生活はどうなった3
とある日の事だ。
俺は市場全体の作業調整や、その先の計画作成、他にも様々な作業に追われていた。
ただ、それはそれとして、気になっていた。マリーの事だ。
ここ最近、あまりマリーと一緒に居られていない。
初めのうちこそ、不満そうな目線を向けられるくらいで、そのうち時間を作ろうと言う程度に考えていた。
だからそのまま、ずるずると放置してしまった。
すると、今まで不満を訴えている印象だったマリーが、いつの間にか、悲しそうな表情に変わっていた。
正直、心にぐさりと来た。
いや、実際のところ、寂しがっているのかはわからない。
でも仮に、もう俺の事なんてどうでもいい、と言う様な理由で態度が変わっているとしても、何か他の理由でも、このままはよろしくない。
俺は元々、効率だとかを優先して、そういうの疎かにしがちだ。
せっかくこうして、これ以上ないほどの環境の変化を経験しているんだ。
ちゃんとそう言うところも、気を回せるように成長すべきだろう。
きちんと伝えよう、ありがとうの言葉と言う奴だ。
そう考えた俺は、割り切って作業を切り上げ、マリーに声を掛けたんだ。
「マリー、今日は何か…えっと、何かしようか」
「…はい? 何言ってるんですか急に」
いや本当だよ。何が言いたいんだ俺は。
「ほ、ほら。最近あんまり、マリーと話も出来てないじゃない? そろそろ…そう、そろそろ寂しくなってきちゃって」
ここで間違っても、マリーが寂しがっていると思って、だとか、こちらが気遣っているかのような言い方をしてはいけない。
十中八九、機嫌を損ねるに決まっている。数多の漫画や小説で見た。
俺はそういう事にも詳しいんだ。
「ふうん…?」
ほら、マリーがなんだか、ちらちらとこちらを見ている。
まずは上々の滑り出しだ。
でもここで調子に乗ってはいけない。
マリーは、ここで立て続けにノせようと囃し立てると、わざとらしいですねとか言って、しらけてジト目で睨んでくるタイプだ。
まあ、そんなめんどくさいところも、普段の頑張っている姿を知っていればかわいいものだ。
と言う事でここは、うまい具合に、相手からノってくるように誘導する感じで…。
「そういえば出会ってから、俺は色々お願いとかしてるけど、マリーからされた事って、ほとんどないよね」
「そうでしょうか? それなりに私も、色々言っている気がしますが」
確かに、細かい事とか、俺がして当然みたいな事は言われている。
でも俺がしたみたいな、その…お金を貸してだとか、そういう本当の意味でのお願いは、言われていない気がする。
「この機会だし、何かマリーの話も聞いてみたいな」
「私の、話…ですか?」
「うん、話じゃなくても良いよ。さっき言った通り、俺にしてほしい事があれば、それを言ってくれても良いし」
「急に言われても…色々困りますね」
なんだか少し、もじもじした様子で歯切れも悪いが、とりあえず機嫌を損ねてはいないみたいだ。
俺がマリーに、何かしてあげたいと思っているのは本当だし、これで少しでも、ストレスを吐きだしてくれればいいけど…?
「じゃ、じゃあ…」
「うんうん」
「お兄さんが、してほしい事を何かしてあげます」
…うん?
えーっと…どうしてそうなる?
「マリー…?」
「で、ですから! 私が一つ! お願いを聞いてあげようと言うんですよ!」
「…なんでも?」
「な、なんっ…い、良いですよ! 言ってみたらいいではないですか!」
いやおかしいだろう。
なぜ俺が何でも言うこと聞くよ、という流れの話が、完全に逆転しているのだろうか。
そして俺は俺で、突如テンションの上がったマリーに押され、訳の分からない返しをしている。
さらにややこしい状況になってしまった。
これは、あれか?
無理やり考えれば、マリーのしたい事が、俺のお願いを聞く事という訳か?
それは…何と言うか、もしそうなら、家族?冥利に尽きると言う奴かもしれないが、どうなんだ。
ここは慎重に…と言いたいところだが、現実では、マリーがさあどうぞと、啖呵を切ったままこちらを見つめている。そんなにゆっくりは出来ない。
こういう時の定番って、どういう物があったっけ。
そう慌てながら考えたのがいけなかった。
「じゃ、じゃあええっと…耳掃除とか!」
耳掃除とか! じゃない!
「…」
ほら、マリーも黙ったままだ!
大体マリーは、普段から俺に嫌らしいですとか、その手の事には口うるさいのに…。
「…して、欲しいんですか? 私に?」
「え?」
「え? じゃないですよ…」
そう言いながら、マリーは立ち上がり、引出しから耳かきを取り出す。
え、本当にするの?
そう考えている間にも、マリーはベッドへ移動し、そこへ腰かけた。
「ほら、早くその…ここ座って下さいよ」
「あ、あー…」
「…早く」
「はいっ」
そして流され、俺は隣に腰かける。
いや、実際家族みたいに過ごしてるし、そんな問題のある事をしようという訳じゃない、はずだ。
…本当だろうか?
「ほら、早く頭乗っけて下さいよ」
「…」
いいのか?
とんでもなく犯罪臭がするが…。
というか、元の世界なら問題な気がする。
いいのか俺…!?
コンコン。
唐突に、ドアをノックする音がした。
ちょうどマリーの膝に、頭を乗せる直前のタイミング。俺は驚いてビクリと反応する。
そして驚いたのは俺だけじゃ無かった。
「あの…翔さん、今日の、内容で、聞きたい、事が…」
「あああああああああほらお兄さんアンシアさんが呼んでますよぉ!」
!?
アンシアが何か言っているのはわかったが、内容はまるで分らなかった。
名前を呼ばれた辺りで、俺の頭をカチ上げながら唐突にマリーが立ち上がったからだ。痛い。
しかもそれで終わりじゃない。
そのままマリーは、さあ行って来てと言わんばかりに、俺を掴んでドアの方向に押し飛ばしていた。
えええええ?
そして、事態はそこで終わらない。
ドアをそっと開けたアンシアが、綺麗に眼前へ迫っていた。
「うわ」
「へ?」
いや、このまま押し倒すのはよろしくない!
今こそ、特訓の成果を見せる時…とは違う気がするが、俺は可能な限り体勢を立て直す。
しかし、アンシアとの衝突は避けられなかった。
「ゎふっ」
アンシアが俺の胸に収まり、くぐもった声を出す。申し訳ない。
でもこのまま、上手く身体を入れ替えれば…。
俺は、何とか倒れ込むのを回避し、そのままアンシアと抱き合う様な形になった。
これでフラグ回避…してる…か?
押し倒すのと比べれば良いのかもしれないけど、普通に抱き合ってるぞ。
「うー…」
それはそれは、不満そうなマリーが視界にいた。
「では、おやすみなさい」
そして寝てしまった。
うーん、ここまでの流れ、まるで意味なし。結局機嫌を損ねてしまった。
元々、アンシアばかり構い過ぎなのが、少し不満そうだったからなあ。
また日を改めよう…。
結局この日、俺はそのままアンシアと一緒に部屋を出て、少しだけ勉強会の続きをした。
そして翌日になってみると、なぜだろうか?
マリーの機嫌が、いたって普通に戻っていた。
ストレス解消出来る様な要素が、どこかにあっただろうか…?
難しい…。




