本格始動へ5
店を始めるには何が必要だろうか?
まず、売り物が無いと話にならない。これは当然だ。
次に、人や場所だ。これも必要だ。
他にも細かく挙げていけば、何十何百と言う数になってしまうだろう。そうした必要な物さえあれば、商売自体は出来る。いやむしろ、先に挙げた主な物さえあれば、それだけでもいい。要するに上手くやればいいんだ。
だが、チェーンストアを展開していくとなれば、話は違う。もう一つ、最重要な物がある。
それは、システム…つまりマニュアルだ。
優れたマニュアルというのは、頭でっかちな空想で造り出されたものでは無い。何百、何千と言う商人が、何千何万と言う商品を取り扱い、成功と失敗をしながら研鑽してきたものだ。そのマニュアルを、そのまま覚えるだけなら、仕方なくやっている同僚はたくさん居た。
でも、俺はそこで納得できない性質だった。だから聞いた。調べた。
そのマニュアルが出来た経緯を、理由までしっかりと覚えた。はっきり言って元の世界では、まわりとの意識差で、居辛い思いをずっとしていた。だからこそ、ずっと自分を抑えつつ、周りに接してきたんだ。
それがまさか、こんな形で、全力で商売に挑戦する機会が来るなんてなあ。正直、どうせこんな不思議な経験を出来るなら、もっとかっこいい、無双人生を送ってみたかったけど…。
まあ、これはこれで…元の世界に居た時より、よほど自分らしく生きれているかもな!
という訳で!
「皆さんには本日のこの講習から、これからやっていく店の決まりを覚えて貰います!」
「そうは言うけどねえ…。毎日仕事終わりに、こうして時間取られたんじゃこっちも堪らないよ」
第一回の講習を始めて数分、早くも不満が上がる。でも実は、こうして反応があるのはありがたいんだよなあ…。だってちゃんと、話を聞いて理解してくれているって事だから。これは引っ張る側になって、すごく実感した。
「もちろん、そこも考えています! 今日は、この市場のそれぞれの店を、一つの店にまとめる利点から行きましょう」
「は、はあ…」
「って事で、マリー、お願いします」
「…え゛え!!?」
マリー…時折女の子が出しちゃいけない声出すの、直そうね。
「ちょっとお兄さん! 聞いてませんよ!?」
「大丈夫大丈夫。毎晩頑張って覚えたでしょ?」
「そ、それはそうですが…」
「俺も補足を入れていくから、頼んだよ。聞いて下さる皆さんも、そのうちこうして、先生役をお願いしますね」
「せ、先生って…あたしらがそんな柄かい?」「想像できないねえ」
「…はあ、分かりました」
マリーは、仕方なくといった感じで、俺の代わりに話し始める。
俺がさっさと話しても良いけど、これも必要な事なんだ。だってこの世界に、俺以外のチェーンストア経営者を、これからどんどん増やさないといけない。これは、その予行演習でもある。だって、俺が働いてもらう人全員を、指導して回れるとは限らないんだから。
だから、頑張れマリー。
マリーに説明をお願いしたのは、ある意味まだまだ、考えればわかるレベルの話だ。一つの店にまとめるメリットは、大まかに言って、無駄を減らす事にある。
例えば、近所の大型スーパーで、細かい商品のジャンルごとに、全部別に会計、別に営業されていたらどうだろうか。競合として切磋琢磨する訳でも無く、ただただ別。売場の棚とか、消耗品のやりくりも別、とにかく別。その上、超人気の店という訳でも無く、何もせずに過ごす店員がたくさんいる。これでは、お金も人手も、もったいなさすぎる。
ただ、この市場に関して言えば、仕入れは元々、基本的にあの騎竜便一本だ。だから主な恩恵は、資本の一括化と、人員の効率的運用になる。
「こ、こんなところで…どうでしょう?」
「うん、ありがとうマリー。お疲れ」
俺はにこりと笑い、しっかりと間違わずに説明を終えたマリーを労う。
「…なんだか私を困らせて、喜んでるような気がします」
そんな訳ないでしょマリー…?
気になる事を呟いてくれたマリーは、俺を睨みつつも胸を撫で下ろし、後ろに下がって息をついている。それを横目で見つつ、俺は話を続けていく。
「さ、さて、そんな訳でまとめると、皆さんはこれから、全員で、この市場全体を運営していくと思ってください。なので、おそらく一番気になっている儲けについては、共有して、山分け…という形で始まります」
「いや、それについては、そんな面倒な言い方しなくても、皆わかるさ。要するに、あたし達をニイちゃんが雇うって訳だね?」
「端的に言ってしまえば…そうですね」
「それって、要するにあんたが、儲けを好きに出来るって事だろう? それは…」
「不安ですか」
「まあ、ねえ…。どうなるか分かったもんじゃない」
「どうなるか、については安心して下さい。売上やその運用は、すべて帳簿にまとめて、従業員は誰でも見れるようにしますから」
「…え? そ、そうなのかい?」
「意外ですか?」
「ニイちゃん、それはあたしも聞いた事無いねえ。大抵、店主が管理して、その中身を下のモンになんか見せやしないよ」
ソウさんからも、意外だと言う声が挙がる。確かに、何でもかんでもオープンに、クリーンに、みたいな風潮は、極々最近出来た物だしな…。この流通や商売の寂れた環境では、まだ存在しない考え方なのも、当然かもしれない。
「でも、俺たちのやっていく店では、誰でも確認できます。これから、どんどん具体的な事は教えていきますが、俺たちのやろうとしているのは、特別な事です。この世界で、買い物と言えば俺たちの店、そうなろうとしています。それも、自分たちの為だけじゃない、世界の貧困を解決する為にです。その為には、誰からも信用されなければなりません。お客さんにも、そして身内である、店員にもです」
「…よく分からない事を、これからやっていくんだって事が分かってきたよ」
「それで充分です。よく分からない事は、これから覚えていきましょう」
「…お兄さん、私にしたような事、皆にはしたら駄目ですよ?」
後ろに控えていたマリーが、突然そんな声を掛けてきた。それもどこか、責めるような口調だ。
「ニイちゃんあんた…マリーちゃんに何したんだい」
「い、いや…マ、マリー? 誤解を生む発言は止めよう? 今信用が大事だって話をね?」
「え…え…っ?」
気付くと、輪の中で静かに話を聞いていたアンシアが、周りの雰囲気から何を想像したのか、慌てた様子でほんのり赤くなっている。
待て、どうしてそうなる!?
何を考えてるかは知らないけど!
周りは一気に賑やかな空気になり、いつの間にかマリーに詰め寄ってる人も居る。そしてマリー、自分で火種を撒いておいて、またテンパってるのか?
このタイミングで、寝かせてくれなかった事が…じゃない!
何言ってるの!?
「ああ~はい! とにかくですね! 今日のところは」
俺は強引に話を切って、締めにかかる。
「この市場のメンバーを、いくつかのグループに分けましょう!」
まあこうして皆で明るく騒げるんだ。良い事ではあると捉えよう。妙な勘繰りは困るけど…。
と言うか、この歳の差で、普通にこうして勘繰られるって、この世界ではその辺りの感覚も、違っていたりするんだろうか…?
皆様お久しぶりです。この物語をずっと読んで下さり、本当にありがとうございます。
今回はちょっとした報告なのですが、この度このお話に、拙い物ではありますが、挿絵を入れてみました。
さしあたっては一章の一話、マリーと出会ったシーンに挿し込んでいます。
絵と言っても私の描いた落書きで、プロとは比べるレベルにもありませんが、同じく拙い私の文章で、伝わりにくい部分を補助出来たらなと考えて、加えてみました。
また同様の理由から、近々よく冊子のラノベにある様な、人物紹介もどこかに刺し込んでみようと思います。こちらは、物語の性質上、キャラの細かい設定まで全部お話内で伝えようとすると、商業系のうんちくと合わさり、今の私の実力では、てんでストーリーが進んで行かないと考えたからです。
刺し込んだ際は、再度お伝えします。見たくないと言う方もいると思うので、そのページには、前書きで注意もさせて頂きます。興味のある方は、是非そのページも読んでやって下さい。
それでは、こんな私のお話を読んで下さっている読者の皆様、これからも応援よろしくお願いいたします!




