商売の始まり 商品≠(ノットイコール)現金
他の職業もの小説同様に、読者の皆様にほんの少しの、へーと思える知識を提供しつつ、且つ読みやすく楽しい物語を目指して頑張ります。
チーチチチチ……――
朝日が昇り、スズメとは違う何かの鳥が鳴いている。
朝チュンならぬ、朝チチ状態で目を覚ました俺とマリーは、眠気を振り払い出発の準備を始めていた。
「まさか、本当に寝させてもらえないとは思いませんでした……」
「ごめん、つい興奮しちゃって」
「……わざと言ってます?」
「え?」
「なんでもありませんっ!」
さすがに夜通し質問責めにしたのは不味かったのか、少し機嫌を損ねてしまった。でも、この家の経済事情を立て直すのに必要なことだ。
「夜通し付き合わせて悪かったよ。でもおかげで、とりあえず何を試してみるか、大体決めることができた」
「はあ……それで、まずは何をすると?」
「うん。とりあえず……倉庫にあるって言う商品、全部見せてもらえる?」
所は変わって、いつもの市場。
「お兄さん……、ふざけないでください……!」
俺は今、マリーにさっきとは比べ物にならない、強い怒りを向けられていた。
「ふざけていないよ。正直、今できることは少ない。そんな中で、一番いいのはこれだと思う」
「私、昨日話したばかりですよね? お父さんの武器は、とっても、とってもすごんだって……! 本当は銀貨90枚程度で売るような、なまくらじゃないって!」
「うん。ちゃんと覚えてるよ」
「じゃあなんで! 古い武器だけとはいえ、さらに半分の銀貨45で売るなんて、正気ですか!」
もちろん俺は正気だった。昨日、マリーがストスさんの武器を語っているとき、とても誇らしげだった。自分の父親はこんなにすごいんだって、初めて歳相応の子供らしさを感じた。
そんなマリーの気持ちを踏みにじるようなことは、本当は俺だって望んでいない。
でも今の状況で、まずするべきはこれだと思う。
「納得し辛いのは、察するよ……。でも勘違いしないでほしい。確かに俺は、ここに並ぶ剣の価値を見極められる目は無い。でもだからって、マリーの言葉を信じていなかったり、ましてなまくらだ、なんて思っているわけでも無い」
「なら……どうしてです?」
ある程度予想していたとはいえ、責められるのはきつい。
でも、こうしてちゃんと話を聞こうとしてくれる。やっぱり強いし、しっかりしてる。
「まず、べつにこれが店を立て直す策というわけじゃないんだ。完全に立て直すには、一歩一歩やるしかない。これは、準備みたいなものだよ」
「準備……?」
しっかり目を見て訴えたおかげか、少し落ち着いてくれた気がする。
「うん、説明するね。もしよかったら、準備をしながら話そう」
こうして俺たちは、少々ギスギスしながらも、店を何とかするため行動を始めた。
さて、この結論に至るにあたって、マリーを一晩寝かせないくらいの、膨大な情報が背景にあったわけだが、とりあえず今回の、大バーゲンセールをする理由だけ説明しようと思う。
一番の要因は、その元手の少なさだ。資本金不足、つまりお金が無い。
当たり前すぎて、何だよと思われるかもしれない。
そもそもそのお金を稼ぐために、何かするんじゃないのかって?
もちろんその通りだ。
でも、どんな販売戦略を立てようにも、先立つものが必要だ。
今回のバーゲンセールはずっとできるわけじゃない。商品は武器や、金属を扱ったものばかりで、安く、多く売る薄利多売では店を回していけない。たくさん捌き過ぎても商品が無くなってしまうし、本来の価値と違う売価での販売は、相場の崩壊を招く。続ければ売る側の同業者共々、破産して全滅、なんてこともあり得る。
なにより、マリーの為にも、ストスさんの為にも、きちんと正価で売れる環境にしていきたい。そう、これはその為の、致し方ない犠牲だ。コラテラルダメージって奴だ。
そして今回の策、大幅値引きをすると考えたとき、現状はそこまで悪くなかった。お金はなくても、商品はあったからだ。かなり昔の物らしい分も含めて、倉庫の中に100はあった。
それならその在庫を売るまで、新しい武器は作らず売りに徹すればいいと、もちろんマリーには聞いてみた。しかしこのあたりの客は、きちんと目利きが出来る相手がほとんどらしく、売れる武器は新作ばかりなんだそうだ。しかも購入割合は、常連さんがほとんどで、なおのこと新作しか見て貰えないらしい。そういうことなら仕方がない。むしろ、それならそれで、現状を活かす方向に持っていけばいい。
「そういうわけで、どうかな? マリー」
俺はマリーに、さしあたり必要と思われる内容を説明し、聞いた。果たして納得して貰えただろうか。
「……とりあえず、お兄さんが何を考えて、お父さんの武器をさらに安く売る、と言ったのかはわかりました」
お?
「でも、やっぱりお兄さんはわかっていません」
おお……。
「確かに、価値をわかってくれるお客さんは多いです。でも、一度値段が下がったものを、また元の値段で買ってもらえるとは限りません。いいえ、実際に……買ってもらえなくなりました」
「それは、今売ってるみたいに、元の価値より値を下げたってことだよね」
「そうです。一度安い値段で買ってしまえば、もうお客さんは元の値段に納得しません。買ってくれるのは、価値をわかってくれて、且つ人の良い方だけになってしまいます。そうなったら、それこそもう……常連さんたちがたとえ数人でも、今の値段で買ってくれなくなってしまったら、もうやっていくことができません……。それについてはどう思っているんです?」
「それについては……」
「……ついては?」
「そのとおりだね!」
「へえ……」
あ、マリーの後ろでオーラみたいなものが、ボンと膨れ上がった気がする。
「まってまって、同じように値下げをするつもりはないんだ」
「同じように値を下げない……? 値段を下げるのに、同じも何も無いじゃないですか?」
「確かに値段自体は、ただ下げるだけだよ。でも、今みたいには売らない」
「一体どういう……?」
「それについても説明するって! だからマリー……」
俺はマリーの目をしっかりと見つめた。
「は、はい!」
しっかりと息を吸い込み、そして
「少しで構いません! お金を貸してください!」
「……」
数日ぶりの、底冷えするようなジト目で俺を見るマリーと、散々世話になっている年下相手に、借金を申し込むくっそ情けない男が、そこには居た。
次回は新キャラが出ますよ!(多分)




