生活はどうなった5
暑かった夏は、とうに過ぎ去っている。
新しい体制を動かし始めて、もう数か月が経っていた。
今ではすっかり寒い季節だ。
お店も、建物自体はトラブルも無く完成し、先日知り合いの職人に、強度も確認してもらった。
問題無しだ。
その確認依頼の為に、一度石の町へ行った訳だが、そこで一つ成果があった。
そして、それを持ち帰った俺は、さっそく運用テストの為、ここのところマリーに試してもらっている。
「あ゛あ゛…あ゛ぁ゛っ…ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
試して…貰っている…。
マリー…またそんな乙女がしちゃいけない声出して…。
「今日も、問題無く動いてるみたいだね。これなら、良い目玉商品に出来るかもしれない」
そんな呑気な俺の声に、キッ!っと鋭い、マリーからの視線が飛んでくる。
「ひ、ひひひ他人事だと思って…、最低です! さては、私をこんな目に合わせて楽しんでますね!?」
「いやそんなわけないよ。大切なマリー」
「そう、っひぃあ~~~! 言うならっ、お兄さんも、こっちへ来てはどうなんです!」
「…あえて近づきたくはないかなー」
「お兄さんのっ…変態ぃ…」
変態要素は無いでしょ…。
マリーが今、何をしているか。
実はなんと、この世界ではまだ全く出回っていないと言う、とある冷房装置を起動してもらっている。
そう、冷房装置だ。
この寒さの中だが、冷房装置だ。
待って欲しい。一つ一つ説明したい。
初めて石の町を訪れた際、店員がぶっ倒れていた、変な店があったと思う。
実は、俺はマリーと別行動になった後、あそこを再び訪ねていた。
あの、不思議な何でも屋だ。
そこで俺は、俺にとっては見慣れた、とある物を発見していた。
それは扇風機だった。
なぜそんな物があるのか気になっていた俺は、店主に聞いてみた。
すると、以前にイカズチと出会った事があり、その時に扇風機を聞いたと言うのだ。
そして店主は、無類の発明好きで、色々な物を造っては売り出す、町の中では変人扱いを受けているらしい。
あのイカズチが扇風機を知っているとなると、やはりまさか…とも思った。
けど重要なのは彼女が、イカズチに聞いたこういう物、と言うアイデアだけを元に、扇風機を作り上げたらしい事だった。
俺は、ともかくこれはチャンスだと思った。
だからこう言ったんだ。
そういうアイデア、もっとたくさん欲しくは無いかと。
そしてつい先日、ついでにその店を覗いた結果…何と早くも成果が出ていたという訳だ。
この世界には魔術があるが、誰もがずっと使い続けていられるような代物では無い。
よって、気温による寒さ暑さは、生活における悩みの一つだ。
その悩みを解決できるかもしれない一品だ。
これには電気の代わりに魔力、基盤やらの代わりに、術式が組み込まれているらしい。
魔力を流し込むことで、術式が起動し、冷たい風が出るようになっている。
この世界においては、そもそも誰もがほとんど魔術を使えるせいか、こうした術式を用いた魔術は、あまり扱われていないそうだ。
魔力効率的にも、今まで無用の産物だったらしい。
そこで俺は、知る限りの科学の知識を、何でも屋の彼女に伝えておいた。
例えばこの冷房装置。俺は魔術の詳しい事はわからないが、冷気を生み出すよりも、熱量保存を利用して、冷たい空気を確保する方が、エネルギーが少なくて済む気がしたのだ。
結果から言えば、その予想は正しく、少ない魔力で実用的な起動時間を確保するに至ったらしい。
まさに科学と魔術の融合作だ。
といっても、この冷風機、まだまだ改良の余地がある。
まず、エアコンとは違うので、とにかく冷たい空気を出す。
周りが寒かろうと、お構いなしに出す。
あとは、スイッチのオンオフが出来ない。
魔力を込めると、術式が発動し、冷風が出る。とにかく出る。
そして魔術的な物なので、風の出る方向など存在せず、全方位式だ。
冷房性能としては、かなり優秀な気がする。
それがこの、マリーがガタガタ震えている原因、ようするに冷風機である。
さすがに起動テストくらい済ませない事には、商品には出来ないと言う事で、持ち帰った日から魔力を込めて貰っては、様子を見るようにしている。
がしかし、先に言ったとおり、この冷風機、魔力を込めれば即冷風が出る。
そんな物をアンシアの家の中で、この真冬に使う訳にもいかない。
よってどこで起動しているかと言えば、耐久テストも含めて屋外で行っている。
そう、この寒さの中、数十秒とはいえ、冷風にさらされるハメになる。
正直、心が痛い。出来る事なら俺が自分でやる。
でも俺は、相変わらず魔力が無い。
もたらされる結果からすれば、微々たる魔力で良いようだが、それでも足りない。
だから、仕方がないんだ…ごめんマリー…。
そんな事を考えながら、俺は目をつぶり、涙をのんでいた…が。
「あああああああああ冷たい! 冷ったいいい!?」
「私がこんな思いをしてるのに、そんな所でニヤニヤ見ているのがいけないんです! お兄さんの体温であっためて下さい!」
いつの間にか、マリーがこちらに近づいてきており、そのままがばりと抱きつかれていた。
寒い! 冷たい!
というかニヤニヤはしてないでしょ!?
「待って! 家の中に戻った方が、絶対あったかいでしょ!」
「私の事、大切なんですよね? なら辛い事も分かち合いましょう」
「分けなくていい辛さを分け合って、どうするの!?」
いや、本気で冷たかったのは、最初だけだったしいいけどさ。
…というか、思い切り抱き着いてるけど、恥ずかしくないのかな。
「やったなマリー!」
「わひゃあ!?」
俺は俺で、もう勢いでマリーを持ち上げて、そのまま回転したりしている。
これもう、あれだ。
完全にじゃれ合う親子みたいな奴だ。
「王子様ぁーーー!」
いやあ、確かに抱き合ってくるくる回っているし、王子と姫のイメージでもいけるかもだけど、俺とマリーだしな。
…ん?
「えっ」「へ?」
「うちも負けないよぉ!」
「ちょっ」
この後俺は、新たに増えた女性一人分の重さに耐えられず、あえなく押し倒されたのだった。
というか、なぜローナさんがこの村に!?




