生活はどうなった2
さて、今日も一日が終わり、日が暮れた頃。
俺は相変わらず、アンシアの家に居候状態だ。そして、最近は毎晩の日課がある。
「うー…」
ジトーっとした目でこちらを見つつ、呻いているのはやっぱりマリーだ。
ここのところ、ちょっと一緒に居る時間が短くなってるし、寂しがらせているかもしれない。
それが不満なのかな。
今度、何か考えよう。でも今は、とりあえずいつも通りに…。
「じゃ、じゃあ行ってくるから」
「…」
じとーっとした視線に見送られ、俺は自分の部屋を出た。
そして俺は、すぐ隣にあるアンシアの寝室をノックする。
「アンシア、入るよー?」
「あ、どうぞ…」
「じゃあ、今日も始めようか」
「はい」
俺はそのまま部屋へと入り、アンシアと小さな机を挟んで向かい合う。
この世界の静かな夜に、俺の声と、時々アンシアの声も混ざって響く。
何をしてるのかと言うと、遊んでいる訳でも、何か怪しい事をしている訳でも無い。昼間皆が受けている、講習会を二人でやっているのだ。
要するに補講みたいなものかな。
なぜそんな事を、わざわざ二人でしているのかと言えば、それは例の新形態が原因だ。
あのグループ分けで行動していると、ローテーションしている皆は良いが、アンシアだけ唯一、講義を受けられないのだ。
店番の方は、時折建築から外れて、そちらにも行って貰えばいい。でも講義については、どんどん進んで行ってしまう。
抜けさせて上手く受けて貰っても良いけど、それだと建築の方が疎かになりすぎる。アンシアの魔術は、他の人とそこそこレベルが違うので、影響が大きいのだ。
それならアンシアだけ、ゆっくり進めればいいと、こうして時間を取る事にしたんだ。
アンシアはとても頑張り屋だ。
今も俺の話をしっかり聞いて、時折疑問も投げかけてくる。
正直俺は、候補にあったとはいえ、こういう形を取る気は無かった。
なぜなら、アンシアだけ、一人残業しているようなものだからだ。一番子供なのに、一番時間を使わせて、一番頑張らせる形になってしまっている。
それなのにこういう形に落ち着いたのには、一応理由がある。
俺が何気なく、例えば夜とかに別枠で教えても良いし、どこかで時間を作って駆け足学習でもいいし…と言った感じで話をした時だ。
するとアンシアから、教えるのは俺かと言う確認が来のだ。
これを聞いて俺はてっきり、アンシアの事だから気を使って、俺に負担が掛かるのは、というような事を考えているのかと思った。でも意外な事に、返ってきた答えは、俺が講義をするなら、夜にやりたいと言うものだったんだ。
そんな訳で、アンシアたっての希望により、今こうしている。
村に戻って来てから、どうもアンシアに懐かれている感じがして、正直嬉しい。頼りにしてくれているのでも、好かれているのでも構わない。
いやあ…嬉しい。
と、そんな事を考えていると、いつの間にか、アンシアが舟をこいでいた。
「アンシア、今日はここまでにしようか。疲れてるでしょう?」
「あ…いえ、もう…すこ…に…」
「よしよし。せっかく個人授業なんだから、無理しなくていいよー…っと」
そんな事を言っている間に、アンシアは静かに夢の世界へ行ってしまった。
「本当、無理させないようには気を付けないと…」
今でも十分、頑張りすぎなくらいだ。
俺はアンシアを椅子から抱き上げ、そのまま横のベッドへ寝かせる。あとは布団を掛けて…と思ったら、アンシアから離れられない。
抱き上げてからここまでの、ほんの少しの間に、アンシアが俺の服を掴んでしまっていた。俺はそっとそれをほどいて、改めて離れる。
こういうのは、お話では良く見ていたけど、自分がやられるとなんともこそばゆい。思わず顔がにやけてしまう。
アンシアの寝顔は、ここへ泊めて貰うようになってから、何度も見ているけど、いつもより一層あどけなさが際立つ。
絶対、今やっている戦略を成功させよう。絶対、守り通さないといけない。
そう気を引き締めるのに、十分な理由になっていた。今日も少しだけ、これから自分の作業を進めよう。
俺は早々に、アンシアの部屋からお暇し、マリーと一緒にあてがわれた部屋へと戻る。
さてと…。
「あ、マリー。まだ起きてたんだね」
「…何ですかそのにやけ顔は。今日もお早いお帰りで」
やばい、顔が戻ってなかった。
「うん、アンシア、寝ちゃったから」
「アンシアさんにはお優しいんですね。いつもながら。私の事は寝かさなかった癖に」
「そ、それは本当ごめんってば」
「どうしたんですか? 別に謝る事なんかありませんよ。はい、これっぽっちも」
「う、うん…」
マリーは、この夜の日課が出来てから、だんだんとご機嫌斜めだ。
俺はいつになったら、マリーの機嫌を損ねないように出来るのか。
「では私は寝ます。お兄さんは寝るなりなんなり好きにすればいいんです。おやすみなさいっ」
マリーはそう言うと、ガバリとベッドに潜り込み、そのまま背中を向けて寝てしまった。
「うん、お休みマリー」
これは、俺がかまってあげられなくて、拗ねてる。
と言うかわいい理由だと、思っていていいものかな…?
どれだけ情報を精査しても、人の内心だけは、分かるはずも無かった。




