新形態準備3
最後の一つは、簡単に言うと…建築だ。
記念すべき、一店舗目となる建物、それを造って貰っている。
実を言うと、この店をどうするかという点は、なかなかに迷った要素の一つだ。そもそも業務形態を真似るだけなら、別に、今の市場をそのまま利用してもいい。それをしなかったのは、ひとえに“特別”である事を示すためだ。
前にも言ったように、俺たちがやろうとしてる店のシステムは、この世界では異質だ。となれば、お客さんは困惑する。だからこそ、明らかに不思議な、特別なお店だと思って貰った方が良い。そうする事で、最初からお客さんに、ここはどんな店だろうと、受け入れる心の準備をしてもらうんだ。これは同時に、何かすごい店が出来たらしい、という噂を流すのにも役に立つ。
商売をする事自体に建物が必要なくても、利点は多いんだ。
「アンシア、どう? 何とかなりそう?」
「あ、翔…さん。はい、今の、ところは…」
そうは言ってもやはり疲れるようで、かなり汗をかいていた。俺はつい、アンシアの顔をスッと布で拭う。
「あっ…ふ、ぅぁ…!?」
「…あ、ご、ごめん」
「い、いえ…やでは、ない、です…けど…むしろごめんなさぃ…」
そのまま俯いて、動きが止まってしまった。俺が邪魔をしてどうする。
「問題があったらすぐ呼んでね。また少し外すから」
「あっ、は、はい」
俺はそのまま、アンシアから距離を取る。しばらくは俺の方を見つめたままだったようだけど、やがて他のメンバーに声を掛けられ、作業に戻っていった。
さて、ところでなぜ、アンシアが建築なんていう、力作業のリーダーとして動いているかと言うと、ずばり魔術の問題だ。
先日聞いてみたところアンシアは、やはりこの村ではずば抜けて、魔術が得意らしい。そしてその中でも得意としているのが、ハンスさんと同じ土系統の魔術だ。
この世界の土系統魔術、これがなかなかのもので、俺の目から見ると、まさに無から有が生まれているといった感じだ。硬さなんかも色々と変えられるらしい。
まあ火やら水やらも、いきなり現れるのは一緒か。
もっとも正確には、魔力から生み出しているので、無から造り出している訳では無いらしい。
まあそうした理由から、一番戦力となるアンシアを、ここのリーダーとした訳だ。
他の皆はアンシアと共に作業をする。得手不得手は有れど、魔術は使えるので、俺が作った必要な物リストから、それぞれ手を付けられる物を造って貰ったりもしている。
初めは、そうは言ってもさすがに大型建造物を作るのは、無理があるかなと思った。
でもこれについても、今まで住む場所はどうしていたのかと聞くと、村に今いる人間で、なんとかやりくりしていたと言うのだ。つまりこういった作業は、完全に初めてという訳じゃ無かった。昔は、大工仕事を基本にする人も村に居たらしく、これまでは、その頃から残っている大元を修理したりして、なんとかなっていたらしい。正直、魔術様々だと思う。これで、この村の建物が、木造なんだか、何なんだか、よくわからないつぎはぎハウスだった理由がわかった訳だ。
ここまでだと、結局建築知識は無いじゃないか、と思われるかもしれない。
でもこれについては、実は…俺がある程度分かる。
俺は、リフォームの斡旋や案内、相談受付なんかも担当した事があるから、その時に現場の人間と話し、色々教わる機会があった。
さらに、知らない人には嘘だと言われるかもしれないが、店長になって、新店立ち上げなんかに加わると、本当の建築現場に立ち会う事もある。俺は立ち会った。
そこで、売り場のレイアウトがどうとか、柱の位置がそこだと、ああだこうだと、要望を出したりと言うことまであったりする。さすがにそういった口出しは、専門の部署があるのでそこの同僚がやってたけど、俺はそれも気になったから、ずっと聞いていたし、資料も追っていた。
だから、どういった基準で建てないと危ないだとか、知っている範囲で知っている。
もっとも専門家には、さすがに及ぶはずも無い。
もしこれで、元の世界でやれますか、と聞かれれば怖くて出来ないと答えるだろう。
でもそこは、この世界には魔術がある。なんとかなるはず…と結論付けた。
それに簡単な図面は、石の町で知り合ったその筋の人に見せて、確認もしてもらっている。お墨付きも貰えているので、まず大丈夫なはずだ。
出来れば開店までに都合をつけて、確認して貰えるよう依頼する予定でいる。
今はまだ整地の段階だが、元の世界に比べれば、時間はかからないだろう。
これらの担当場所を、3つのグループで交代しながら、当面のところは続けていく事になる。
上手く事が運べば、建物が出来上がるころには基本の講習は終わり、今まで扱っていた商品以外にも慣れているはずだ。
そこからはまた、内装作業だったり、少しばかり村と町や砦を、行き来してもらう事も出てくるだろう。
さあ、まだまだ俺にとっての冒険は、始まったばかりだ。




