本格始動へ4
俺は、固唾を飲んで反応を待つ。
これをマリー以外に話したのは初めてだ。どういう流れになっても、対応出来るつもりだが、出来れば友好的な雰囲気のまま、賛同してもらいたい。どういう反応が返ってくる…?
「っふ、あっはっはっはっはぁ! ニイちゃん本気かい!? まさか必死こいて、なーんとか毎日生きてたあたしが、世界を救う時が来ちまうとはねえ!」
「そうです! ずっと苦しいままだったんでしょう? なら、自分たちで変えないとダメです! 今がその時ですよ!」
「あ、あんたわかるかい?」「い、いや、夢の話でも聞いてるようだけどね…」「本気なのかね…」
ざわつきがどんどん広がっていく。ソウさんが一番に笑い飛ばしてくれたおかげか、このまま流されてくれそうな人が多い。出来れば、このままどんどん引っ張っていって、なし崩し的に巻き込んでしまいたいが…。
「ま、待っておくれよ!」
そうは、行かないよなやっぱり。
「百歩譲って、あたしたちが、そのなんだかわからない店をやるのは良いだろうさ。でもなんだい? その世界がどうのとか、物流…?がどうのとか! そんなもんは、お国がする事だろう! 自分たちが生きる為に、こっちは必死なんだよ! アンタもそれは分かったはずだろう?」
これは、当然の反応だ。日々暮らすのすらも精一杯、必死にこれまで耐えてきた。何年も踏ん張っていたんだ。いきなり世界、要するに他人の為に商売をしましょう、なんて言われて、そりゃあ納得出来る訳が無い。流されるままになっていた人たちも、後で落ち着けば、どんどん不安になる事だろう。
この話は、している俺が言うのも何だが、世迷言だ。頭のおかしい事なんだ。
でも。
もうこれは、決まっている事なんだよね。仕方がない、か…。
「もちろん、俺が至らないせいで、トラブルもありましたし、承知しています。…ですが、俺がここで店を開く」
「あたしは、もうニイちゃんに賭けてついていくよ」
「えっ」
ソウさん?
「ソウさん、あんた本気かい? そんな宙に浮いた話…」「そうだよ…」「ええ…」
「もちろん本気さ。あんたたち考えてもみなよ。実際、ニイちゃんの持ってる知識、大したもんだったじゃないか」
「そりゃあ、そうかもしれないけど」
「そんなニイちゃんが、ここで商売やるってんだよ? 現状を考えてみれば、乗っても損は無いんじゃないのかい? 少なくとも、あたしたちはまだまだ、どんな店になって、どんな仕事をさせられるのか、聞いちゃいないんだよ? 始まってから、てんでダメならばっくれても良いさ。別に損は無いだろう、違うかい?」
「そ、れは…」「損は無い…のかしら?」「し、知らないよ…」
「ニイちゃん、あんたも、別に強制する気はないんだろう?」
「あ…はい! もちろんですよ! これはあくまでお誘いですから!」
いけない、少し呆けていた。ここはソウさんのアシストに乗らせて頂く。
「ほら皆! さっきマリーも言ってた通り、元々一度は諦めた命だ! この夢みたいな話、適当に助けてやろうじゃないか!」
「よろしくお願いします!」
俺は勢いを借りて、そのまま頭を下げる。
「うあ、よろしくお願いしま゛っあず」
マリー、慌てすぎだ。
そのまま、数秒か、数十秒か、辺りが静かなまま過ぎていく。
そこで、ぱち、ぱちと、控えめな音が響いた。アンシアが、拍手をしてくれたのだ。
それを見て、周りの人たちは驚いた表情を見せる。いつも静かで、市場での交流も少なかったらしいアンシアが、こうして一番に、前へ出る様な行動をしたからだろう。
小さな小さな拍手は、そのままゆっくりとしたペースで続いている。やがて、反対派のリーダー核的な位置に居た人が、ため息とともに口を開いた。
「とりあえず、保留にさせてもらうよ…」
「っありがとうございます!」
「何言ってんだい、保留だって言ったろう」
「これから頑張りましょう!」
「あんた本当に遠慮が無いねえ…。危なそうなら、私は抜けさせてもらうよ。わかってんだろうね」
「では! これからの動きとしてなんですが!」
「お兄さん…」
「ニイちゃん活き活きとしてるねえ…。にしても、なかなか度胸あるねえ。まあ、魔物の件でわかってたけどさ」
「え? こういった演説なら、今までもお兄さんやっていましたよ?」
「マリーちゃん、これはわけが違うんだよ」
「…?」
「さっそく今日から、その全く新しい形態のお店が、どういった物なのか講習会を設けていきたいと思います!」
「ってニイちゃん! 今日はもうおしまいだよ! 解散解散! いきなり集まって、これ以上は勘弁しておくれ!」
「あ、そうですよお兄さん。私にしたような事、皆さんにしたりしないで下さいよ?」
聞きようによっては、かなり良い感じの台詞…。
「お兄さん、前にも言いましたが、私お兄さんが変な事考えてるの、だんだんわかるように」
「今日はありがとうございました! 明日! 明日また少しお時間を下さい! これから頑張っていきましょう!」
今日のこの様子を、メルはただ、黙って見続けていた。
今日のところはひとまず解散し、最後にはマリーとソウさん、それにアンシアが残った。
「ソウさん、ありがとうございました。お陰様で、中々良い形で、これからの動きに入っていけそうです」
「別に構わないさ。あたしが出来る限り協力するのは、当然の事だよ。なんせ、やるしかないんだからね」
「さすがです。やっぱりわかっていらっしゃったんですね」
「これでも、ずっとここをまとめて来たんでね。と言うかニイちゃんは、相変わらず、人に頼るのがヘタみたいだねえ…あたしにくらい、先に根回ししとくべきだったんじゃないかい? あんまり舐めないで欲しいね?」
「いやあ…参りました。改めて、本当、お願いします」
「…? お、お兄さん、どういう事ですか? 確かに少し揉めましたけど、これから皆で、頑張っていくって話では…」
「なんだいニイちゃん、マリーにも話してないのかい?」
「あ、ソウさんその話は」
「…お兄さん? まさかこの期に及んで、私に何か重要な事を隠してますね?」
「あー…」
正直マリーに話さず済むなら、もう少し、綺麗なままで居させてあげたかったんだけどなあ。
「翔、さん。わたし、帰った、方が…?」
「…いや、いいよ。そのうちわかる事だ。今日言ってしまう事になっていたかもしれないんだし、聞いていって」
「…はい」
「…まあ、さっきは表面上、お願いをしたんだけど…要するに俺は、市場の人全員を、強制的に手駒にしたんだよ」
「…はい?」
マリーの表情が怪訝そうな物に変わる。一方、アンシアの方は分かっているみたいだ。こういう差も面白いな。性格で言えば、逆っぽいのに。
「ニイちゃん、わざわざそんな悪っぽく言う事はないだろう?」
「あはは…まあつまりね?」
最初の店舗を村で出す。これが示す意味を、俺は出来るだけ簡潔に説明した。
これは、お願いすれば、きっとみんなも協力してくれます! みたいなキラキラした話じゃない。
ここは、今現在ぎりぎりの状態で、商売が成り立っている市場だ。そこに、俺が店を出す。その時点で今まで通りには出来ないんだ。ここに店を、出させて貰えない場合もある? それなら、村から少し離れた所に出しても良い。どの道俺は止まらない。そして店が出来れば、客は分散する。
つまり俺は、この市場の皆に、道を強制した。話に乗るか、乗らずに生活できなくなるか、選ぶに選べない二択を迫ったんだ。世界を救う店員に、なってもらうぞと。
ソウさんが、度胸があると言っていたのは、おそらくこと事だ。失敗は許されない。要するに俺は…今日、この市場全員の命運を背負ったんだから。
この日も、俺は夢を見た。
相変わらず変わらない内容。この勇者を助ける光の線のような物は、やはり上手くいけば増えていくものなんだろうか。




