し涙目になっている。
全然わかって貰えてない!
この日、とりあえずローナさんには宿屋へ泊まって貰った。
マリーをなだめるのには、実に数時間を要した…。
ナデナデ
「変態…」
「ごめん…」
ヨシヨシ
「絶対楽しんでます」
「ち、違うってば…」




